第15話:寝返りの魔導剣士と、新たな剣
第15話:寝返りの魔導剣士と、新たな剣
『マスター! エルフの幻術と第1層の罠によって部隊の三分の二を失った帝国軍先遣隊が、ついに森からの撤退を開始しました!』
第4層のマスターズ・チェンバーに、ルリの弾むような声が響き渡った。
映像には、ボロボロになった少数の兵士たちが、這々の体で森の外へと逃げ帰っていく姿が映っている。
「よし、深追いはしなくていい。エルフたちにも感謝の念話を伝えておいてくれ」
『はいっ!』
ひとまずの勝利だ。だが、これで帝国が諦めるとは思えない。次はさらに強力な本隊を送り込んでくるだろう。
俺は立ち上がり、第3層の『捕虜収容所』へと向かった。
第2層でセリアの糸に絡め取られ、「生体バッテリー」として天井に吊るされていた数十名の兵士たち。俺はセリアに命じ、彼らを一旦解放して第3層の牢屋へと移送させていた。
殺伐とした帝国軍の野営地よりも遥かに清潔で、温かい食事が提供されるこの「牢屋」に放り込まれた兵士たちは、一様に毒気を抜かれ、呆然としているらしい。
俺は、一番奥の特別牢にいる男――魔導剣士レオンハルトの前に立った。
「体の調子はどうだ、レオンハルト」
「……シン、か。お前のところの料理長の飯は、毒以上に恐ろしいな。一度味わうと、二度と帝国の泥水のようなスープに戻れる気がしない」
レオンハルトは苦笑しながら、清潔なベッドから身を起こした。彼についた傷は、エルフから提供されたポーションで既に塞がっている。
「単刀直入に言う。俺の仲間になれ、レオンハルト」
俺の言葉に、彼は目をわずかに見開いた。
「俺は迷宮の主だ。だが、人間を無闇に憎んでいるわけじゃない。俺が欲しいのは、力と知恵、そしてこの迷宮を共に『家』として守り抜く覚悟だ」
「……帝国の軍人を信じるというのか? 俺がお前の寝首を掻くかもしれないぞ」
「その時は、テトやガルムが黙っちゃいないさ。それに……お前はもう、帝国の『使い捨ての歯車』に戻りたくはないはずだ」
俺が静かに見据えると、レオンハルトは深い息を吐き、自嘲気味に笑った。
彼が帝国で見てきたのは、力なき者を蹂躙し、自然を破壊し、部下を魔導機械のパーツと同列に扱う狂気の世界だった。それに引き換え、この迷宮はどうだ。多種族が笑い合い、温かい飯を食い、理にかなったシステムで外敵を退けている。
「……負けたよ。剣でも、そして主としての器でもな。帝国のレオンハルトは森で死んだ。今日から俺は、貴様の剣だ」
彼は鉄格子の内側で、片膝をつき、深々と頭を下げた。
『マスター! レオンハルトさんのテイム(帰順)を確認しました!』
「歓迎するぞ、レオンハルト。牢の鍵は開いている、出てこい」
俺は彼を伴い、没収した装備品を保管している部屋へと向かった。
そこには、帝国軍の漆黒の魔導装甲や、魔力で駆動する大剣、そして兵士たちが装備していた強力な武器が山積みになっている。
「これらはすべてお前に管理を任せる。……牢屋にいる捕虜たちの中から、お前が『信用できる』と判断した者だけをピックアップしろ。彼らに装備を返還し、お前を隊長とする『迷宮守備隊(人間部隊)』を設立する」
「俺の部下を、この迷宮の防衛に組み込むということか。……正気か、お前は」
俺の与えた権限の大きさに、彼は戦慄すら覚えているようだった。
「俺は自分の目で見たものしか信じないが、一度信じた者はとことん使う主義でね」
「……了解した。部下の中にも、帝国のやり方に絶望していた者は多い。俺が責任を持って選別し、この迷宮のための強力な防衛部隊に仕立て上げてみせる」
レオンハルトの瞳には、かつての投げやりな光は消え、確かな忠誠と使命感が燃えていた。
「……だが、シン。一つ相談がある」
装備を見繕いながら、彼がふと声を潜めた。
「俺の部下だった者の中にも、帝国への『狂信』に染まりきっている者や、出世のために残虐な行為を好む腐った連中が数名いる。……奴らはどれだけ厚遇しても、必ず裏切る。どうするつもりだ?」
「お前はどうすべきだと思う?」
試すような俺の問いに、レオンハルトは迷いなく、冷徹な将としての顔で答えた。
「奴らに食わせる飯は無駄だ。それに、迷宮の秘密を知られたまま生かしておくわけにはいかない。……第2層の蜘蛛の魔物に引き渡し、再び『生体バッテリー』として迷宮の糧にするのが、最も合理的かつ安全な処置と具申する」
かつての同胞を切り捨てる、冷酷な決断。
だがそれは、彼が完全に『深緑の無名奈落』の住人となったことの何よりの証明だった。
「採用だ。その選別はお前に一任する」
「御意」
こうして、魔導剣士レオンハルトとその選ばれし部下たちが、迷宮の新たな戦力として加わった。
物理罠、蜘蛛の魔物、ゴブリンと獣の軍団、エルフの支援、そして帝国の装備を持った人間の精鋭部隊。
着々と力を蓄えるシンの迷宮は、次にやってくるであろう「聖王国ルシリス」の狂信者たちを迎え撃つべく、さらなる牙を研ぎ澄ましていた。




