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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第29話:獅子の詭弁と、歪められた開戦事由

第29話:獅子の詭弁と、歪められた開戦事由

 迷宮第4層、迎賓の間。

 大理石の円卓を挟み、二つの勢力が静かに対峙していた。

 一方は、迷宮の主であるシンと、内務卿ガストン、そして獣人の冒険者ザイード。

 もう一方は、大深緑の迷い森の南方に広がる『獣人連邦ガルド』から派遣された使節団。その中心にふんぞり返って座っているのは、豪奢な毛皮を纏った獅子の獣人、特命全権大使のボルグであった。

「――単刀直入に申し上げよう、迷宮の主殿」

 ボルグは傲慢な笑みを浮かべ、テーブルに分厚い羊皮紙を叩きつけた。

「我が連邦の調査により、貴殿の迷宮には、我らが誇り高き獣人の同胞が数百名も不当に『監禁』されていることが判明した。これは獣人連邦ガルドへの明白な主権侵害であり、我らの誇りを著しく汚す行為である!」

 ボルグの言葉に、彼を取り巻く獣人の護衛たちが威圧的に武器の柄に手をかけた。

「我らは寛大だ。今すぐ同胞たちをすべて引き渡し、迷惑料としてこの迷宮が持つ魔力資源の三割を連邦へ割譲するならば、今回の暴挙は不問に付そう。……だが、もし応じぬというなら、これは連邦への宣戦布告と見なす!」

 それが、ボルグの描いたシナリオだった。

 相手はしょせん魔物の巣窟。理不尽な要求に激昂して使者である自分たちに手を出せば、それを口実に獣人連邦の誇る大軍を動かし、この豊かな迷宮を「正義の戦い」として乗っ取ることができる。

 しかし、シンは一切表情を変えず、ただ静かにハーブティーのカップを置いた。

「……監禁、ですか。ボルグ大使、前提が間違っていますよ。彼らは奴隷市場から救出され、自らの『自由意志』でこの迷宮に亡命してきた住民です」

「自由意志だと? 笑わせるな!」

 ボルグが鼻で嗤う。

「誇り高き獣人が、魔物の支配下に入るなどあり得ん! 貴様らが卑劣な洗脳魔法で彼らの心を操っていることは明白だ! そうだろ、そこにいる犬っころ(ザイード)!」

 水を向けられたザイードは、ピクリと狼の耳を動かしたが、怒りを堪えてシンに視線を送った。

 シンはガストンに目配せをし、ガストンが山積みの書類をボルグの前に滑らせた。

「これは……なんだ?」

「『政治的亡命および迷宮居住に関する同意書』ですよ。全員の血判と署名入りです」

 シンは現代社会の法的手続き――契約と基本的人権の概念を、ガストンの実務能力と組み合わせて完璧な「書類」として用意していた。

「彼らはかつて、人間の国で不法な奴隷として虐げられていました。その間、同胞であるはずの獣人連邦は、一度でも彼らを助けようと動きましたか?」

「なっ、それは……人間の国との政治的摩擦が……」

「俺たちは助けた。だから彼らは俺たちを選んだ」

 シンは冷たく言い放ち、さらに一枚の特殊な書類を突きつけた。

「それに、連邦が彼らを助けなかったのには、別の理由があるんじゃないですか? ……例えば、一部の連邦高官が、人間の奴隷商人から『裏金』を受け取り、はぐれ者の獣人たちを意図的に見捨てていた、とかね」

 その瞬間、ボルグの顔からサッと血の気が引いた。

「な、何を根拠に……!」

「先日、各国の奴隷市場を潰した際、面白い裏帳簿が手に入りましてね。……ボルグ大使。もしあなたがここで無理な難癖をつけて軍を動かそうというなら、俺たちはこの『自由の同意書』と『裏帳簿のコピー』を、連邦の民衆すべてにばら撒くことになりますが?」

 チェックメイトだった。

 誇りを重んじる獣人連邦において、同胞を売って私腹を肥やしていたことが露見すれば、ボルグは間違いなく民衆に八つ裂きにされる。

 現代の外交と情報戦の知識を持つシンと、裏社会を知り尽くしたガストンの前では、ボルグの浅知恵など児戯に等しかった。

「……ッ!!」

 ボルグはギリッと牙を鳴らし、顔を真っ赤にして立ち上がった。

「交渉は……決裂だ! 我らの誇りを金と紙切れで愚弄したこと、必ず後悔させてやるぞ……!」

 捨て台詞を吐き、ボルグたち使節団は逃げるように迎賓の間を後にした。

 それを見送ったザイードが、ふう、と息を吐く。

「マスター。あいつら、絶対諦めませんぜ。連邦の強硬派は、一度振り上げた拳を下ろすのが何より嫌いな連中ですから」

「分かっている。だが、こちらから先に手を出す理由もない。……来たいなら、来させればいいさ」

 シンは冷徹な眼差しで、閉ざされた扉を見据えた。

 ***

 大深緑の迷い森を南へ急ぐ馬車の中。

 特命全権大使ボルグは、怒りと屈辱で自身の豪華な毛皮の衣服を掻きむしっていた。

「おのれ、おのれ、おのれぇぇッ! ただの魔物風情が、この私を脅迫するなどと!」

 彼の目論見は完全に外れた。迷宮はただの洞窟ではなく、高度な法と情報網を持った『厄介な国家』だった。あのままでは自分の汚職が暴露され、失脚は免れない。

 ならば、どうするか。

 ボルグの黄金の瞳に、どす黒い悪意と狡猾な光が宿る。

(証拠ごと、あの迷宮を跡形もなく物理的に粉砕するしかない。……だが、どうやって元老院を説得し、大軍を動かす?)

 ボルグは獰猛な笑みを浮かべた。

 簡単なことだ。事実を「書き換え」ればいい。

(『迷宮の主は我らの要求を鼻で嗤い、獣人連邦の誇りを侮辱した』。『同胞たちは恐ろしい精神魔法で洗脳されており、このままでは連邦そのものが侵略される』……そう報告してやる)

 裏帳簿の件など伏せておけばいい。誇りを何よりも重んじる連邦の戦士たちは、その報告を聞けば血に飢えた獣のように激昂し、開戦を熱望するだろう。

「ふふふ……ハハハハッ! 待っていろ、小賢しい迷宮の主め。貴様のその余裕の面を、我が連邦の誇る十万の『獣王軍』が恐怖に歪めてくれるわ!」

 馬車の中に響き渡る、暗く濁った高笑い。

 完膚なきまでに論破されたちっぽけな使者の「逆恨み」と「保身」が、やがて大深緑の迷い森全体を巻き込む、かつてない規模の大戦争の引き金になろうとしていることを、この時のシンたちはまだ知る由もなかった。

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