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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第52話(閑話):霊鳥の祈りと、雲を裂く者

第52話(閑話):霊鳥の祈りと、雲を裂く者

 大陸の南にそびえ立つ、万年雪と雷雲に閉ざされた山——『霊峰ガルドン』。

 その頂は、太古の昔から分厚い黒雲と荒れ狂う紫電の結界に守られ、何者も立ち入ることのできない「空の聖域」とされてきた。

 だが今、その結界は見る影もなく薄れ、微かな静電気の音を立てて明滅していた。

「……ピィィ……。ピルル……」

 頂上の岩肌に作られた巨大な巣。その中心で、数羽の幼い鳥たちが、悲しげな鳴き声を上げながら「巨大な黄金の鳥」の身体にすり寄っていた。

 彼女こそ、この空の聖域を統べる主。太古の時代から生きる伝説の魔物、『雷雲の霊鳥サンダーバード』のオサである。

 かつては翼を広げるだけで嵐を呼び、その黄金の羽ばたきは太陽よりも眩く輝いていた。しかし現在の彼女の姿は、あまりにも痛ましかった。黄金の羽は光を失って抜け落ち、巨大な身体は痩せ細り、荒い呼吸をするたびに口からパチパチと弱々しい火花が散るだけだった。

(……ああ。私の命も、もうじき尽きるのですね……)

 霊鳥の長は、薄れゆく意識の中で、自らの胸に刻まれた「黒い傷跡」を見下ろした。

 すべては、数百年前に起きた悲劇から始まった。

 サンダーバードの卵には、膨大な魔力と『不老長寿』の効能があると信じられていた。それに目をつけた人間の王族や魔導師たちが、欲に駆られて数万の軍勢でこの霊峰へ攻め入ってきたのだ。

 彼女は同胞と卵を護るため、文字通り命を懸けて戦った。三日三晩に及ぶ雷の嵐で人間の軍勢を退けたものの、その代償として、人間の大魔導師が放った『呪いの魔槍』を胸に受けてしまった。

 傷口から入り込んだ呪毒は、数百年の時をかけて彼女の魔力を蝕み、少しずつ、しかし確実に生命力を奪っていった。

(愚かな人間ども……。私の血肉を削るだけならまだしも、この子たちの未来までをも奪おうというのか……)

 彼女の魔力が限界に達したことで、霊峰を包んでいた雷雲の結界がいよいよ消滅しようとしていた。

 結界が解ければ、麓で機会を窺っていた人間の冒険者や討伐隊が、待ってましたとばかりに雪崩れ込んでくるだろう。魔力を持たない幼い同胞たちは、間違いなく狩られ、人間に売り飛ばされてしまう。

「……ピィィッ!」

 一羽の雛が、彼女の顔に涙を擦りつけるように鳴いた。

 霊鳥の長は、残された最後の力を振り絞り、折れ曲がった首を持ち上げて暗い空へと祈りを捧げた。

(大いなる空の精霊よ。どうか、私の祈りを聞き届けてください)

 彼女の目から、黄金の涙が一筋こぼれ落ちる。

(私自身の命はどうなっても構わない。数百年の間、呪いの痛みに耐え続けたこの身体は、とうに灰になる準備ができています。ですが……どうか、どうかこの幼き同胞たちだけはお救いください! 人間の強欲な手が届かない、安息の空を与えてください……!)

 それは、己の身を犠牲にしてでも家族を護りたいと願う、気高き母の最後の叫びであった。

 バリィィィィィンッ……!!

 その時、霊峰を覆っていた最後の雷雲が、ガラスが割れるような音を立てて完全に霧散した。

 結界が、消滅した。

 霊鳥の長は絶望に目を閉じた。ああ、人間の討伐隊がやってくる。強欲な刃が、罪なき子供たちに向けられる。

 ——だが。

 結界が破れた空から降り立ったのは、武器を構えた軍隊ではなかった。

「……なるほど。確かに、結界が限界を迎えていたみたいだな」

 ふわりと、羽毛のように音もなく岩肌に舞い降りた一つの影。

 それは一人の人間の青年だった。彼の肩には一羽の白兎テトが乗り、その背後には、清らかな水を纏う水精の歌姫アクアが静かに付き従っている。

「ピ、ピィィッ!?」

 幼い霊鳥たちが警戒し、小さな羽を広げて長を庇うように青年の前に立ち塞がった。

 長も最後の力を振り絞り、威嚇の雷を放とうとしたが——青年の身体から放たれた「魔力の波」を感じ取り、ピタリと動きを止めた。

(……な、なんだ、この魔力は……?)

 目の前の人間から発せられているのは、かつて彼女を傷つけたような、血生臭い強欲の魔力ではない。

 どこまでも深く、澄み切っており、まるで太古の森そのもののような「圧倒的な慈愛と力」の波長だった。

「よく数百年間も、その呪いの傷に耐えて同胞を守り抜いたな。あんたは最高に誇り高い、立派な長だよ」

 青年——迷宮の主であるシンは、警戒する雛たちを刺激しないようゆっくりと歩み寄り、傷ついた霊鳥の長の巨大な顔を、そっと撫でた。

「だが、もう一人で戦う必要はない。俺の『国』には、人間の強欲さを一切寄せ付けない、安全で広大な空がある」

 シンの手が触れた瞬間、システム(DP)を通じて無尽蔵の浄化の魔力が霊鳥の身体に注ぎ込まれ、数百年間彼女を苦しめ続けていた胸の黒い呪毒が、嘘のように浄化され、消え去っていった。

「……ピィ……?」

 痛みが消え、身体の奥底から温かな力が湧き上がってくるのを感じ、霊鳥の長は信じられないというように目を見開いた。

「初めまして、伝説の雷鳥。俺は『深緑の無名奈落』のマスター、シンだ。……あんたとあんたの家族を、俺の迷宮(楽園)にスカウトしに来た」

 雲を裂いて現れたのは、死神ではなく、空の精霊が遣わした奇跡の救済者だった。

 シンの屈託のない笑顔と、その偽りのない優しい魔力に触れ、雷雲の霊鳥は数百年の緊張の糸を解き、ただ静かに、安堵の涙をこぼすのであった。

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