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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第60話:地下牢の奇跡と、空っぽの聖王国

第60話:地下牢の奇跡と、空っぽの聖王国

 聖王国ルシリスの王都、大聖堂の地下深く。

 そこには、国や教会の意に沿わない者たちを幽閉し、拷問や洗脳を行うための「異端審問所(地下牢)」が存在していた。魔法を完全に無効化する『退魔石』で四方を囲まれたこの空間は、いかなる大魔導師であろうと自力での脱出は不可能な、完全なる絶望の牢獄である。

 しかし、その「絶対の常識」は、今夜、足元から音を立てて崩れ去ろうとしていた。

 ゴリッ……ガリガリガリッ……!!

「……? おい、何の音だ?」

 地下牢の見張りに立っていた聖騎士が、不審に思って床を見下ろした、その瞬間。

 ドッゴォォォォンッ!!

 絶対に破壊不可能とされていた退魔石の床が、内側から丸く爆散した。

「なっ!? ゆ、床に穴が——グハッ!?」

 もうもうと舞い上がる粉塵の中から、音もなく飛び出した黒豹の獣人クロウの短剣が、見張りの聖騎士の意識を瞬時に刈り取った。

「キキキッ! 退魔石トヤラモ、少シ苦イガ噛ミ砕ケナイホドジャナイナ!」

 床にぽっかりと開いた大穴から這い出してきたのは、巨大な大顎を持つ『鋼断の蟻人』たち。彼らは王都の城壁の外から地下数十メートルを一直線に掘り進み、魔法無効の壁を「物理的な咀嚼」によって完全に突破したのだ。

「よし、キュウビの幻術も完璧に効いているな。作戦通りだ」

 続いて穴から姿を現した漆黒の重装甲の騎士——レオンハルトと、双剣を構えたザイードが、気絶した見張りたちを物陰に隠す。

 彼らは迷いなく、最奥にある厳重な牢屋へと向かい、その鉄格子をレオンハルトの膂力りょりょくで飴細工のようにへし折った。

 冷たい石の床に、一人の女性がうずくまっていた。

 ぼろぼろの修道服に身を包んだ、透き通るような銀髪の女性。彼女の目は光を失っていたが、牢屋に踏み込んだレオンハルトたちの方へと真っ直ぐに顔を向けた。

「……貴方たちは、聖騎士ではありませんね。なんという、深く、澄み切った魔力……」

 彼女こそが、天才結界魔導師のセレンであった。盲目である彼女は、視覚の代わりに魔力の波長を「視る」ことができる。聖王国の人間たちが放つ淀んだ魔力とは全く違う、圧倒的で清らかな力に彼女は息を呑んだ。

「あんたがセレンだな。俺たちはドランの親父の頼みで迎えに来た。あんたの結界技術を、うちの国で活かしてほしい」

「ドランおじさんの……! ああ、彼らは無事に逃げ延びたのですね……!」

 セレンの目から、安堵の涙が溢れ出した。

「さあ、急いでトンネルへ。ここはすぐに蟻どもが埋め戻す」

 レオンハルトが手を差し伸べたが、セレンはその手を握る前に、縋るような顔で彼を見上げた。

「……お願いがあります。どうか、この牢獄に囚われている『他の人たち』も、一緒に連れて行ってはいただけないでしょうか」

「他の囚人を?」

「はい。ここにいるのは、犯罪者ではありません。教会の不正を暴こうとした真っ当な文官や、非道な人体実験を拒否した治癒士など、無実の罪を着せられた者たちばかりなのです。……私が消えれば、腹いせに彼らが処刑されてしまう。どうか、彼らも助けてください!」

 自身の命よりも他者を案じる、あまりにもお人好しな懇願。

 冷徹な暗殺部隊であれば「作戦外だ」と切り捨てるところだが——レオンハルトとザイードは顔を見合わせ、同時にニヤリと笑った。

「断る理由がねえな。むしろ、文官に治癒士だと? そんな有能な連中を見捨てて帰ったら、うちのマスターに大目玉を食らっちまう」

 レオンハルトは兜の奥で豪快に笑い、親指を立てた。

「我が主・シン様は、あんたたちのような不遇の才能をかき集めるのが三度の飯より大好きな方でね。全員まとめて、俺たちの楽園に招待してやる。……クロウ! ザイード! 全牢屋の扉をブチ破れ!」

