第65話(閑話):六脚の円卓と、古き王たちの驚嘆
第65話(閑話):六脚の円卓と、古き王たちの驚嘆
純粋な魔力によって構築された、亜空間の円卓会議場。
『悠久の賢人会』のトップである五人の古きマスターたちと、六人目の同盟者であるシンが、定期的な情報共有のために集っていた。
『——以上の通りだ。大陸の情勢は、完全に我々の想定通り……いや、貴殿の描いた絵図の通りに動いている』
上座の『古竜の議長』が、円卓の地図を眺めながら機嫌良さげに喉を鳴らした。
『帝国は魔導兵団の半壊で身動きが取れず、「暴食の狂宴」の愚か者どもは互いの迷宮で共食いを続けて自滅の一途を辿っている。そして聖王国ルシリスに至っては、突如として国庫の財宝をすべて失い、他国からの経済封鎖を受けて暴動の鎮圧に追われる始末だ。……シン殿、貴殿が諜報長官に据えたというミラージュの手腕、恐るべきものだな』
「ああ。情報戦において、ミラージュの右に出る者はいないよ。奴が裏から手を回してくれたおかげで、俺たちは完全に『外の煩わしさ』から解放された」
シンは腕を組み、満足げに頷いた。
『それで、貴殿はその外敵が静かになっている隙に、迷宮の内政に力を入れていると聞いていたが……進捗はどうだ?』
土塊の巨人が尋ねると、シンは「ああ、それなんだが」と軽く指を鳴らした。
「国を豊かにするために、あちこちから『スペシャリスト』をスカウトしてきたんだ。報告がまだだったな」
『ほう、スペシャリストか』
「まず、帝国領内で枯れかけていた『エルダー・トレント』に極上の水を与えて、歩かせて連れ帰ってきた。これでうちの農業と土壌管理は完璧になった」
『……は?』
森を統べる古代エルフのマスターが、素っ頓狂な声を上げた。
『エ、エルダー・トレントを……歩かせた、だと? あの数千年の歴史を持つ気難しき大樹を、どうやって……』
「次に、西の自由都市で不当に扱われていたルーンスミスのドワーフと、五十人の技術者集団。こいつらにはオリハルコンの原石を渡して丸め込んだ」
『オ、オリハルコンで農具や日用品を作らせているだと!?』
土塊の巨人が驚愕に目を見開く。
「それから、聖王国の地下牢に閉じ込められていた盲目の天才結界師セレンと、数十人の文官や治癒士を、地下から退魔石ごとブチ抜いて救出してきた。ああ、ちなみにさっき議長が言ってた『聖王国の宝物庫が空っぽになった件』だが、あれはついでに俺の部下たちが強奪してきたんだ」
『……ッ!?』
不死者の王の顎骨が、ガクンと外れそうになるほど開いた。
『聖王国の国庫を空にしたのは、貴殿の部下たちの仕業であったのか!? だ、だからミラージュは、あのように完璧なタイミングで聖王国の侵略計画を暴露できたというわけか……!』
「最後は、北の禁書塔に引き籠っていた『異端の魔導学者ファウスト』だな。奴の魔法の常識を『別の宇宙の真理(科学)』でへし折ってやったら、喜んで俺の弟子になったよ。彼のおかげで、奪ってきた聖王国の魔導具の解析がすごいスピードで進んでる」
シンは、まるで「昨日の夕飯の買い出し」でも語るかのような、極めて平然とした態度でとんでもない報告を終えた。
——沈黙。
数分前まで威厳に満ちていた五人の古き王たちは、開いた口が塞がらず、ただただ唖然としてシンの顔を見つめていた。
『……信じられん』
やがて、夢魔のマスターが震える声で沈黙を破った。
『エルダー・トレント、国宝級のルーンスミス、絶対防壁の天才結界師、伝説のスパイ、そして狂気の魔導学者……。彼らは皆、私たち古参のマスターでさえ、その存在を知りながら「気難しすぎる」という理由で勧誘を諦めていたほどの、一騎当千の異端児たちです。……それを、貴方はわずか数週間の間に、すべて手中に収めたというのですか?』
「俺はただ、彼らが一番欲しがっている『最高の職場環境』を用意してやっただけさ。純水、極上鉱石、安全、無尽蔵の資金、そして未知の知識。……どれも、俺のDPや俺自身の知識で賄えるものばかりだったからな」
『……ふっ。はっはっはっはっ!!』
突如、古竜の議長が腹の底から湧き上がるような、盛大な大爆笑を放った。
『愉快! 痛快極まりない! 貴殿のその「欲」と「器」の大きさは、まさに底なしだ!』
古竜は笑い涙を拭いながら、円卓に身を乗り出した。
『力で魔物を従え、迷宮を要塞化するのは誰にでもできる。だが貴殿は、人間、エルフ、ドワーフ、そして古代の魔物たち……本来なら決して相容れない種族の「天才たち」を一つの国に集め、それぞれの能力を完璧に噛み合わせている! 武力、技術、情報、そして頭脳。……シン殿。貴殿の迷宮はもはや、この大陸のどの国家よりも進んだ『超大国』へとなり果てたぞ!』
「大げさだな。皆が笑って暮らせる国を作ったら、結果的にそうなっただけだ」
シンが肩をすくめると、賢人たちは一様に深い感嘆の溜息を漏らした。
やがて、次の会議の予定を合わせ、シンが通信を切って円卓から姿を消した直後。
残された五人の古き王たちは、ふぅ、と同時に冷や汗を拭った。
『……正直に言おう。私は今、五百年の人生で最も安堵している』
リッチがカラカラと喉を鳴らす。
『あの若者を、敵ではなく「同盟者」として迎え入れた、我々の選択に対してだ』
『全くですわ』夢魔が同意する。『もし彼と敵対していれば、私たちの迷宮も「暴食の狂宴」や帝国のように、気づかぬうちに外堀を埋められ、音もなく歴史の塵と化していたことでしょう』
『うむ。あの男は、戦わずして世界を支配する術を知っている。我々は、とんでもない怪物をこの円卓に招き入れてしまったようだな』
古代エルフも苦笑しながら首を横に振った。
『だが、それゆえに頼もしい』
古竜の議長が、シンの座っていた空席を見つめながら力強く締めくくった。
『あの若き王が、この先どれほど世界をひっくり返していくのか……我々は同盟者として、一番の特等席でその光景を見届けるとしようではないか』
シンの規格外の人材登用と経営手腕は、世界の裏側を支配する賢人たちに「絶対的な畏怖」と「深い安堵」を同時に抱かせた。
彼らがシンを派閥に引き入れたことは、賢人会の五百年の歴史において、間違いなく『最大のファインプレー』として刻み込まれることとなるのであった。




