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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第34話:愚かなる刺客と、金貨の国の内紛

第34話:愚かなる刺客と、金貨の国の内紛

 大深緑の迷い森、『深緑の無名奈落』第2層・粘糸迷宮層。

 暗闇の中で、音もなく幾つもの「白い繭」が天井から吊り下げられていた。

「よし、バッテリーの交換作業、ご苦労さん」

「ギギッ!(お任せを、マスター!)」

 工兵長カルクが指揮するゴブリンたちが、新しく捕縛された「繭」を滑車で吊り上げ、魔力抽出装置へと接続していく。

 迷宮の主であるシンは、その様子を呆れたような顔で見上げていた。

「……セリア。今週で何人目だ?」

「ふふっ。昨夜かかったこの方たちで、ちょうど五十人目ですわ、マスター」

 上半身だけ女の姿をしたアラクネの女王・セリアが、くすくすと笑いながら報告する。

 彼らは皆、全身を黒装束で包み、強力な毒刃や隠密特化の魔導具を装備した、高ランクの暗殺者アサシンたちだった。

「北の『商業共和国ヴァロワ』の強硬派どもが、大金に糸目をつけて雇った刺客たちですね」

 視察に同行していた内務卿ガストンが、名簿を片手にため息をつく。

「帝国や聖王国の奴隷市場が潰されたことで、裏商売で暴利を貪っていたヴァロワの商会は甚大な損害を受けた。彼らはその恨みと、失った利益を取り戻すため、連日のようにマスターの首を狙って刺客を送り込んできているのです」

「ご苦労なこった。第1層のすり鉢トラップと、第2層のセリアの網を、隠密だけで抜けられるわけがないのにな」

 シンは肩をすくめた。

 彼らにとって、ヴァロワからの刺客はもはや脅威ではなく、ただ定期的に新鮮な魔力(DP)を運んでくれる「飛んで火に入る夏の虫」でしかなかったのだ。

 ***

 一方、その頃。北の海に面した『商業共和国ヴァロワ』の議事堂は、怒号と罵声に包まれていた。

「どういうことだ! 我が商会が莫大な資金を投じて雇った『影の教団』の精鋭たちが、誰一人として帰還しないとは!」

 議場の中心で顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているのは、強硬派の筆頭である大商人バルバロスだった。彼は不法奴隷の売買や密輸で富を築いてきた、裏社会の顔役でもある。

「ええい、次はSランクの冒険者パーティを雇え! あの忌まわしき迷宮の主の首を獲るまで、資金はいくらでも注ぎ込むぞ!」

「いい加減になさい、バルバロス殿!」

 その暴走を冷徹な声で制止したのは、穏健派の代表を務める初老の貿易商・アルベールであった。彼は正当な海運業と特産品の取引で国を支える、実直な男だ。

「貴公ら強硬派の裏商売が潰されたのは自業自得だ! その私怨のために、国の国庫を無駄な暗殺依頼に浪費するなど言語道断! そもそも、帝国や十万の獣人すら退けたという大迷宮に、金で雇った者たちが敵うはずがない!」

「黙れアルベール! 奴らは我が国の経済に牙を剥いたのだぞ!」

「牙を剥かれるような不法行為をしていたのは貴公らだ! この機に、我が国は闇の商売から完全に手を引き、まっとうな交易国家として生まれ変わるべきだ。私は元老院に、貴公ら強硬派の商会への監査を要求する!」

 議事堂は完全に真っ二つに割れていた。

 アルベールたち穏健派は、国を腐らせる強硬派(違法商会)をこの機に一掃しようと目論んでいたが、強硬派の持つ裏の資金力と暴力の前に、決定打を出せずに拮抗状態が続いていたのである。

 しかし、その激しい権力闘争のすべてを、議事堂の窓辺に止まった一羽の鳥(エルフの使い魔)が監視していたことに、誰も気づいていなかった。

 ***

『――という状況です。ヴァロワでは、強硬派と穏健派の対立が限界に達しています』

 迷宮第4層、マスターズ・チェンバー。

 エルフの斥候ファエルからの報告を受けたシンは、ニヤリと口角を上げた。

「面白い。内輪揉めで勝手に自滅してくれそうだが……アルベールって商人は、見込みがあるな」

「ええ」とガストンが頷く。「アルベール氏は、私が辺境のギルドマスターだった頃に何度も取引をしたことのある、清廉潔白で非常に優秀な商人です。彼がトップに立てば、ヴァロワは必ず良き国になります」

「よし、決まりだ」

 シンは円卓に広げたヴァロワの地図の上に、ドンッと拳を置いた。

「俺たちにチョッカイをかけてくる強硬派の悪党どもには、早々にお引き取り願おう。……ガストン、アルベール氏に極秘の通信を繋げるか?」

「可能ですが……マスター、どうされるおつもりで?」

「穏健派と『タッグ』を組むのさ」

 シンは黒幕のような、酷薄でいて頼もしい笑みを浮かべた。

「アルベール氏に伝えてくれ。俺たちは、強硬派を合法的に社会から抹殺するための『裏帳簿や証拠』を大量に持っている、と。必要なら、強硬派の雇う私兵を黙らせるための『圧倒的な武力(レオンハルトの部隊やキュウビの幻術)』も貸し出す」

「なっ……! 我が迷宮が、他国の政変に直接介入すると!?」

「投資だよ、ガストン。俺たちが彼らのクーデター(大掃除)を手助けしてやれば、新しく生まれ変わる商業共和国ヴァロワは、俺たちに多大な恩義を感じるはずだ」

 それは、迷宮の経済圏を人間の国家へと拡大するための、極めて合理的な『乗っ取り(同盟)』計画だった。

「……承知いたしました。ただの防衛戦ではなく、敵国の政争を利用して味方に引き入れるとは。マスターの深謀遠慮には、恐れ入るばかりです」

 ガストンは深く頭を下げ、すぐさまアルベールとの極秘回線を構築するための手配に動いた。

 刺客を送り込み、金を浪費して自滅していく愚かな強硬派。

 彼らは知らない。自分たちが首を狙っている相手が、圧倒的な武力だけでなく、国家の裏側から手を回して社会基盤ごと彼らを葬り去る、恐るべき『知略の王』であることを。

 北の商業共和国に、シンの描いた『浄化の嵐』が吹き荒れる時は、すぐそこまで迫っていた。

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