第44話:双牙の軍議と、奈落の拡張計画
第44話:双牙の軍議と、奈落の拡張計画
迷宮第4層、戦略会議室。
巨大な円卓には、内務卿ガストン、守備隊長レオンハルト、エルフの使節長リリア、幻惑狐キュウビに加え、新たにスカウトされた『攻城岩鬼』のリーダーと、『鋼断の蟻人』の長が顔を揃えていた。
「さあ、狩りの時間だ。連中が徒党を組む前に、最も近い二つの迷宮の喉首を同時に掻き切る」
上座に立つシンが、円卓に広げられた『世界の裏地図』の二つの赤い点を指差した。
「賢人会からの情報によれば、標的の一つ目は南西の荒野に位置する『焦熱の砂礫窟』。炎を操るサラマンダーのマスターが統べる迷宮で、内部は灼熱の砂嵐と、魔力で強化された『ガラスの防壁』で覆われているらしい」
「ガラスの防壁……ですか。剣や魔法を反射する厄介な代物ですね」とガストンが唸る。
「ああ。だが、ガラスは『物理的な超質量の打撃』には脆い」
シンは、隣に座る攻城岩鬼のリーダーに視線を向けた。
「一つ目の標的『焦熱の砂礫窟』には、レオンハルトを総大将とする【A部隊】が向かう。主力はオーガたちの『超遠距離投石』だ。敵の罠や魔法の射程外から、巨岩の雨を降らせてガラスの防壁ごと広範囲を粉砕しろ。防壁に穴が開いたところを、レオンハルトの重装歩兵部隊が一気に突入してマスターの首を獲る」
「ガウッ!(任せろボス! ガラスの城なんて、俺たちの岩で粉々にしてやらぁ!)」
「ふっ、遠距離からの力押しとは、帝国の攻城戦術より遥かに豪快だな。承知した」
レオンハルトも獰猛な笑みを浮かべて頷く。
「そして二つ目の標的。西の岩山地帯の地下に広がる『腐泥の毒塞』だ。毒を撒き散らす大蟇のマスターが支配しており、迷宮内の通路は致死の毒沼で満たされ、壁は強固な岩盤で囲まれている」
「毒沼を通らねばコアに辿り着けないとは、極めて陰湿な迷宮ですな」
ガストンの言葉に、シンはニヤリと笑った。
「誰が正面の毒沼を通るって言った? 毒の通路なんて無視して、壁の裏側から直接コアの部屋まで『新しい道』を開通させる」
シンは、鋼断の蟻人の長を見つめた。
「二つ目の標的『腐泥の毒塞』には、ザイードら冒険者部隊とキュウビを主力とした【B部隊】が向かう。そして先陣を切るのは、お前たち蟻人だ。強固な岩盤の壁をその大顎で喰い破り、毒沼を完全に迂回して、最短距離で敵のコアがある最深部まで掘り進め」
「キキキッ! 造作モ無イ。ソノ毒蛙ノ防壁、我ラノ極上ノ餌トシテ喰イ尽クシテクレヨウ!」
蟻人の長が、興奮に大顎をガチガチと鳴らす。キュウビの幻術で敵の目を欺きながら、地下から直接ボスの寝首を掻く、完璧な奇襲戦術である。
「完璧な部隊編成です、マスター。これなら、どちらの迷宮も数時間で陥落するでしょう」
レオンハルトが感嘆の声を漏らすと、シンはさらに大きな「野望」を口にした。
「今回の作戦の最大の目的は、ただ敵を倒すことじゃない。……奴らの『ダンジョンコア』を無傷で奪い取り、俺たちのコア(ルリ)に喰わせて吸収させることだ」
『はいっ! 敵のマスターとの繋がりを絶った状態のコアを私が取り込めば、莫大なDPの最大値増加と、領土(階層)の拡張権限が手に入ります!』
空中に浮かぶルリが、ピカピカと嬉しそうに明滅する。
「その拡張権限を使って、今の第4層(居住区・都市)を、さらに安全な最深部……『第6層』へと丸ごと移設する。そして空いたスペースに、今回加わった新しい仲間たちのための、新しい階層を二つ増設するんだ」
シンが思い描く「迷宮拡張計画」の全貌。
それは、ただ部屋を増やすという次元のものではなかった。
「新しく作る『第4層』は、攻城岩鬼たちのための階層だ。広大な荒野と切り立った崖を再現し、大量の岩石を配置する。敵が第3層を抜けてきても、高所からオーガたちの巨岩が降り注ぐ『重砲撃の階層』になる」
「ガウウッ!(俺たちのための階層! 一生ついていくぜ!)」
「そして新『第5層』は、鋼断の蟻人たちの階層だ。ここは通路を固定せず、彼らに自由に巣を掘削させる。彼らが喰うための魔力鉱脈を張り巡らせ、日々形が変わる『変幻自在の鋼鉄の迷路』にする。もし敵が侵入すれば、蟻人たちが壁の中から強襲をかける蟻地獄だ」
「キキキキキッ!!(最高ダ! 腹一杯鉱石ヲ喰イナガラ、罠ヲ作レルノダナ!)」
物理トラップの第1層、粘糸の第2層、精鋭迎撃の第3層。
そこに、重砲撃の第4層と、鋼鉄の蟻地獄の第5層が加わり、そのさらに奥底、誰も手が届かない第6層に、豊かな迷宮都市が守られる。
それはまさに、絶対に陥落不可能な「難攻不落の大地下帝国」の完成図であった。
「……すさまじい。この拡張が為されれば、もはやこのテラ・マグナに我らを脅かす勢力は存在しなくなるでしょう」
内務卿のガストンが、武者震いするように息を吐いた。
「ああ。だからこそ、この同時侵攻は絶対に成功させる。……お前たち、準備はいいか?」
シンが円卓に両手をつき、全員を見渡す。
魔物、人間、エルフ、獣人。種族を超えて集結した最強の幹部たちは、一斉に立ち上がり、それぞれの武器を掲げて咆哮した。
「「「おおおおおッ!!」」」
迷宮の底から湧き上がる、地鳴りのような鬨の声。
防衛から侵攻へ。シンの率いる『深緑の無名奈落』の精鋭たちは、自らの国をさらに巨大な楽園へと進化させるため、同業者たちの喉首を狙って静かに、そして獰猛に進軍を開始した。




