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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第62話:噂の影と、逆指名の面接試験

第62話:噂の影と、逆指名の面接試験

 マスターズ・チェンバーでの方針会議が最高潮の熱気を帯びていた、まさにその時である。

「では、我が眷属の狐たちを大陸全土へ放ち、いかなる影に潜もうとも『ミラージュ』を炙り出してみせましょう」

 幻惑狐のキュウビが優雅に一礼し、部屋を出ようとした——その瞬間。

『ピロリロリンッ!』

 迷宮の第1層入り口を警備している『攻城岩鬼シージ・オーガ』からの緊急通信が、円卓の水晶に響き渡った。

『あー、ボス! 入り口に、一人でニンゲンが来てるぜ!』

「人間? 討伐隊か?」

『いや、武器も持ってねえし、殺気もねえ。ただ、「迷宮の主に面接に来ました」って言ってるんだ。ええと、名前は確か……【ミラージュ】って名乗ってるぜ!』

「「「…………はぁっ!?」」」

 水晶越しの報告に、レオンハルト、ザイード、そしてキュウビまでもが、素っ頓狂な声を上げて完全にフリーズした。

 ほんの十秒前、「大陸中を探し回ってでも見つけ出す」と意気込んでいた裏社会の伝説のスパイが、向こうから勝手に迷宮のインターホンを鳴らしてきたのだ。

「……キュウビ。お前の狐、もう仕事終わったのか?」

「い、いえっ!? まだ一匹も放っておりませんわ! というか、どうして彼がこの迷宮の場所を……!?」

 普段は冷静なキュウビが、信じられないというように尻尾を逆立てている。

「ふっ……ははははっ! こいつは傑作だ、まさか噂の影法師が自分から玄関をノックしてくるとはな!」

 状況を理解したシンは、腹を抱えて大爆笑した。

「オーガ! その人間を丁重に第4層の迎賓の間へ案内しろ! 俺たちもすぐに向かう!」

 ***

 第4層、迎賓の間。

 重厚な扉を開けて入ってきた「千の顔を持つ情報屋」ミラージュの姿を見て、シンたちは一様に目を細めた。

「……なるほど。こりゃあ、探しても見つからないわけだ」

 ザイードが感心したように唸る。

 そこに立っていたのは、くすんだ灰色の外套マントを羽織った人物だったが——その容姿は、あまりにも『特徴がなかった』。

 男性のようにも、女性のようにも見える中性的な顔立ち。高くもなく低くもない背丈。声帯の魔力すら偽装しているのか、声のトーンも完全に平坦だ。人混みに紛れれば三秒で記憶から消え去るような、極限まで『平凡』を煮詰めたような姿。それこそが、伝説のスパイの真骨頂であった。

「初めまして、『深緑の無名奈落』のマスター、シン殿。私がミラージュです。本日は面会の機会をいただき、感謝いたします」

 ミラージュは、洗練された、しかし全く感情を読み取れない所作で一礼した。

「ああ、よく来てくれた。俺たちもあんたをスカウトしようと、ちょうど狐を放つ準備をしてたところだ」

 シンはソファーに腰を下ろし、面白そうにミラージュを見つめた。

「だが、狐を放つ手間が省けたのはいいが……どうしてあんたは、俺の迷宮の場所が分かった? それに、なぜ自ら足を運んできた?」

「スパイの『就職活動(自己PR)』の一環とお考えください」

 ミラージュは淡々と答えた。

「ここ一ヶ月、大陸の裏社会の『情報』があまりにも不自然に動いていました。西の自由都市から、極上の技術を持つはぐれ者たちが五十名も一夜にして蒸発した。南の帝国では、精鋭の魔導兵団が謎の大敗を喫して帰還した。そして極めつけは……鉄壁を誇る聖王国の地下牢と宝物庫が、完全に空っぽになったこと」

