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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第17話:愚者の行軍と、美味なる聖水

第17話:愚者の行軍と、美味なる聖水

 大深緑の迷い森を、白銀の鎧を打ち鳴らす騒々しい行軍が進んでいた。

 先頭を歩くのは、聖王国ルシリスが誇る聖騎士団と、純白の法衣に身を包んだ高位神官団。彼らは森の木々を無作法に切り払いながら、我が物顔で足を進めている。

「ハハハ! 見ろ、神官長殿! 我ら聖騎士団の威光の前に、恐れをなして魔物一匹姿を見せぬわ!」

 聖騎士団長ガウェインは、馬上で高らかに笑い声を上げた。

 しかし、その後方に続く『冒険者ギルド』の討伐隊を率いるガストンは、全く違う感覚に囚われ、滝のような冷や汗を流していた。

(……おかしい。異常すぎる)

 ガストンは周囲の木々に鋭い視線を巡らせる。

 魔物がいないだけではない。鳥のさえずりも、虫の羽音すら聞こえない。まるで、森全体が息を潜めて「彼らが真っ直ぐ迷宮へと向かうように」誘導しているかのような、不気味なほどの静寂。

 エルフの幻術による誘導だと、彼が気づけるはずもない。だが、長年辺境で生き抜いてきた冒険者としての『直感』が、死の危険を強烈に警鐘していた。

「ガストン様、これは……」

「ああ、最悪の空気だ」

 ガストンは傍らに寄ってきた各パーティのリーダーたちに、周囲に聞こえないよう声を潜めて指示を出した。

「いいか、お前ら。迷宮に着いても、絶対に聖騎士団より前へ出るな。最後尾を維持しろ。……あいつらの『大浄化』とやらが成功しようが失敗しようが、嫌な予感しかしない。何かが起きたら、騎士どもを見捨てて全力で森を脱出しろ」

「り、了解しました。ガウェイン団長には忠告しないので?」

「あの馬鹿が俺の言うことなど聞くか。俺たちは、俺たちの命を守るぞ」

 ガストンのこの冷徹かつ的確な判断が、後に冒険者たちと聖騎士たちの運命を決定的に分けることとなる。

 ***

 やがて、部隊は岩山に開いた巨大な大穴――『深緑の無名奈落』の入り口へと到達した。

「ここが、帝国を退けたという忌まわしき迷宮か! ええい、泥臭く瘴気に満ちた不浄の穴め!」

 ガウェインは剣を抜き放ち、入り口を指差した。

「高位神官団よ、前へ! 馬車に積んだ『特級聖水』の樽を開けろ! 極光の浄化魔法と共に、この不浄の穴に神の裁きを流し込むのだ!」

「ははっ! 主の光よ、邪悪なる魔を打ち払いたまえ!」

 十数人の神官が一斉に呪文を詠唱し、数十個の巨大な樽から、眩い光を放つ『特級聖水』が迷宮の入り口に向かって濁流のように放たれた。

 さらに光の魔法が重なり、入り口付近は太陽が落ちたかのような激しい閃光に包まれる。

「ハァーッハッハッハ!! 見よ! この圧倒的な浄化の力を! 今頃、内部の罠は溶け落ち、醜い魔物どもは聖なる炎に焼かれて苦しみもがいているはずだ!」

 ガウェインは勝利を確信し、歓喜に顔を歪めた。

 通常ならば、ダンジョンの内部から鼓膜を破るような魔物の断末魔が響き渡るはずである。

 ……しかし。

「…………ぽよん」

 迷宮の奥から聞こえてきたのは、そんな間の抜けた音だった。

「……ん?」

 ガウェインが笑いを止める。

 濁流となって流れ込んだはずの特級聖水は、入り口の少し奥で『何かに堰き止められる』ように滞留し、そして凄まじい勢いで「吸収」されていく。

「ぷるんっ、ぽぽよんっ!」

 光の魔法の残滓が照らし出したのは、水路にぎっしりと敷き詰められた、無数の青透明な魔物――『スライム』の大群だった。

 彼らは猛毒であるはずの聖水を、まるで極上の栄養ドリンクでも飲むかのように嬉々として吸収し、みるみるうちに巨大化し、分裂していく。浄化の光魔法すらも、彼らのゼリー状の体内で屈折し、無害な熱源へと変換されていた。

 ――その頃、迷宮の第4層では。

『マスター! 聖水と光魔法の吸収により、DPが爆発的に増加しています! 一気に 2000 DPを突破しましたぁっ!』

「ごちそうさまだな。まさか敵の兵器でダンジョンが潤うとは」

 シンと幹部たちは、モニターを見ながら腹を抱えて笑っていた。

 ――一方、地上の入り口。

 何が起きているのか理解できないガウェインは、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「ど、どういうことだ!? なぜ悲鳴が聞こえん! なぜ聖水が消えた!?」

「だ、団長! おそらく、浅い階層の魔物と罠は、聖水によって完全に消滅(浄化)したため、無音なのでは……!」

「そ、そうか! そうに決まっている! ええい、全軍突撃! 浄化された道を歩き、コアを破壊するのだ!」

 ガウェインの号令とともに、重武装の聖騎士たちが一斉に迷宮の入り口へと雪崩れ込む。

 最後尾にいたガストンは、その異様な光景に全身の粟立つような恐怖を覚え、冒険者たちに「動くな!」と激しく手信号を送った。

 そして、聖騎士たちが入り口の「滑らかな下り坂」に足を踏み入れた瞬間。

『う、うおおおっ!?』

『と、止まらん! 足が滑るぞ!?』

 スライムたちによって聖水が一滴残らず吸収され、綺麗に「水拭き」された状態の摩擦係数ゼロの滑り台が、完全に機能した。

 聖騎士たちは重い鎧のせいで凄まじい速度で加速し、暗闇の奥へと滑り落ちていく。

『ギャアアアアアッ!!』

『ひぃぃっ! 壁から丸太が! 落とし穴がぁぁっ!!』

 直後、迷宮の奥底から、無傷の物理罠に蹂躙される聖騎士たちの絶望の悲鳴が、けたたましく響き渡った。

「なっ……ば、馬鹿な! 罠は浄化されたはずだぞ!?」

 後方に残っていたガウェインと神官団は、腰を抜かしてへたり込んだ。

 彼らの切り札であった「大浄化」は、迷宮にとって文字通り『痛くも痒くもない水浴び』でしかなかったのだ。

「……行くぞ、お前ら。撤退だ」

 最後尾のガストンは、愚かな聖騎士たちが自ら死地へ滑り落ちていくのを見届け、静かに踵を返した。

 彼の英断により、冒険者ギルドの討伐隊は誰一人として罠にかかることなく、全滅の危機から脱したのである。傲慢な聖王国軍が、文字通り手も足も出ずに深緑の奈落へと飲み込まれていく、痛快にして惨烈な幕切れであった。

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