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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第38話:空っぽの城塞と、干上がった吸血鬼

第38話:空っぽの城塞と、干上がった吸血鬼

 城塞都市アインガルド。数十年の間、変化のなかったその街は、今や未曾有の熱狂に包まれていた。

 発端は、数日前から街の広場や酒場に現れた、北の商業共和国ヴァロワの商人たちだった。彼らが掲げた「移住勧告」の内容は、アインガルドの住民たちにとって、神の福音にも等しい衝撃的なものだった。

「聞いたか? 西の森にできた新しい国『無名奈落』じゃあ、仕事が山ほどあって、給料は今の三倍だそうだ!」

「ああ。それだけじゃない。移住者は初年度の税が免除、そのうえ石造りの立派な家が『無償』で提供されるって話だぜ」

 街のあちこちで、荷造りをする馬車の車輪の音が響き、人々が興奮気味に語り合っている。

 このアインガルドは平和だった。だが、同時に「淀んでいた」のだ。重苦しい空気、厳しい監視、どれだけ働いても生活が向上しない閉塞感。そこに、圧倒的な「希望」が投げ込まれたのだ。

「でも、俺みたいに足の悪い老いぼれが行っても迷惑じゃ……」

「馬鹿を言うな! ヴァロワの商人が言ってたぜ。『迷宮の主は、種族も年齢も問わない。病人はエルフのポーションで治し、老人はその知恵を街の子供たちに授けてほしい。すべての者に居場所がある』ってな!」

 その言葉が決定打だった。

 若者は富を求めて。家族連れは未来を求めて。そして弱者たちは「救済」を求めて。

 迷宮の内務卿ガストンが練り上げ、商業共和国ヴァロワの財力が支え、エルフの広報力が広めた「究極のヘッドハンティング」は、アインガルドというダムの壁を、内側から完全に崩壊させていた。

 ***

 同じ頃、地下第3層。玉座の間。

 吸血鬼のマスター・アーランドは、優雅に真紅の液体を啜りながら、独り言ちていた。

「ふふふ……そろそろか。潜入させたドッペルゲンガーどもが、あの新参者の迷宮を混乱に陥れている頃合いだろう。パニックになった住民どもを、我が配下が『アインガルドこそ安全だ』と甘い言葉で誘い込み、さらにこの街の人口を増やしてやるわ」

 アーランドは、地上の街で起きている「事態」を全く把握していなかった。

 彼は数十年の間、人間を「勝手に増えて魔力を吐き出す家畜」としか見てこなかった。家畜が自分の意志で、一斉に牧場を捨てるなどという事態は、彼の古臭い常識には存在しなかったのである。

「さて……。ルビー、現在のDP蓄積状況を報告しろ。そろそろ第4層の拡張に取り掛かるぞ」

 アーランドが、台座に鎮座する真紅のコアに問いかける。

 しかし、返ってきたのは、普段の冷徹な機械音とは異なる、どこか「警告」を孕んだ切迫した響きだった。

『……警告。魔力供給エネルギー・インフラックスが急激に減少。現在、平常時の10%以下に低下中。……さらに減少を続けています』

「……は?」

 アーランドの手から、ゴブレットが滑り落ちた。

「減少? 何を言っている。祭りの時期でもないのに、住民が眠りに落ちる時間はまだ先だぞ。なぜ魔力が――」

『原因を特定。第1層(地表都市)からの生命反応が、壊滅的な速度で消失しています。住民の約9割が、すでに都市の境界線を越え、外部へと移動しました』

「きゅ、九割……? 移動だと……?」

 アーランドは血相を変え、魔法の投影板を空中に展開した。

 そこに映し出されたのは、数十年かけて築き上げた「完璧な偽装国家」の無惨な姿だった。

 大通りを埋め尽くすのは、街を捨てて旅立つ数万の群衆。

 彼らはヴァロワの商人が用意した巨大な馬車に乗り込み、笑顔で、あるいは涙を流しながら、アーランドが「檻」として作り上げた城壁を越えていく。

 店は閉まり、煙突からの煙は絶え、活気という名の魔力が、アインガルドから文字通り「蒸発」していた。

「な……なんだこれは! 衛兵は何をしている! 門を閉じろ! 逃げる家畜どもを皆殺しにしろ!」

『不可能です。地上の警備にあたっていたドッペルゲンガーや傭兵たちも、ヴァロワの商人から提示された「迷宮での高待遇な雇用契約」に目が眩み、すでに武器を捨てて住民と一緒に移住の列に並んでいます』

「貴様らぁぁぁぁっ!!」

 アーランドは椅子を蹴飛ばし、地上の様子を直接見るべく叫んだ。

 だが、コアの声は無情にも続いた。

『マスター。あなたは数十年、この街を「知られないこと」に全力を注いできた。……その結果、あなたは地上の民の「心」を繋ぎ止める術を、何一つ持たなかったのです。彼らにとって、この街は帰るべき故郷ではなく、ただの不気味で淀んだ住処に過ぎませんでした』

「黙れ! 黙れ黙れ黙れぇっ!」

『事態はさらに深刻です。先ほど、商業共和国ヴァロワより公式な抗議文が届きました。「我が国の市民がアインガルドに移住するのを妨害するならば、これは重大な経済的宣戦布告と見なす。また、聖王国と帝国に対しても、アインガルドが魔物の巣窟であることを正式に告発する準備がある」……とのことです』

「…………っ!!」

 アーランドの膝が、屈辱でガタガタと震え出した。

 武力で攻め込んできたのなら、自慢の罠とアンデッド軍団で迎撃できた。だが、相手が仕掛けてきたのは「より良い生活」という名の、最強の精神攻撃だった。

 今さら住民を殺せば、魔導帝国に正体がバレて討伐軍が来る。生かしておけば、住民は全員いなくなり、迷宮は維持コストだけで赤字になり、やがて消滅する。

 チェックメイト。

 一度も剣を交えることなく、新参者のダンジョンマスターは、老職人のアーランドが数十年かけて築き上げたすべてを、ただの「空き家」に変えてしまったのだ。

「おのれ……新参者め……! シ、シンと言ったか……! 貴様、貴様ァァァッ!!」

 アーランドの絶叫が、誰もいなくなった静まり返る地下通路に虚しく響く。

 地上では、最後の一団がアインガルドの正門を潜り抜けていた。彼らが振り返ることは二度となかった。

 夕日に照らされたアインガルド。

 そこにあるのは、完璧な城壁と、無人の石畳と、そして……魔力を失い、ただ干からびていくのを待つだけの、哀れな吸血鬼の城だけであった。

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