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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第59話:空前の建築ラッシュと、囚われの天才

第59話:空前の建築ラッシュと、囚われの天才

 『深緑の無名奈落』新第6層、都市区画。

 つい先日まで広大な地下空洞に過ぎなかったその場所は今、空前の『大開発ラッシュ』の熱狂に包まれていた。

「そぉれ! よっこいしょぉぉっ!」

 ズシンッ! と大地を揺らす音と共に、古代の魔物エルダー・トレントが、自身の巨大な根を使って広大な岩盤を一瞬にしてフカフカの「極上の腐葉土」へと耕していく。その土壌にエルフたちが種を撒き、水精のアクアたちが清らかな魔力水を注ぐと、またたく間に大人の背丈ほどもある黄金色の麦や、瑞々しい巨大な野菜が実を結んだ。

「おおおっ! すげえ、一瞬で収穫期だ!」

「こっちも負けてられねえぞ! 急いで資材を運べ!」

 一方の居住エリアでは、ドワーフのルーンスミス・ドラン率いる五十名の「超一流技術者集団」が、恐るべき速度で街を作り上げていた。

 彼らは迷宮の蟻人たちが掘り出した極上の鉱石を使い、絶対に刃こぼれしないノコギリや、魔力を流すだけで岩を豆腐のように切断できる魔導工具を開発。それらを用いて、オークや獣人たちの力自慢と共に、頑丈なレンガ造りの家屋や、美しい木造の長屋を次々と組み上げていく。

 各家庭には、火力を自動調節する「魔導コンロ」や、常に適温の湯が出る「魔導給湯器」までもが完備されつつあった。

「マスター……。信じられません。数日前まで貧民街で泥水を啜っていた彼らが、こんなにも活き活きと、そしてこれほど高度な都市インフラを構築してしまうとは」

 高台から街を見下ろす内務卿のガストンが、感極まったように声を震わせた。

「人間、エルフ、ドワーフ、獣人、そして魔物たち。種族の壁など存在せず、誰もが互いの技術と力を持ち寄って、純粋に『より良い国』を作ろうと笑い合っている。……ここは間違いなく、テラ・マグナ大陸で最も幸福で、豊かな理想郷ユートピアです」

 ガストンの言う通りだった。

 都市全体から立ち上る活気、美味そうな料理の匂い、そして住人たちの満面の笑顔。それらは目に見えない『幸福のオーラ』となって迷宮を満たし、ダンジョンコアであるルリにも極上のポジティブなDPを還元し続けていた。

「まあ、優秀な連中を適材適所で働かせた結果さ。最高の職場環境を与えれば、勝手に最高の仕事をしてくれる」

 シンは満足げに頷き、完成したばかりの迷宮の酒場へと足を向けた。

 ***

 その夜。酒場の片隅で、シンはドランから「ある相談」を持ちかけられていた。

「……マスター。今日、アンタにどうしても頼みがあって来たんです。俺の……いや、俺たち技術者集団のワガママを聞いてくだせえ」

 最高級のドワーフエールを前にしても一口も飲まず、ドランは深く頭を下げた。

「どうした、ドラン。設備に不満でもあったか?」

「とんでもねえ! ここは俺たち職人にとって天国以上の場所です。……だからこそ、俺たちを逃がすために『聖王国』に残っておとりになってくれた恩人を、助け出してやりてえんです」

 ドランの瞳には、悲痛な色が浮かんでいた。

「彼女の名前は、セレン。生まれつき目が見えねえんですが、魔力の流れを感知する能力がズバ抜けている『天才結界魔導師』です。聖王国のクソ野郎どもは、彼女の才能を利用して、絶対に破れない『絶対防御結界』の軍事転用を強要していました」

 ドランが貧民街から逃げ出す算段を立てた際、セレンは自ら聖王国の異端審問所に捕まり、時間を稼いでくれたのだという。

「俺たちが逃げたことで、聖王国の上層部は激怒してるはずです。彼女が軍事兵器の開発にこれ以上従わないなら、近いうちに『洗脳術』を施されて完全に道具にされるか、見せしめとして処刑されるかのどちらかだ……。マスター、どうか彼女を助けてやってくれねえか!」

