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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第35話(閑話):深夜の密約と、黄金の国の粛清

第35話(閑話):深夜の密約と、黄金の国の粛清

 北の海に面した商業共和国ヴァロワ。

 夜の闇に包まれた穏健派代表アルベールの執務室で、厳重に鍵をかけた机の引き出しから、突如として青白い光が漏れ出した。

「な、なんだ?」

 アルベールが警戒しながら引き出しを開けると、そこに入っていた古い魔導具(かつて冒険者ギルドとの緊急連絡用に使っていた通信石)が、強い魔力を帯びて発光していた。

『――久しぶりだな、アルベール。夜分遅くにすまない』

「こ、この声は……ガストン殿か!? 聖王国で暗殺されたと聞いていたが!」

 通信石から聞こえてきた旧友の落ち着いた声に、アルベールは驚愕した。

『私は生きている。腐った聖王国を見限り、今は「深緑の無名奈落」……我が主であるシン様の内務卿を務めている』

「なんと……貴公が、あの大迷宮の配下に……」

『俺からも挨拶させてもらおう、アルベール氏』

 ガストンとは別の、若く、しかし底知れぬ威圧感と余裕を持った声が響いた。

『俺が迷宮の主、シンだ。単刀直入に言う。あんたの国の腐った強硬派どもを一掃する手助けをしたい』

 アルベールは息を呑んだ。

 連日、強硬派が暗殺者を送り込んでいる相手が、逆にこちらの内情を完全に把握し、接触を図ってきたのだ。

「……魔物の迷宮が、人間の国の政変に介入するというのか。見返りは何を求める? 我々の国を乗っ取るつもりか」

 アルベールは商人の顔になり、鋭く問い返した。

『乗っ取るつもりなら、とっくに大軍を差し向けている。俺が求めているのは「投資」だ。あんたがトップに立ち、ヴァロワがクリーンな貿易国家として生まれ変わった暁には、俺たちの迷宮と対等な交易を結んでほしい』

 シンの合理的で嘘のない言葉に、アルベールは目を丸くした。

『強硬派が聖王国や帝国と結託していた「奴隷の裏帳簿」や「密輸の証拠」の写しは、すでにエルフの斥候を使ってあんたの机の上に転送してある。……それと、奴らが証拠隠滅のために武力行使に出た場合に備え、俺の配下をそっちへ向かわせた』

「迷宮の、武力……」

『やるか、やらないか。あんたが決めろ』

 アルベールは机の上に出現した分厚い書類の束に目を通した。そこには、バルバロスをはじめとする強硬派の悪事が、逃れようのない緻密さで記録されていた。

 彼は深く息を吐き、通信石に向かって力強く頷いた。

「……乗ろう。この国を救うためなら、私は悪魔とでも手を組む覚悟だ。貴公らの投資、確実に利益で返してみせよう」

 ***

 翌日。ヴァロワの国会議事堂。

 昨日にも増して高圧的な態度で、強硬派のバルバロスが吠えていた。

「迷宮への暗殺作戦は続行だ! 我が国の誇りと利益を傷つけた魔物どもを……」

「いい加減にしろ、バルバロス」

 アルベールが静かに、しかし議場全体に通る声でその言葉を遮った。

「貴様の言う利益とは、他国から不法に仕入れた奴隷の売買と、麻薬の密輸で得た汚い金のことだろう?」

「な、何を血迷ったことを! 証拠もないくせに!」

「証拠なら、ここにある」

 アルベールが指を鳴らすと、彼の部下たちが大量の書類の束を各議員の席へ配って回った。それを見たバルバロスの顔から、一瞬にして血の気が引いた。

「こ、これは……!! ば、馬鹿な、この裏帳簿は我が商会の地下金庫に厳重に……!」

「貴様の悪事はすべて白日の下に晒された。もはや言い逃れはできん。国家反逆および不法取引の罪で、直ちに拘束させてもらう!」

 アルベールの宣告に、議場は騒然となった。

 中立派の議員たちも一斉にバルバロスを非難し始める。しかし、窮地に陥ったバルバロスは、突如として狂ったように笑い出した。

「ハ、ハハハッ! ならば仕方がない! アルベール、貴様ごとここで消し去り、その書類もすべて燃やしてやる! おい、入れッ!」

 議事堂の扉が蹴り破られ、バルバロスが金で雇った数十名の重武装の私兵(暗殺教団の残党)が雪崩れ込んできた。

 議員たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、アルベールだけは微動だにせず、真っ直ぐに前を見据えていた。

「殺せェッ! 全員皆殺しにして、私がこの国を牛耳ってやる!」

 バルバロスが絶叫した、その瞬間だった。

『――醜い。金の亡者とは、こうも容易く底を割るのか』

 突如、議事堂の空間が「ぐにゃり」と歪んだ。

 私兵たちがアルベールに刃を振り下ろそうとした腕が、ピタリと空中で静止する。彼らの瞳は虚ろになり、誰もいない虚空に向かってガタガタと震え始めたのだ。

「な、なんだ!? 貴様ら、何をしている! 早く殺せ!」

 バルバロスが怒鳴るが、私兵たちは動かない。

 それは、空間に潜伏していた幻惑狐キュウビが放った、広範囲の『精神拘束の幻術』であった。

「……バルバロス。貴様の命運は、ここで尽きた」

 アルベールの影から、漆黒の魔導装甲を纏った巨漢――レオンハルトが、音もなく姿を現した。

 彼が背負った大剣から放たれる圧倒的な闘気と死の気配に、バルバロスは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

「ひぃっ!? ま、魔物……迷宮の回し者か!? ア、アルベール、貴様、魔物と手を組んで……!」

「この国を腐敗から救い、新たな未来へ導くための『クリーンな同盟』と言ってほしいな」

 アルベールが冷徹に見下ろす中、レオンハルトは私兵たちを峰打ちで次々と昏倒させ、バルバロスの首根っこを掴んで軽々と吊り上げた。

 完全なる制圧。強硬派の悪あがきは、迷宮の圧倒的な「武力と幻術」の前に、ものの数秒で無に帰したのである。

 ***

 数日後。

 バルバロスをはじめとする強硬派の幹部たちは全員逮捕され、彼らの財産は国庫に没収された。

 首座に就いたアルベールは、不法な裏商売を完全にご法度とし、健全な貿易による国の再建を宣言。そして最初の大きな外交政策として、『大深緑の迷い森』の迷宮国家との正式な交易条約を締結した。

「シン殿、ガストン殿。貴公らの手助けがなければ、我が国は内側から腐り落ちていた。……心からの感謝を」

 執務室で通信石に向かって深々と頭を下げるアルベール。

『気にするな。あんたがクリーンな国を作ってくれれば、俺たちの迷宮にも美味い酒や海産物が入ってくるからな。末永く、良い取引をしようぜ』

 通信石の向こうで、迷宮の主は愉快そうに笑っていた。

 西の帝国、東の聖王国、南の獣人連邦、そして北の商業共和国。

 武力、情報、慈愛、そして経済。あらゆる手段を用いて周囲の国家を完全に無力化、あるいは同盟国へと作り変えたシン。

 テラ・マグナの大陸において、もはや『深緑の無名奈落』の存在を脅かす者は、人間の国家には存在しなくなっていた。

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