「了解だぜ、隊長さんよォ!」

 隠密部隊は瞬く間に地下牢を駆け巡り、無実の罪で捕らえられていた数十名の囚人たちを次々と解放し、蟻人たちが作った脱出用トンネルへと誘導していった。

「さて、人命救助はこれでコンプリートだな。……それじゃあ、マスター直々の『追加任務』といこうか」

 レオンハルトの言葉に、クロウとザイードが悪党のような笑みを浮かべる。

 彼らはそのまま大聖堂のさらに奥——聖王国の富が集中する『大宝物庫』の真下へと蟻人たちを誘導し、再び床をブチ抜いた。

「ヒャハッ! 金塊に魔導具、聖遺物に宝石の山だ! 残さず全部アイテムボックスに叩き込め!」

 魔法の罠など一切関係ない「床下からの完全な泥棒行為」。彼らは宝物庫の中身を、文字通りチリ一つ残さずに根こそぎ空間収納へと詰め込み、意気揚々とトンネルを帰還していった。

 ***

 数時間後。『深緑の無名奈落』マスターズ・チェンバー。

「お帰り、レオンハルト! ……って、なんだこの大所帯は!?」

 帰還の魔法陣から現れた部隊を見て、出迎えたシンは目を丸くした。セレン一人を救出してくるはずが、背後には痩せこけた文官や治癒士など、数十名もの人間がゾロゾロと続いていたからだ。

「事後報告で申し訳ありません、マスター。セレン殿の希望もあり、聖王国に逆らって投獄されていた優秀な人材たちを、全員『ついでに』お持ち帰りいたしました」

 レオンハルトが恭しく頭を下げる。

「お前ら……最高じゃないか!!」

 シンはガッツポーズをして大喜びした。

「優秀な文官に治癒士だと!? 今一番都市区画に必要な、行政と医療のスペシャリストじゃねえか! よくぞ見捨てずに連れ帰ってきてくれた! SSRの連続引き当てだ!」

「さらにマスター、こちらも『作戦通り』お持ちいたしました」

 ザイードたちがアイテムボックスをひっくり返すと、円卓の上にジャラジャラと莫大な金銀財宝や魔導具が山のように積み上げられた。

「はははっ! 聖王国の宝物庫、本当に空っぽにしてきたのか! 完璧だ、お前らには特別ボーナスを出してやる!」

 人材と財宝。作戦目標を200%で達成した精鋭たちを、シンは手放しで絶賛した。

 救出されたセレンたちも、目の前の青年から発せられる途方もない安心感と、ドランたちからの熱烈な歓迎を受け、恐怖の牢獄から夢の楽園へと到達したことを実感して涙を流すのであった。

 ***

 そして、明朝。

 聖王国ルシリスの王都は、建国以来最大とも言える「絶望とパニック」に包囲されていた。

「ど、どういうことだッ!? 異端審問所の牢屋が……もぬけの殻だと!?」

 報告を受けた異端審問官のトップは、信じられないものを見る目で部下を怒鳴りつけた。

「見張りの騎士たちは何をしていた! 退魔石の壁を破って魔法で脱出するなど不可能なはずだぞ!」

「そ、それが……退魔石の『床』が下から物理的に破壊され、巨大なトンネルが王都の外へと続いておりまして……。結界師のセレンだけでなく、地下牢にいた囚人たちが一人残らず消滅しております……!」

「馬鹿な……。セレンがいなければ、我が軍の新たな城壁結界が完成しないのだぞ! ええい、追手を放て! ネズミ一匹逃す——」

「た、大変です!! し、神官長様ァァァッ!!」

 審問官の怒号を遮るように、血相を変えた宝物庫の管理官が転がり込んできた。その顔は、まるでこの世の終わりを見たかのように青ざめていた。

「何だ! これ以上何があると言うのだ!」

「ほ、宝物庫が……大聖堂の宝物庫の床に大穴が開けられ……!!」

 管理官は白目を剥き、泡を吹きながら絶叫した。

「国庫の金銀財宝、ならびに国宝の魔導具の数々が……チリ一つ残さず、完全に強奪されておりますゥゥゥッ!!」

「——ッ!?」

 その報告を聞いた瞬間、神官長と異端審問官は完全に言葉を失い、その場に力なくへたり込んだ。

 囚人の完全脱獄による面子の丸潰れと、結界開発の頓挫。

 そして、国家予算の根幹を成す宝物庫の完全な喪失。

 それは、聖王国ルシリスという大国の「破滅の足音」に他ならなかった。

 誰の仕業か、いかにして行われたのかすら理解できないまま。

 己の権力を盲信し、弱き才能を搾取し続けた愚かな人間国家は、森の奥に座す新たなる魔王の「完璧な泥棒劇」によって、一夜にして再起不能の絶望へと叩き落とされたのであった。

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