 ミラージュの言葉に、幹部たちがピクリと反応する。

「これらはすべて別々の事件に見えますが、私は現場に残された『微かな魔力の残滓』や『物資の移動ルート』を繋ぎ合わせました。結果、すべての線が、かつて誰も寄り付かなかったこの『大深緑の迷い森』の中心へと収束したのです。……天才的な技術者、絶対防壁の結界師、そして帝国の軍事力を上回る武力。それらを短期間で手中に収めた『規格外の新興国家』がここに誕生したのだと、確信いたしました」

「なるほど、見事な推理だ。で?」

「情報屋にとって、最も価値があるのは『安全』と『最先端の情報』です」

 ミラージュはそこで初めて、平坦だった声にわずかな『熱』を帯びさせた。

「聖王国の宝を根こそぎ奪い、これほど巨大な迷宮を無傷で運営する貴方たちの国は、現在この大陸で『最も安全な場所』です。そして、これから世界を根底からひっくり返すであろう『最高の情報の発信源』でもある。……一流の情報屋として、こんな面白い場所に身を置かない手はありません」

 ミラージュは深々と頭を下げた。

「私を、貴方の迷宮の『眼』として雇っていただけないでしょうか」

 相手の情報を完全に読み切り、最も自分が高く売れるタイミングで、自らトップの懐へ飛び込んでくる。その度胸と計算高さは、まさに超一流の証であった。

「……素晴らしい自己PRだ。感心したよ」

 シンはニヤリと笑い、少しだけ身を乗り出した。

「だが、面接ってからには『履歴書(手土産)』が必要だろ? あんたの実力を、今ここで俺たちに証明してみてくれ」

「承知いたしました。では、昨日仕入れたばかりの『暴食の狂宴』と『聖王国』の最新情報をお耳に入れましょう」

 ミラージュは一切淀むことなく、スラスラと語り始めた。

「まず『暴食の狂宴』ですが、彼らは現在、恐怖から完全に内部崩壊の危機にあります。残り十人となった彼らは、誰が次の犠牲になるかという疑心暗鬼から、互いの迷宮に牽制の魔物を送り合い、同盟関係が完全に機能不全に陥っています。今なら、一本の『偽情報の矢』を放つだけで、彼らを完全に同士討ちさせることが可能です」

「ほう……!」

 レオンハルトが目を輝かせる。

「そして聖王国ですが……彼らは宝物庫を空にされた事実を隠蔽するため、『魔王軍の残党によるテロ』という嘘の声明を発表する準備を進めています。さらに、失った国庫を補填するため、近隣の小国へ『聖戦』と称した不当な侵略戦争を仕掛ける計画を秘密裏に立案中です」

「……クソ野郎どもが。どこまでも腐ってやがるな」

 ザイードが忌々しげに舌打ちをした。

「いかがでしょうか。もし私を採用していただければ、暴食の狂宴に偽情報を流して自滅を誘い、聖王国の侵略計画の内部告発書を他国にバラ撒いて、彼らの動きを完全に封じ込めることができますが」

 ミラージュは、さも「今日の夕飯の献立」を語るような平然とした態度で、大陸の勢力図を裏から操る恐るべき謀略を提示してみせた。

 沈黙が降りた迎賓の間。

 そして次の瞬間——。

「——はっはっはっはっ!! 合格だ!! 満場一致の即採用だ!!」

 シンは立ち上がり、大拍手を送りながらミラージュの元へ歩み寄った。

「これ以上ない最高のスパイ(人材)だ! ミラージュ、お前をうちの迷宮の『初代諜報長官』に任命する! 活動資金は俺のDPから無尽蔵に出してやる。好きなだけ大陸中を引っ掻き回して、俺たちのための盤面を作り上げてこい!」

「……感謝いたします、我がマスター。貴方のような方の影として働けること、情報屋として無上の喜びにございます」

 ミラージュは片膝をつき、初めて、その特徴のない顔に微かな「嬉しそうな笑み」を浮かべて忠誠を誓った。

 キュウビの狐たちを放つ手間すら省き、自らの足で迷宮へとやってきた最強の「眼」。

 ミラージュというチート級の諜報網を手に入れたことで、シンの迷宮はついに『情報戦』においても大陸の頂点へと君臨し、愚かな人間国家や敵対派閥を、文字通り掌の上で転がす準備を完璧に整えたのであった。

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