第2話:ステータス確認と、初めての晩餐
第2話:ステータス確認と、初めての晩餐
二日目の朝――といっても、外の光が差し込む十センチの穴の明るさで判断しただけだが――俺は強烈な空腹と喉の渇きで目を覚ました。
『おはようございます、マスター! 今日も一日分のDP、3ポイントが貯まりましたよ!』
台座の上で、ルリ(ダンジョンコア)が元気に明滅している。
俺の足元では、すっかり傷の癒えた角うさぎのテトが、「キュッ」と鳴きながら身支度をするように顔を洗っていた。
「おはよう、ルリ、テト。……でも、このままだと俺は餓死しそうだな。DPを使って食べ物を出すことはできるか?」
『可能です! でも、水と黒パンのセットで最低 5 DPかかります……』
足りない。現状の自然回復だけでは、三日に一回まともな食事ができるかどうかだ。ダンジョンの拡張どころの話ではない。
となると、昨日スライムを倒してポイントを得たように、自力で稼ぐしかない。
「ルリ、昨日みたいに魔物を倒せばDPは入るんだよな。戦力を確認したいんだけど、俺たちの『ステータス』って見られるか?」
『はい、できますよ! 空間に投影しますね』
ルリが青い光を放つと、空中に半透明のウィンドウが浮かび上がった。ゲームのようなUIに、俺の現代知識がすんなりと状況を理解する。
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【個体名】シン
【種族】人間
【レベル】1
【スキル】なし
【称号】記憶喪失の迷宮主
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【個体名】ルリ
【種族】ダンジョンコア
【ダンジョンLv】1
【保有DP】3
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【個体名】テト
【種族】ホーンラビット(テイム)
【レベル】4
【スキル】『気配察知 Lv2』『危険察知(逃走) Lv2』『突進 Lv1』
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「……俺、レベル1の無能力者じゃないか」
思わずため息が漏れる。それに引き換え、テトのステータスは優秀だった。
「テト、お前レベル4もあるのか。それにこのスキル……」
「キュイ!」
テトは自慢げに胸を張り、ぴょんと跳ねた。
過酷な大深緑の迷い森を野生で生き抜いてきただけはある。特に『気配察知』と『危険察知』は、今の俺たちにとって喉から手が出るほど欲しい能力だ。
「よし、決まりだ。テト、お前には斥候を頼みたい。あの小さな穴から外の様子を探って、スライムや角うさぎみたいな、俺たちでも倒せそうな低ランクモンスターだけを、この穴の近くまでおびき寄せてくれないか?」
テトは俺の言葉を理解したのか、ピンと耳を立てて力強く頷いた。
「ルリ、テトが敵を穴の前に誘導したら教えてくれ。俺がこの岩の破片でトドメを刺す。……テトは絶対に無理はするな。危なくなったらすぐ逃げて、穴の中に入り込むんだぞ」
「キュー!」
こうして、俺とテトの初めての共同戦線が幕を開けた。
テトの役割は絶大だった。ふんわりとした白い毛並みは、殺伐とした洞窟内における俺とルリの唯一の「癒やし枠」であると同時に、戦いにおいては極めて優秀なハンターだったのだ。
『マスター! テトちゃんが何か連れてきました!』
「よし、来たな!」
穴の向こうから、テトが猛スピードで駆け込んでくる。それに釣られるようにして、ゼリー状のスライムが穴の前に姿を現した。
その瞬間、テトが壁を蹴って反転し、スキル『突進』を発動した。
『ドスッ!』という鈍い音と共に、小さな角がスライムを弾き飛ばし、絶妙な角度で洞窟の穴の中へと押し込む。
「ナイス、テト!」
俺はすかさず岩の破片を振り下ろし、スライムの核を砕いた。
光の粒子となってダンジョンに吸収されるスライム。
『1 DP獲得です! テトちゃん、すごーい!』
「キュフフッ」
ルリの歓声に、テトが誇らしげに鼻を鳴らす。
俺たちはこの連携パターンを繰り返し、二日目、三日目と地道な狩りを続けた。時にはゴブリンの足音が聞こえて息を殺してやり過ごすこともあったが、テトの『危険察知』のおかげで危機を回避し続けた。
――そして、三日目の夜。
『マスター! 現在、累計 21 DPです!』
ルリの弾むような声が、小さな洞窟に響き渡った。
俺の体は泥と汗で汚れ、体力は限界に達していた。胃は空っぽで、目眩すらする。だが、その数字を聞いて、俺とテトは顔を見合わせてハイタッチ(手と前足)を交わした。
「やったな、テト……ルリも、サポートありがとう。……よし、穴を広げるのは後回しだ。今日は、祝杯をあげよう」
俺はルリに頼み、貴重なポイントを消費して「食事」を具現化させた。
台座の前に光が集まり、木の器になみなみと注がれた澄んだ水、黒くて硬そうなパン、そして塩漬けの干し肉が現れる。テト用には、瑞々しい野草と木の実のセットだ。
これだけで 6 DP。一日の自然回復量の倍だ。だが、後悔はなかった。
「……いただきます」
震える手で木の器を持ち上げ、水を煽る。
――美味い。
冷たくて、体に染み渡るような、ただの水がこれほど美味しいと感じたのは生まれて初めてだった。
黒パンは硬く、干し肉は顎が疲れるほど塩辛かった。しかし、それが「生きている」という強烈な実感を与えてくれた。噛み締めるたびに、涙が出そうになる。
「キュム、キュム……」
隣では、テトが幸せそうに目を細めながら木の実をかじっている。
その光景を、青い水晶のルリが優しく照らしていた。
『マスター、美味しいですか?』
「ああ……最高だよ。ルリも、いつか一緒に食べられるようになるといいな」
『はいっ! わたしも、ダンジョンがもっと大きくなったら、受肉できるかもしれませんから!』
記憶はない。金もない。ここは広大で危険な森の中の、息が詰まるほど狭い洞窟だ。
けれど、この温かな食事と、頼もしい仲間たちの存在が、俺の心に確かな灯火を灯していた。
「……明日からは、本格的にダンジョンを拡張していくぞ。俺たちの『家』を作るんだ」
硬い干し肉を飲み込みながら宣言する俺に、テトは元気よく鳴き、ルリは眩い光で応えた。




