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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第21話(閑話):伝播する絶望と、崩れゆく鳥籠

第21話(閑話):伝播する絶望と、崩れゆく鳥籠

 魔導帝国ゼノス、帝都の宮廷魔導観測所。

 筆頭魔導師ゾルタンと軍の幹部たちは、最高級のワイングラスを傾けながら、今か今かと「凱旋」の報告を待ちわびていた。

「そろそろ、第二次討伐隊が森の木々を伐採し終え、迷宮を制圧した頃合いだろう」

「三百の重装兵と攻城兵器です。あの聖王国が手こずった浅層の罠など、力任せに粉砕しているはず。今夜には、美しいダンジョンコアがこの帝都に運び込まれることでしょうな!」

 幹部たちが下卑た笑いを交わし、次なる帝国の覇権について語り合っていた、その時だった。

 バンッ!!

 会議室の重厚な扉が、乱暴に開け放たれた。

 そこに立っていたのは、漆黒の魔導装甲をボロボロに引き裂かれ、泥と血に塗れた数名の帝国兵だった。彼らの瞳は恐怖に見開かれ、焦点が定まっていない。

「な、なんだ貴様ら! ここは幹部会議の場だぞ! それに、その無様な姿は……!」

 ゾルタンが怒鳴りつけると、生き残りの兵士たちは糸が切れたようにその場に崩れ落ち、震える声で報告を紡ぎ出した。

「ぜ、全滅、です……。三百の軍勢は、濃霧によって森で分断され……迷宮の罠と、蜘蛛の化け物どもに、手も足も出ず……っ」

「馬鹿な!? 攻城兵器はどうした! それに、あの重魔導アーマーがそう簡単に魔物どもに破られるはずが……!」

「ま、魔物だけではありませんっ! 我々の前に立ち塞がったのは……レオンハルト隊長と、前回の先遣隊の精鋭たちでした!」

 その言葉に、会議室は水を打ったように静まり返った。

「レオンハルトだと? 奴は、魔物に洗脳でもされたというのか!」

「違います! 彼らは自らの意志で、帝国の魔導アーマーを身に纏い、『迷宮守備隊』と名乗って我々を蹂躙したのです……! 彼らの力は、帝国にいた頃よりも遥かに強く、鋭く……」

 幹部たちの顔色が一気に蒼白になる。

 迷宮の罠だけでも厄介極まりないのに、帝国の戦術と兵器を知り尽くした精鋭たちが防衛に回っている。それはつまり、帝国の軍事機密がすべて迷宮側に筒抜けになっているということだ。

「ええい、おのれレオンハルト! 帝国に弓引くとは、狂ったか!」

 軍の将官の一人が机を叩き割らんばかりに激昂した。

「すぐに憲兵を動かせ! レオンハルトの妻と娘、そして第四小隊の連中の家族をすべて広場に引き摺り出し、公開処刑にしろ! 裏切り者の末路がどうなるか、全軍に見せしめてやる!」

 将官が叫んだ直後。

 生き残りの兵士の一人が、乾いた、どこか狂気を孕んだ笑い声を漏らした。

「……遅いですよ、将軍。とっくに、遅いんです」

「なに?」

「迷宮の主からの、言づてです……。『帝国おまえらの鳥籠は、すでに空っぽだ』と」

 兵士は懐から、数枚の布切れを取り出して床に投げ捨てた。

 それは、レオンハルトの妻が着ていたはずのドレスの切れ端や、部下たちの家族が持っていたはずの身の回り品だった。

「レオンハルト隊長たちの家族は……すでに、迷宮の主に救出され、あの安全で豊かなダンジョンの奥底で、保護されているんです! だからこそ隊長たちは、愛する家族を護るために、笑って我々に刃を向けた!」

「なっ……!?」

 ゾルタンの喉から、ヒュッと息を呑む音が漏れた。

 厳重な監視下にあるはずの軍属居住区から、数十名もの人間が気付かれずに消え失せ、あろうことか敵の迷宮へ「引っ越し」ていたというのか。

「す、すぐに居住区を確認しろ!!」

 ゾルタンの怒声に慌てて通信魔導具を起動した部下が、絶望的な声で報告する。

「閣下……レオンハルトの家族をはじめ、数十名の居住者が、跡形もなく消滅しています……!」

 その事実が確定した瞬間、会議室の空気が一変した。

 幹部たちの周囲を護衛していた帝国兵たちの間に、ざわめきが走ったのだ。

 ――家族を人質に取られているから、俺たちは無理やり戦わされている。

 ――だが、あの迷宮に下れば。あの迷宮の主は、敵対していた兵士の家族すら助け出し、温かい居場所を与えてくれるというのか?

 ――なら、俺たちは一体、誰のために、何のために命を懸けているんだ?

 兵士たちの視線に、帝国への「猜疑心」と、迷宮への「羨望」が入り混じり始めていることに、ゾルタンは気づいてしまった。

(おのれ……おのれぇぇっ!! 物理的な損害だけではない、わざとこの生き残りを逃がすことで、我が帝国軍の『戦意』と『忠誠心』を根底から破壊しにきたというのか!!)

 これが、迷宮の主の狙い。

 圧倒的な力で絶望を植え付け、同時に「逃げ道(救済)」を提示することで、帝国の軍隊という組織そのものを内側から腐らせる、悪魔のような心理戦。

「ひぃっ、ひぃぃぃっ!」

 ゾルタンは頭を抱え、ガタガタと震え出した。

 もはや、大深緑の迷い森に手を出してはいけなかったのだ。彼らが「資源」だと思っていたものは、知略、武力、そして慈悲のすべてを併せ持ち、国家を丸ごと飲み込むほどの器を持った、本物の『魔王』だったのだから。

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