第4話:キルゾーンの構築と、重力の牙
第4話:キルゾーンの構築と、重力の牙
「……よし、やるぞ。ルリ、50 DPすべてを使って、この部屋の構造を根本から作り変える」
俺の宣言に、ルリは緊張したように明滅した。
『了解しました、マスター。……ダンジョン構造、大規模変更を開始します!』
ルリがかつてないほどの輝きを放ち、洞窟の岩壁が生き物のようにうごめき始めた。
俺が設計図として思い描いたのは、単なる穴の拡張ではない。侵入者を確実に仕留めるための「死の坂道」だ。
まず、外へと通じる穴をテトが通れるサイズまで広げ、そこから部屋の中心へ向かって一直線の通路を伸ばす。ただし、その床は急激な「下り坂」にした。しかも、ただの坂ではない。表面を鏡面のように滑らかに加工し、一度足を踏み入れれば自重で加速し、二度と止まれない「滑り台」だ。
そしてその終着点、加速した獲物が激突する壁の麓には、鋭く削り出した岩の杭を何本も植え付けた。
一方、テトが使う通路は、入り口からすぐの場所で直角に曲がり、大きく弧を描いて部屋の端へと繋がる別ルートだ。侵入者の視点からは、曲がり角が死角になってテトが消えたように見える構造。これなら、テトは安全に帰還でき、獲物だけを正面の罠へと放り込める。
『……完成、しました。マスター、DPが……「0」です』
ルリの声には疲労が混じっていたが、目の前には、数日前までのただの「お椀型の穴」とは思えない、立体的で凶悪な迷宮の片鱗が姿を現していた。
「最高だ、ルリ。……さあテト、新しい庭の使い心地を試してみようぜ」
テトは新調された「隠し通路」の匂いを嗅ぎ、納得したように頷くと、弾丸のような速度で外へと飛び出していった。
俺は岩の杭が並ぶ「終着点」の脇、影になる場所に身を潜めた。手には、昨日よりも一回り大きく、握りやすく削った重い岩の塊を握りしめている。
数分後。
大深緑の森の静寂を切り裂くような、猛々しい咆哮が聞こえてきた。
「……来たか」
地響きと共に、穴の向こうからテトが飛び込んできた。テトは入り口を抜けた瞬間、慣れた動きで右側の隠し通路へと滑り込む。
直後、獲物が姿を現した。
それは、体長二メートルを超える巨体。
鋼のような剛毛に覆われ、口元からは凶悪な牙が二本突き出している――ランクCに近いと言われる猛獣、『ファングボア』だ。
ボアは目の前から消えたテトを探し、勢いそのままに正面の広い通路へと足を踏み入れた。
『ブゴォォッ!?』
ボアの蹄が、滑らかな下り坂を捉えた。
踏ん張ろうとした巨体は、重力に従って加速度的に滑り落ちていく。必死に足を掻くが、摩擦のない床の上では何の意味もなさない。
『ドスッ! グチャッ!』
重い衝撃音と、肉が裂ける嫌な音が洞窟に反響した。
加速したボアの自重が、そのまま凶器となったのだ。腹部と前足に深く突き刺さった岩の杭が、その動きを完全に封じ込める。
「今だ、テト!」
俺は影から飛び出した。
テトも隠し通路の出口から、ボアの背後を突くように躍り出る。
「『打撃』!」
俺は渾身の力を込め、スキルを発動させた。
重い岩塊が、杭で固定され動けないボアの眉間を直撃する。スキルの補正か、岩が吸い込まれるように急所を捉え、ボアの硬い頭蓋を叩き割った。
同時に、テトが『瞬動突進』を繰り出す。
白光を纏った角が、ボアの首筋を深々と貫いた。
『……ギィ、ッ……』
ボアは一度だけ大きく痙攣し、やがてその瞳から光が消えた。
数秒の静寂の後、その巨体が眩い光に包まれ、床へと溶けるように吸い込まれていく。
『マスター! ファングボア討伐、50 DP獲得です! 一撃で、使ったポイントが返ってきました!』
ルリの歓喜の叫び。
俺は肩で息をしながら、手の中の岩を見つめた。
勝った。これまでの「釣り」とはレベルが違う、強敵を。
「はは……ハハハ! ルリ、見たか! この作戦、いけるぞ!」
「キュオォーン!」
テトが俺の足元に擦り寄り、誇らしげに鳴く。その純白の毛並みには返り血一つつおらず、隠し通路の有用性を証明していた。
俺は獲得したばかりのステータスを確認した。
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【保有DP】50
【シン】Lv.3(↑UP)
【スキル】『打撃 Lv.1』『地形利用 Lv.1』(NEW)
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「『地形利用』……新しいスキルまで手に入ったか」
どうやら、罠を使って格上の敵を仕留めたことが評価されたらしい。
俺は、血の匂いがかすかに残る新しい「我が家」を見渡した。
これまではただ生きるために必死だった。だが、今は違う。
「ルリ。この50 DPを使って、次はさらに複雑な構造にするぞ。……いつか人間が来ても、ここを突破できないくらいの、難攻不落の迷宮にしよう」
小さな洞窟に、確かな野望の火が灯る。
記憶を失った青年シンと、進化した相棒テト。そしてポンコツから脱却しつつあるルリ。
三人の「ダンジョン経営」は、ここから本格的な加速を見せていく。




