第43話:飢えたる重砲と、鋼を断つ顎
第43話:飢えたる重砲と、鋼を断つ顎
『深緑の無名奈落』から西へ数十キロ。
大深緑の迷い森を抜けた先に広がるのは、草木が一本も生えない赤茶けた不毛の地――『西の岩山地帯』である。
「……ひどい有様ですね。大地の魔力が完全に枯渇し、水気すらありません。ここ数年で急激に砂漠化が進んだようです」
護衛として同行していたレオンハルトが、乾いた風に目を細めながら呟いた。
「あの『暴食の狂宴』とやらの迷宮が、周辺の地脈の魔力を根こそぎ吸い上げている影響だろうな。……テト、目当ての『鋼断の蟻人』の気配は探れるか?」
「キュイッ!」
先頭を走っていた白兎のテトが、長い耳をピクピクと動かして立ち止まった。しかし、テトが前足で指し示したのは、蟻の気配ではなく、巨大な岩陰にうずくまる「別の魔物の群れ」だった。
「……なんだ、あいつらは?」
岩陰を覗き込んだシンは、思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、身長三メートルを超える巨大な鬼の魔物――『攻城岩鬼』の群れだった。本来なら筋骨隆々で、両手で抱えきれないほどの巨岩を軽々と投擲する強力な魔物だ。
しかし、目の前にいる数十匹のオーガたちは、文字通り「骨と皮」だけになるほど痩せこけ、虚ろな目で荒い息を吐いていた。
「マスター。彼らはこの枯渇した大地で獲物が獲れず、完全に飢餓状態に陥っています。……このままでは、あと数日で全滅するでしょう」
レオンハルトの言葉に、シンは迷わずアイテムボックス(DPで購入した拡張収納)を開いた。
「おい、お前ら」
「「「……グルル……?」」」
警戒して呻き声を上げるオーガたちの前に、シンは大量の樽水と、迷宮の料理長ログが持たせてくれた『特大のホーンボアの肉まん』を山のように取り出して並べた。
途端に、強烈な肉の匂いにオーガたちの目の色が変わり、彼らは半狂乱になって水と肉まんにしゃぶりついた。
「ガウッ! ガウガウッ!(う、美味えっ! なんだこれ、涙が出るほど美味えっ!)」
数分後。すっかりお腹を満たし、生気を取り戻したオーガたちは、シンたちに向かって土下座のような体勢でひれ伏していた。
「お前らのその太い腕、大きな岩を遠くまで正確に投げられるよな?」
「ガウ!(おう! 岩投げなら誰にも負けねえ!)」
「よし。なら俺の迷宮に来い。お前らには、敵の城や迷宮を攻める時に、安全な後方から大きな岩を投げまくって『大砲』の代わりになってもらう。……その代わり、さっきの美味い飯は毎日腹一杯食わせてやるし、安全で温かい寝床も保証する」
その破格の条件(圧倒的な福利厚生)を聞いた瞬間、オーガたちは顔を見合わせ、大粒の涙を流してシンの足元にすがりついた。
「ガウゥゥッ!!(一生ついていきます、ボスゥゥッ!!)」
「よしよし。レオンハルト、彼らを一旦迷宮の第4層へ案内してくれ。ログに頼んで、栄養のあるスープを飲ませてやってくれ」
「はっ。……しかしマスター、道端で拾った魔物を即座に『遠距離砲撃部隊』として組み込むとは。貴方の眼力には恐れ入ります」
レオンハルトは苦笑しつつ、大喜びするオーガたちを引き連れて一旦迷宮への転送魔法陣を起動した。
***
思わぬ収穫(強力な後方支援部隊)を得たシンは、テトと共にさらに岩山の深部へと足を踏み入れた。
やがて、切り立った崖の壁面に、不自然にくり抜かれた巨大な洞窟の入り口を発見した。その周囲には、削り取られた硬い岩の残骸が散乱している。
「ここだな……。行くぞ、テト」
洞窟の中は、複雑なアリの巣状になっていた。
