第55話(閑話):六脚の円卓と、愚者たちの喜劇
第55話(閑話):六脚の円卓と、愚者たちの喜劇
物理的な場所を持たない、純粋な魔力によって構築された亜空間の円卓。
つい先日まで「五脚」だったその円卓には、現在、新たな一脚が追加され、「六つの影」が座していた。
『――よくぞ来た、若き同盟者よ。我ら『悠久の賢人会』は、貴殿の円卓への参加を心より歓迎する』
上座に座る古竜の議長が、重低音の声で歓迎の意を表す。
新たに六人目の席に着いたのは、もちろん『深緑の無名奈落』のマスター、シンであった。彼は堂々とした態度で古き王たちを見回し、軽く手を上げた。
「招待に感謝する。……で、さっそくだが、俺が三つの迷宮を落とした後の『暴食の狂宴』の連中の動きはどうなってる? 報復の準備でもしてるか?」
シンの問いに、ローブを深く被った不死者の王が、カラカラと喉の奥で笑うような音を立てた。
『我が配下である内通者(蝙蝠のマスター)からの報告が先ほど上がったところだ。……傑作だぞ、シン殿。奴らは貴殿の鮮やかすぎる逆襲に完全に肝を冷やし、貴殿への報復および侵攻を「完全凍結」したそうだ』
「凍結、だと?」
『いかにも』妖艶な夢魔のマスターがクスクスと笑いながら引き継ぐ。
『十五人いた戦力が十人にまで削られたことで、奴らは恐怖と疑心暗鬼に陥ったのです。そして、自分たちが弱体化した隙を突いて、我々『悠久の賢人会』が牙を剥くのではないかと勝手に怯え、防衛のベクトルを完全に我々の方へと向けましたのよ』
「……ちょっと待て」
シンは目を瞬かせた。
「連中は、俺があんたたち『賢人会』と五分の同盟を結んだことを……知らないのか?」
『全く気づいておらぬよ』
土塊の巨人が、地鳴りのような笑い声を上げた。
『奴らの目には、貴殿は「単独で暴れ回る恐るべき新参者」として映っている。だからこそ、貴殿にはこれ以上手を出さず、本来の敵である我々五人への監視と防衛に全リソースを割き始めたのだ。……我らがすでに貴殿と手を結び、盤面を完全に掌握しているとも知らずにな』
「ははっ、そいつは滑稽だな」
シンも思わず声を上げて笑った。
つまり今の『暴食の狂宴』は、背後に致命的な刃が迫っていることにも気づかず、存在しない幻影(賢人会からの奇襲)に怯えて必死に盾を構えている状態なのだ。これほど痛快な情報のアドバンテージはない。
『だが、奴らのその見当違いの行動が、さらに滑稽な悲劇を生んだ』
森の深奥を感じさせる古代エルフのマスターが、円卓の地図の一点を指し示した。南の岩山地帯——牛頭鬼のマスターの迷宮がある場所だ。
『我々と人間国家への監視を急いだ奴らは、粗悪な使い魔を大量に地上へ放った。……その結果、魔導帝国ゼノスの観測網に魔力の糸を逆探知され、迷宮の正確な位置を特定されたのだ』
「帝国が動いたのか」シンが目を細める。
『ああ。後がない帝国の筆頭魔導師ゾルタンは、コアを奪うべく第零魔導重装兵団を差し向けた。対する牛頭鬼のマスターは、迷宮内の罠と数万の狂戦士を総動員してこれを迎撃した。……結果は、文字通りの『泥沼』だ』
古代エルフは、淡々とした口調でその凄惨な被害状況を読み上げた。
『帝国側は、三日三晩の強行突破の末、第2層の最奥で魔力と体力が尽き撤退。数万の精鋭兵の『七割』が地下の藻屑となった。対する牛頭鬼の迷宮も、防壁の修復と魔物の蘇生にDPを使い果たし、現在コアの機能は完全に停止。マスター自身も餓死寸前の状態に陥っている』
その報告を聞き、円卓には冷ややかな沈黙が降りた。
「……馬鹿な連中だ」
シンが呆れたように息を吐く。
「事前の情報収集もせず、力任せに突っ込んだ帝国も。地の利がありながら、人間相手にDPをすり減らして自滅したダンジョンも。……どちらも、頭を使わないからそんな無駄死にをするんだ」
『全くだ。貴殿の言う通り、ダンジョン運営とは力任せに行うものではない』
古竜の議長が深く頷いた。
『貴殿が三箇所の迷宮を制圧した際、味方にも人間国家にも「一人の死者」も出さなかった。そのスマートで冷徹な知略こそが、我々マスターが真に持つべき力だ。……今回の泥沼の潰し合いは、古い力にすがる愚か者たちの末路を端的に表している』
「これで、帝国も『暴食の狂宴』も、しばらくは身動きが取れないだろうな」
シンは円卓の地図を見下ろし、不敵な笑みを浮かべた。
「俺としては最高の展開だ。連中が勝手に疲弊して怯えている間に、こっちは心置きなく『迷宮の拡張』と『内政』を進めさせてもらう」
『うむ。我々も、情報と経済の支援を惜しまぬつもりだ。……世界は今、我々六人の掌の上にある』
知略を尊ぶ古き王たちと、新たな風を巻き起こす若き王。
六脚の円卓に集った真の支配者たちは、愚か者たちの泥沼の潰し合いを極上の美酒のツマミとしながら、自らの迷宮をさらなる高みへと導くための、優雅で残酷な密談をいつまでも続けていた。




