第27話:解放の狼煙と、墜ちゆく悪徳の連鎖
第27話:解放の狼煙と、墜ちゆく悪徳の連鎖
大深緑の迷い森、『深緑の無名奈落』第4層の巨大広場。
そこには、漆黒の魔導アーマーを纏うレオンハルト率いる『迷宮守備隊』、ザイードら歴戦の『冒険者部隊』、エルフの精鋭たち、そして新たに加わったキュウビの『幻惑狐』の群れが、整然と隊列を組んで並んでいた。
彼らの視線の先、一段高い壇上に、迷宮の主であるシンが立つ。
「皆、よく集まってくれた。いよいよ、人間国家の闇に巣食う奴隷市場をぶっ潰す時が来た」
シンの声が、魔力に乗って広場の隅々にまで響き渡る。
「ガストンの内務局の調査により、帝国と聖王国における複数の不法奴隷商館の場所と、競売の日程が完全に割れた。……奴らは俺たちを警戒し始めている。一つずつ潰していては、情報が回り、奴隷たちを別の場所へ隠されてしまうだろう」
シンは真っ直ぐに戦士たちを見据え、右手を力強く握りしめた。
「だからこそ、作戦は『一斉』だ。明日の深夜、各部隊はエルフとキュウビの幻術支援を受け、両国の奴隷市場を『同日同時刻』に強襲する。……誰一人欠けることなく、鎖に繋がれたすべての命を、この俺の迷宮へ連れ帰ってこい!」
「おおおおおっ!!」
魔物、人間、エルフ、ドワーフ、獣人。
種族の壁を超えた大音声の咆哮が、地下迷宮を大きく震わせた。かつてない規模の救出作戦――『解放の狼煙』が、今まさに上がったのだ。
***
翌日、深夜。聖王国ルシリスの王都の地下深く。
不法な奴隷オークションが行われている巨大な地下闘技場に、怒号と悲鳴が飛び交っていた。
「な、なんだ!? 入り口の警備はどうした!」
「だ、駄目です! 突如として見えない風の壁(エルフの幻術)に覆われ、外との通信が完全に遮断されました!」
混乱する悪徳商人と護衛たちの前に、天井の天窓を打ち破って数個の人影が舞い降りた。
獣人のザイードと、ドワーフの重戦士たちだ。
「よォ、腐れ外道ども。てめえらの汚え商売も、今日で店仕舞いだ!」
ザイードの双剣が護衛たちの武器を次々と弾き飛ばし、ドワーフの戦槌が鉄の檻を紙屑のように破壊していく。
檻の中から、痩せこけた獣人の青年が信じられないものを見るように顔を上げた。
「ザイード……兄貴……? どうして……」
「へっ、待たせたな。もう大丈夫だ。お前ら全員、とびきりメシの美味い『楽園』へ招待してやるよ!」
ザイードは涙ぐむかつての仲間を引き起こし、冒険者部隊は次々と奴隷たちの拘束を解いていった。
一方、魔導帝国ゼノスの帝都、裏路地の地下倉庫群。
ここでは、警備の魔導ゴーレムたちが「同士討ち」を始めていた。
『――愚かな鉄の操り人形よ。我が見せる幻影の海に溺れるがいい』
「コンッ!」
三尾の幻獣・キュウビとその配下たちが、ゴーレムの魔力センサーに『敵味方を誤認させる幻術』を叩き込んでいたのだ。警備システムが完全に機能不全に陥った隙を突き、漆黒の装甲を纏ったレオンハルトの部隊が雪崩れ込む。
「帝国軍の重装歩兵だと!? な、なぜ我々を襲う!」
「俺たちは迷宮守備隊だ! お前たちのような帝国の寄生虫は、俺の剣で切り捨ててくれる!」
レオンハルトの大剣が、悪徳商会の私兵たちを次々と昏倒させていく。
幻術による隠密と情報遮断、そして圧倒的な武力。シンの迷宮が放った同時多発の奇襲は、両国の闇市場をたった一晩で完全に制圧し、数百名に上る奴隷たちを一人残らず迷宮への転送ゲートへと導いたのである。
***
だが、シンの『作戦』は物理的な救出だけでは終わらなかった。
数日後、帝国と聖王国の中枢は、前代未聞の激震に見舞われていた。
迷宮の内務卿であるガストンが、奴隷商館から押収した『裏帳簿』と『顧客リスト』を、あえて両国の「表の治安維持組織」や「教会本部の監査局」にバラ撒いたのだ。
「こ、これは……! 我が国の貴族や高位神官たちが、表向き禁止されている不法奴隷の売買に関与し、裏金を還流させていたというのか!」
「奴隷市場が謎の集団に襲撃された上、この帳簿が世間に出回れば、国家の信用は失墜するぞ!」
迷宮討伐の失敗、有能な冒険者の大量流出に続き、今回の裏資金源の喪失と巨大な汚職スキャンダル。
両国の上層部はパニックに陥り、民衆の暴動を恐れた政府は、ついに重い腰を上げざるを得なかった。トカゲの尻尾切りである。
「ええい、離せ! 私は伯爵だぞ! この商会は国に多大な利益を……!」
「黙れ! 教義に反する不法奴隷売買の罪は重い。貴様らの財産はすべて没収だ!」
昨日までふんぞり返り、他者の命を金で売り買いしていた悪徳商人や腐敗貴族たちは、次々と治安維持軍によって逮捕され、鉄の首輪を嵌められていった。
皮肉なことに、彼ら自身が国家の「罪人(奴隷)」として、生涯を陽の当たらない鉱山労働で終えることになったのだ。
「……見事な手際だな、ガストン」
迷宮第4層。解放された数百名の新たな住人たちが、ログの作った温かいスープに涙を流す光景を見下ろしながら、シンは満足げに頷いた。
「ええ。これで帝国と聖王国は、国内の不祥事対応と経済的打撃で完全に身動きが取れなくなりました。しばらくは、この迷い森に兵を向ける余裕などないでしょう」
ガストンもまた、悪党たちの自業自得な末路を記した報告書を片手に、老獪に笑う。
「さあ、みんな! 今日からここがお前たちの家だ! 飯を食って、ゆっくり休め!」
シンの声に、救い出された異種族や人間の奴隷たちが、一斉に歓喜の涙と感謝の声を上げた。
武力による完全勝利と、知略による敵国の社会崩壊。
圧倒的なカタルシスと共に、『深緑の無名奈落』はもはや誰にも手出しができない、真の楽園へとその歩みを進めたのであった。