 必死に懇願するドラン。その背後では、他の錬金術師や建築家たちも、祈るようにシンを見つめていた。

「——頭を上げろ、ドラン」

 シンは静かに告げた。

「俺の大事な領民なかまの恩人を、見殺しにするわけがないだろ」

「マ、マスター……!」

「それに、天才結界魔導師か。セレンの結界技術があれば、この迷宮の防衛網や、都市の天候維持ドームがさらに完璧になる。願ってもない有望な人材じゃないか」

 シンはニヤリと笑い、ジョッキをドンッとテーブルに置いた。

「今すぐ幹部を集めろ。……胸糞悪い聖王国の地下牢から、お姫様をかっ攫う計画を立てるぞ」

 ***

 数十分後、マスターズ・チェンバー。

「——標的は、聖王国ルシリスの王都にある『大聖堂の地下牢』です。セレン殿はそこに幽閉されています」

 ガストンが広げた聖王国の地図を指差し、状況を解説する。

「先日のスタンピード騒動で、聖王国も国境の警備はピリピリしていますが、王都の内部は比較的落ち着いているはず。しかし、大聖堂の地下牢の壁は、魔力を無効化する『退魔石』で囲まれており、魔法での突破は不可能です」

「魔法がダメなら、物理でブチ抜くさ」

 シンは、腕を組んで控えている『鋼断の蟻人』の長を見やった。

「俺たちが誇る最強の穴掘り職人、蟻人部隊の出番だ。王都の郊外から地下深くにトンネルを掘り、退魔石の壁を直接『下から』喰い破る。退魔石だろうがなんだろうが、こいつらの大顎の前じゃクッキーと変わらんだろ」

「キキキッ! 任セテオケ。魔力ヲ帯ビタ石ナド、喜ンデ砕イテヤロウ!」

「よし。そして潜入部隊はレオンハルト、クロウ、ザイード。お前たちはキュウビの『不可視の幻術』を纏って蟻人の掘った穴から侵入し、牢屋の見張りを音もなく排除してセレンを救出しろ」

 魔法無効の壁を、物理的な地下トンネルで貫通し、幻術と暗殺術のプロフェッショナルがピンポイントで対象を奪い去る。被害も痕跡も残さない、完璧な『隠密救出作戦』である。

「完璧な布陣だな、マスター。聖王国の連中、朝起きたら地下牢が空っぽになっていて腰を抜かすだろうぜ」

 ザイードが双剣を弄りながら楽しそうに笑う。

「ああ。だが……ただ助けて帰ってくるだけじゃ、わざわざ王都まで出向く旨味が少ないな」

 シンは腕を組み、極悪人顔負けの「悪い笑顔」を浮かべた。

「せっかく蟻人たちが地下トンネルを掘るんだ。セレンを助け出した後、ついでに聖王国の『宝物庫』の下にも穴を開けて、中身の金銀財宝や魔導具を一つ残らず頂いてこよう」

「「「えっ!?」」」

 幹部たちが一斉に目を丸くする。

「俺たちの仲間を不当に捕らえ、ドランたちをこき使った迷惑料だ。国庫をすっからかんにして、聖王国のクソ野郎どもに絶望を味わわせてやれ」

「は、ははははっ! さすがマスター! えげつねえが最高だぜ!」

 レオンハルトが大爆笑し、円卓の熱気は一気に最高潮に達した。

 仲間を救うため、そして敵対する国家に致命的な嫌がらせを見舞うため。

 空前の内政ラッシュで国力を爆発的に高めた『深緑の無名奈落』の精鋭たちは、次なる標的である「聖王国の最深部」へと向け、影のように密やかな、しかし残酷な逆襲の牙を研ぎ澄ませるのであった。

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