第1話:最小の穴と、最初の仲間
∥д・)ソォーッ…ども、盆ちゃん日頃からお読み頂きありがとうございます!(´▽`)
さて、GWはじまって忙しい方や物価高で控えてる方も含め良ければこの作品急ですが出したいと思います。楽しんで頂けたら幸いです┏○ペコッ
思考の隅々に、ノイズが走っている。
自分の名前を思い出そうとすると、頭の裏側で砂嵐が吹いたような不快な感覚に襲われる。まるで見えない検閲官に、記憶の一部を黒く塗りつぶされているかのようだ。
(……まあ、考えても始まらないか。今は「今」をどうにかしないと)
俺は視線を天井から、目の前に浮遊する「それ」へと移した。
半径三メートル、高さ四メートル。お椀を伏せたような形の無機質な洞窟。その中心の台座に鎮座するのは、淡く輝く青い水晶――ダンジョンコアだ。
『あの……マスター? 本当に、そんなことに貴重なポイントを使っちゃっていいんですか?』
頭の中に、心細そうな少女のような声が響く。このコアの意識だ。
俺の手元にあるリソースは、一日で自然回復するたった「三ポイント」のダンジョンポイント(DP)。これを使い切れば、次の日まで俺は何もできない。
「いいんだ。出入り口のない密室で餓死するのを待つよりは、外の空気を吸い込んで、獲物を招き入れる方がマシだ」
俺は冷たい岩壁の一点を見つめた。
この巨大惑星「テラ・マグナ」の広大な森。そこには弱いモンスターもいる。なら、そいつらをこちらから「釣り上げる」しかない。
「コア。壁のあそこに、外へと通じる直径十センチほどの穴を開けてくれ。三ポイント全部使っていい」
『わかりました……。ダンジョン構造変更、開始します』
水晶が強く明滅する。
すると、指定した岩壁が泥のように溶け、音もなく奥へと削れていった。一メートル、二メートル……。ようやく外の光が差し込んだとき、そこには小さな「ネズミ穴」のような風穴が開いていた。
同時に、俺の意識の中にあった「3 DP」という数字が「0」へと転落する。
今の俺は、ただの無力な記憶喪失の青年だ。
「よし。あとは……待つだけだ」
俺は壁際で膝を抱えて座り込んだ。
穴からは、湿り気を帯びた森の匂いが流れ込んでくる。
待っている間、俺は必死にシミュレーションを繰り返した。もしスライムが来たら? 十センチの穴を通り抜けられるのは、不定形のあいつらくらいだ。
武器はない。あるのは、穴を開けた際に出た鋭利な岩の破片だけ。
(スライムには『核』がある。そこを正確に潰せば勝機はあるはずだ。現代知識のファンタジー設定が、この世界でも共通ならな……)
一時間が経過し、半日が過ぎた。
空腹で胃が焼けるような感覚に襲われ始めた頃。
ペチャッ、ペチャッ、という湿った音が穴の奥から聞こえてきた。
心臓の鼓動が跳ね上がる。
穴から這い出してきたのは、淡い水色をした透明な塊――スライムだ。大きさはバレーボールほど。
それは無防備に、見慣れぬ「広場」へと進み出てくる。
「……今だ!」
俺は岩の破片を握りしめ、スライムに飛びかかった。
プルプルとした弾力に弾かれそうになりながらも、その中心部で妖しく光る小さな核を見定め、渾身の力で岩を突き立てる。
『ビチャッ!』
嫌な手応えと共に、水色の液体が俺の顔に飛んだ。
スライムは一度だけ大きく震え、そのまま水溜まりのように崩れ去る。
『マスター! スライムの討伐を確認しました! 1 DP獲得です!』
コアの歓喜の声。
同時に、スライムの死骸が床に吸い込まれていく。ダンジョンがその魔力を吸収したのだ。
俺は荒い息を吐きながら、その場にへたり込んだ。たかがスライム一匹。だが、俺にとっては生存への第一歩だった。
それから、さらに数時間が経過した。
外は夜になったのか、穴から差し込む光が月明かりのような銀色に変わっている。
その時だった。
穴の向こうから、激しい争い合うような音と、高い悲鳴が聞こえてきた。
やがて、小さな影が穴から転がり込んできた。
白い毛並みは血に汚れ、片方の耳が食いちぎられたように欠けている。
――角うさぎだ。
それは俺を見ると、怯えたように体を震わせた。だが、逃げる力も残っていないのか、その場に力なく倒れ込む。
『あぅ……。この子、外の肉食獣に襲われたみたいです。もうすぐ死んじゃいます……』
コアの悲しげな声。
俺は無意識に、その小さな体に手を伸ばしていた。
敵かもしれない。だが、この絶望的な孤独の中で、このうさぎの必死な瞳が、自分と重なって見えた。
「……コア。さっき手に入れた 1 DPと、新しく貯まるポイントを使って、この子を助けられないか? 『テイム』っていうのは、ポイントでできるのか?」
『えっ? あ、はい! この弱りきった状態なら、1 DPあれば契約の鎖を結べます。そうすれば、ダンジョンの魔力で治療もできますけど……でも……』
「やれ。俺一人じゃ、この先やっていける気がしないんだ」
水晶が温かな光を放ち、うさぎを包み込む。
光が収まったとき、うさぎの傷口は塞がり、荒かった呼吸も穏やかなものに変わっていた。
うさぎは不思議そうに瞬きをし、ゆっくりと起き上がると、俺の掌にそっと鼻先を寄せた。
「……生き延びたな、お前も」
思わず笑みがこぼれる。
すると、浮遊する水晶が、どこか羨ましそうに揺れた。
『なんだか、いいですね。マスターに助けてもらえるなんて』
「……そうだな。なあ、お前。ずっと『コア』とか『マスター』とか呼ぶのは味気ないよな」
俺は水晶を見つめ、それから足元のうさぎを撫でた。
俺の名前は思い出せない。だが、新しく名乗ることはできるはずだ。
「お前は、この綺麗な輝きから――『ルリ』だ。いいか?」
『ルリ……。わたしの、名前……。はい! マスター、大好きです!』
ルリは嬉しそうに、洞窟内を一周するように飛び回った。
「で、お前は……足元を元気に跳ね回るから『テト』だ」
テトは「キュイッ!」と短く鳴いて、俺の足首に体をこすりつけた。
「そして俺は……。そうだな。この新しい人生、信じて進むという意味で『シン』と名乗ることにする」
シン、ルリ、そしてテト。
半径三メートルの小さな洞窟。出入り口はわずか十センチの穴。
けれど、ここには確かに三人の仲間がいる。
「よし、ルリ、テト。今はまだこの穴っぽこだけだけど……いつか、世界一の迷宮にしてやろうぜ」
俺、シンの言葉に、水晶は輝きで、角うさぎは元気な跳躍で、それぞれの決意を示した。
広大な「迷いの森」の深部で、名もなきダンジョンの伝説が、静かに幕を開けた。




