第22話(閑話):聖王国の審問と、冒険者の岐路
第22話(閑話):聖王国の審問と、冒険者の岐路
聖王国ルシリス、王都の大聖堂・地下審問室。
冷たい石造りの部屋の中央で、辺境ギルドマスターのガストンは、周囲を取り囲む高位神官と聖騎士たちから、憎悪に満ちた視線を一身に浴びていた。
「答えよ、ガストン! なぜ貴様ら冒険者風情は無傷で帰還し、栄えある聖騎士団と神官団のみが、迷宮の罠によって甚大な被害を受けたのだ!」
尋問席に立つ大柄な神官が、机を叩いて怒鳴りつける。
彼の隣には、全身を包帯で巻かれ、屈辱に震える聖騎士団長ガウェインが座っていた。彼らは自らの「大浄化」が通じず、罠に嵌って大敗した責任を、すべて『冒険者の非協力と誘導ミス』に擦り付けようとしていたのだ。
「事実をありのままに報告書へ記載したはずです」
ガストンは一切の動揺を見せず、淡々と答えた。
「我々冒険者は、ガウェイン団長から『薄汚い冒険者は最後尾を歩け』と命じられました。そして入り口に到達した際、私は『森の様子が異常だ、罠の可能性がある』と忠告しました。しかし、団長はそれを無視して突撃を命じた。我々は命令通り最後尾で待機していたため、難を逃れた。……ただそれだけのことです」
「き、貴様ぁっ! 聖騎士団長たる私を愚弄するか!」
ガウェインが激昂して立ち上がろうとした、その時。
中央の最も高い席に座っていた、最高異端審問官である白髪の枢機卿が、静かに杖を鳴らした。
「静粛に。……ガウェイン団長、見苦しいぞ」
「す、枢機卿猊下! しかしこの男は!」
「お主が辺境のギルドを見下し、彼らの忠告を無視して強引な行軍を行う悪癖は、以前から問題視されていた。今回の敗北は、お主の『慢心』が招いたものだ。神聖なる法と事実に照らし合わせ、ギルドマスター・ガストンに一切の非はないものと認める。無罪だ」
枢機卿の厳格な裁定に、ガストンは静かに一礼した。
だが、退室するガストンの背中に突き刺さるガウェインたちの視線は、明確な『殺意』を帯びていた。面子を潰された聖騎士団が、このまま大人しく引き下がるはずがない。
***
数日後。辺境都市のギルドマスター執務室。
ガストンは安い蒸留酒をあおりながら、深い溜め息を吐いた。
「……無罪放免とは名ばかりだな。ここ数日、ギルドの周囲を嗅ぎ回る教会の『暗殺者』の気配が増えている」
自分がいずれ暗殺されることは火を見るより明らかだった。だが、ただ逃げたところで聖王国の追手は地の果てまで追ってくる。
そんな折、ガストンの腹心の部下が、西の魔導帝国から流れてきた信じがたい『噂』を耳打ちした。
「……帝国軍の先遣隊長、あの『魔導剣士レオンハルト』が帝国を裏切り、迷宮の主の下に下っただと? しかも、迷宮の主は彼らの家族を帝都から救出し、迷宮内で手厚く保護している……?」
ガストンは目を見開いた。
それは、彼が思い描いていた「血に飢えた残虐な魔物の巣窟」というダンジョンのイメージを根底から覆す情報だった。
(……理性を持ち、人間すらも配下として受け入れ、家族を思いやる慈悲すら持ち合わせているというのか。あの迷宮の主は)
ガストンは、かつて若き冒険者だった頃を思い出した。ドワーフの戦士やエルフの魔法使いと肩を並べ、種族の壁を越えて命を預け合った日々。
しかし、今の聖王国は『人間至上主義』を掲げ、他種族を見下し、少しでも教義に反すれば同胞すらも暗殺する狂信の国へと成り果てている。
「……冒険者として、ただ生き残るために理不尽に従うか。それとも……」
ガストンが窓の外、鬱蒼と茂る『大深緑の迷い森』を見つめ、人生の岐路に立たされていたその様子を――窓の庇に止まった一羽の小鳥(エルフの使い魔)が、静かに観察していた。
***
『――以上が、聖王国におけるギルドマスター・ガストンの現状と、彼の内情です』
迷宮第4層、マスターズ・チェンバー。
エルフの斥候ファエルからの報告を受けた俺は、思わず口角を上げた。
「面白い。現場の判断能力が高く、聖王国の人間至上主義に染まっていない歴戦のギルドマスター、か。……喉から手が出るほど欲しい人材だな」
傍らに控えていたレオンハルトが、興味深そうに頷いた。
「俺も彼の名は知っています。辺境の冒険者たちを束ねる、非常に現実主義で有能な男だと。……しかしマスター、どうするおつもりで? 彼をこの迷宮に招き入れると?」
「ああ。今のうちの迷宮は、武力は整ってきたが、『人間社会の情勢』や『冒険者の動かし方』に精通した実務担当がいない。彼を引き入れれば、迷宮の運営はさらに強固になる」
俺はルリに向かって指示を出した。
「それに、聖騎士の馬鹿どもに殺されるのを待っているなんて、有能な人材の無駄遣いだ。……聖王国の暗殺者が動く前に、俺たちの方から彼に『極秘のスカウト』を仕掛ける」
『はい、マスター! どうやって接触しますか?』
「ファエル。エルフの隠密術を使って、ガストンと、彼が信頼している『種族的偏見を持たない優秀な冒険者たち』に接触してくれ。そして、俺からの親書を渡すんだ」
俺は羊皮紙に素早くペンを走らせた。
『――理不尽な死を待つか、それとも俺の迷宮で、種族の壁を超えた真の自由(冒険)を謳歌するか。選べ。』
「レオンハルト、お前もファエルと同行してくれ。元帝国の将官であるお前が直接姿を見せれば、迷宮の待遇が真実だという最大の証明になる」
「はっ。承知いたしました」
聖騎士団の暗殺計画を逆手に取り、敵国の優秀な人材を根こそぎ引き抜く。
魔導帝国に続き、聖王国の屋台骨をも内側から崩していく俺の悪魔的な人材登用計画が、静かに幕を開けた。