しばらく進むと、カチャッ、カチャッ……という硬質な金属音が響き渡り、暗闇の奥から無数の赤い複眼が光った。
「キキキッ……何者ダ、人間。我ラ『鋼断の蟻人』ノ領分ニ、何ノ用ダ」
現れたのは、直立歩行する巨大な蟻の魔物たちだった。彼らの全身は鈍く光る鋼鉄の甲殻に覆われ、口元には岩をも容易く噛み砕く、巨大で鋭利な「大顎」が備わっている。
その群れの奥から、一回り大きく、全身が黒光りするミスリル質の甲殻を持った蟻人の長が姿を現した。
「俺は迷宮のマスター、シンだ。お前たちのその『鋼を断つ顎』と『掘削能力』を買いに来た」
「買ウ、ダト……? キキッ、笑ワセルナ! 我ラハ誇リ高キ地下ノ覇者! 人間ノ指図ナド受ケン!」
長が威嚇するように大顎を鳴らすと、周囲の蟻人たちが一斉に殺気を放ち、包囲の輪を縮めてきた。
人間を見下し、決して他者に従わない気高き種族。並の冒険者であれば、この威圧だけで逃げ出しているだろう。
しかし、シンは全く動じず、ただ静かに口角を上げた。
「誇り高いのは結構だが……お前たちのこの巣、もう『喰うもの』がないんじゃないか?」
ピタリ、と蟻人たちの動きが止まった。
シンは『気配察知』で周囲の壁を探っていた。鋼断の蟻人は、魔力を含んだ鉱石を食べて自身の甲殻を強化する種族だ。しかし、この岩山の魔力は地脈ごと枯渇しつつあり、洞窟の壁からは微塵も魔力が感じられなかったのだ。
「俺の迷宮は、敵のダンジョンに二箇所同時に攻め込む。ダンジョンの防壁ってのは、マスターの魔力(DP)がたっぷり詰まった『極上の鉱石』の塊だ。……お前たちには、それを先頭に立って喰い破ってもらう」
「ナッ……敵ノ迷宮ノ壁ヲ、喰ウ……ダト?」
「ああ。それに、俺の迷宮に所属すれば、給料(報酬)として、お前らが一番美味いと感じる純度の高い魔力鉱石を、俺のDPで毎日好きなだけ生成して提供してやる」
シンの提案に、蟻人の長の複眼が大きく見開かれた。
彼らは戦闘狂ではない。純粋な『労働(掘削)』と『強固な鉱石を喰らうこと』に至上の喜びを見出す職人気質の種族なのだ。無限に提供される魔力鉱石と、かつてない硬度を誇るダンジョン防壁の破壊という一大プロジェクト。それは、彼らの本能を強烈に刺激する「最高の仕事のオファー」であった。
「キキッ……。口先ダケナラ、何トデモ言エルゾ、人間。我ラノ顎ニ足ル鉱石ヲ、本当ニ出セルノカ?」
長が疑いの目を向けると、シンは無造作に右手を前に出し、数千DPを消費して『ある物』を錬成した。
それは、大深緑の迷い森でも滅多にお目にかかれない、最高純度を誇る『オリハルコンの原石』だった。
「ほら、前金(試食)だ。遠慮なく噛み砕いてみろ」
その途方もない魔力光を放つ原石を見た瞬間、蟻人たちの口からダラダラと涎(金属を溶かす酸)が溢れ出した。
長は震える足で原石に歩み寄ると、自慢の大顎でガチンッ!とそれに噛み付いた。
「キッ……キキキキィィッ!!(う、美味すぎるゥゥッ! なんという硬度! なんという芳醇な魔力!)」
長は恍惚とした顔で原石を噛み砕き、そのままシンの足元に跪いた。周囲の蟻人たちも、羨望の眼差しを向けながら一斉に平伏する。
「シン様! 我ラ『鋼断の蟻人』一族三百名! 貴方様ノ『牙』トナリテ、ドンナ強固ナ城壁モ、ドンナ深キ地下道モ、必ズヤ喰イ破ッテ御覧ニ入レマショウ!」
「交渉成立だな。頼りにしてるぜ、地下の覇者たち」
遠距離から城壁を粉砕する「攻城岩鬼」の重砲部隊。
そして、城壁の死角から地下を掘り進み、防壁を喰い破る「鋼断の蟻人」の突撃部隊。
『暴食の狂宴』への同時侵攻に向け、シンの迷宮は、いかなる強固な要塞をも紙屑のように蹂躙する、最強の「攻城戦力」を完璧に整えたのであった。




