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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第24話:影の案内人と、崩壊する不浄の国

第24話:影の案内人と、崩壊する不浄の国

 迷宮第4層、マスターズ・チェンバー。

 この日、温かいハーブティーを飲みながら行われていたのは、一国の運命を左右する恐るべき『悪巧み』だった。

「ガストン。あんたが連れてきてくれたザイードたち以外にも、聖王国には『種族的な偏見を持たない優秀な冒険者』がまだ残っているんじゃないか?」

 俺の問いかけに、迷宮の実務顧問となったばかりの元ギルドマスター、ガストンは静かに頷いた。

「ええ。ドワーフの鍛冶師、獣人の斥候、ハーフエルフの治癒士……。彼らは実力がありながらも、聖王国の『人間至上主義』のせいで常に底辺の報酬で扱われ、スラム街で家族と共に虐げられています」

「そいつらを、家族ごと全員この迷宮(国)に引き抜きたい。できるか?」

 俺が言うと、同席していたエルフの使節長リリアと、迷宮守備隊長のレオンハルトが息を呑んだ。

 数人の密出国ではない。スラムの住人や冒険者を根こそぎ引き抜くとなれば、それはもはや『国家規模の民族大移動』だ。

「……マスター。実を言いますと、それを行うなら『今』が千載一遇の好機です」

 ガストンは、口元に老獪ろうかいな笑みを浮かべた。

「あの夜、ファエル殿の幻術によって、私は聖騎士団の暗殺者に無惨に殺されたことになっています。今頃、王都の冒険者ギルドは『次は自分たちが聖騎士に口封じされるのではないか』という疑心暗鬼と恐怖に包まれ、機能不全に陥っているはずです」

「なるほど。国に見捨てられたという絶望感が蔓延しているわけか」

「はい。そこへ、死んだはずの私から『真実を記した秘密のメッセージ』が届けば……彼らは藁にもすがる思いで、この理想郷を目指すでしょう」

 ガストンは懐から、奇妙な記号が彫られた小さな木札をいくつか取り出した。

「これは、裏社会や冒険者の一部だけが使う『影の符丁』です。ファエル殿、申し訳ないが再び王都へ潜入し、スラム街の酒場の裏口や、ドワーフの工房の柱に、この木札を打ち込んできていただけますか?」

「お安い御用です。……しかし、これだけで彼らは動くのですか?」

「動きますよ。私と彼らの間でしか通じない、絶対の合図ですから」

 ガストンの瞳には、長年辺境を束ねてきた裏社会の顔役としての、底知れぬ自信が満ちていた。

 ***

 数日後の深夜。聖王国ルシリス、王都のスラム街。

 薄汚れた酒場の裏路地で、獣人の冒険者が柱に打ち付けられた小さな木札を見つけ、目を丸くした。

「……おい、嘘だろ。これは、ガストンのおやっさんの符丁……!?」

 その暗号を解読した彼は、震える手で仲間のドワーフやハーフエルフたちを呼び集めた。

 符丁が示すメッセージは、あまりにも衝撃的だった。

『――俺は生きている。聖騎士団に見切りをつけ、西の森の奥にある「真の楽園(迷宮)」へ家族ごと亡命しろ。森の入り口で、エルフの風が導く』

「おやっさんは、俺たちを見捨てていなかったんだ……!」

「聖騎士どもに殺されるのを待つくらいなら、一か八か、森へ逃げようぜ。どうせこの国に俺たちの居場所はねえんだ!」

 彼らの行動は早かった。

 虐げられてきた者たちのネットワークは、聖王国の監視網よりも遥かに強固で素早い。その日の夜明け前までに、総勢三百名を超える有能な異種族の冒険者と、その家族(老人や子供たち)が、ひっそりとスラム街から姿を消した。

 彼らは森の入り口で、ファエルたちエルフが展開する『大精霊の隠れ蓑』に包まれ、聖王国の警備網に一切気付かれることなく、大深緑の迷い森へと吸い込まれていった。

 ***

 その翌日。聖王国ルシリスの王都は、前代未聞のパニックに陥っていた。

「ど、どういうことだ! なぜ討伐依頼クエストが一つも消化されていない!」

 冒険者ギルドの受付で、恰幅の良い神官が怒鳴り散らしていた。

「も、申し訳ありません! 実働を担っていた獣人やドワーフの冒険者たちが、昨晩から一斉に姿を消してしまいまして……!」

「馬鹿な! 残っている人間種の冒険者たちにやらせればいいだろう!」

「そ、それが……残っているのは、神の威光を傘に着るだけで、まともに剣も振れないような無能な者たちばかりでして……。すでに王都周辺の街道に低級の魔物が溢れ返り、物流が完全にストップしています!」

 有能な実働部隊を一挙に失ったギルドは、一瞬にして崩壊した。

 魔物討伐が滞ることで物価は高騰し、民衆の不満は爆発。その怒りの矛先は、ガストンを(表向きは)暗殺し、冒険者たちを恐怖で追い出した『聖騎士団』へと向けられた。

「おのれ、ガウェインめ! 無能な行軍で兵を失っただけでなく、国内の治安まで崩壊させおって!」

 枢機卿の怒号が響き渡り、ガウェインをはじめとする聖騎士団の幹部たちは、責任を取らされて次々と地下牢へと投獄されていく。

 外敵から攻められたわけではない。ただ『有能な人材に見捨てられた』というだけで、聖王国という巨大な国家は、音を立てて内側から崩れ去ったのである。

 ***

「……信じられない光景だ。本当に、全員無事に誘導できたとは」

 迷宮第4層。

 三百名を超える多種族の難民たちが、豊かな農地と広大な居住区を見て感涙にむせぶ光景を、俺は特等席から見下ろしていた。

『マスター! 一気に住人が増えたことで、DPの自然回復量が 1500 DP / 日 を超えました! とんでもない数字です!』

 ルリが限界突破したかのように眩く明滅している。

「素晴らしい手腕だ、ガストン。血を一滴も流さずに聖王国を再起不能にし、俺たちの迷宮に莫大な利益(人材)をもたらした」

 俺が賛辞を贈ると、ガストンは恭しく頭を下げた。

「とんでもない。すべては、これほどの理想郷を作り上げ、彼らを受け入れてくださるマスターの器があってこその策でございます。……それにしても、これだけ大所帯になると、新たな『街』として法律やインフラの整備が必要になりますな」

「そうだな。お前の実務能力に期待しているぞ、我らが迷宮の『内務卿』殿」

 西の魔導帝国の武力を奪い、東の聖王国の経済と人材を奪った。

 集まった多種族の民たちを前に、俺は確信した。この『深緑の無名奈落』は、もはや森に潜むダンジョンではなく、テラ・マグナの歴史に名を刻む、最強にして最も豊かな『大迷宮国家』の建国期を迎えたのだと。

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