第131話:旅こそが至高の娯楽(ジャーニー)、究極の移動型リゾート艦隊
第131話:旅こそが至高の娯楽、究極の移動型リゾート艦隊
「さて、カジノ、遊園地、スパ、お菓子の街と、特定の場所に留まって遊ぶ『滞在型リゾート』の極致は創り尽くした感があるな」
マスターズ・チェンバーの円卓。俺はいつものように無限でフリーズしたままのDPメーターを横目に、幹部たちを見渡した。
「マスター、次なる無駄遣い……いえ、偉大なる計画はなんでしょうか?」
ミラージュが、もはやどんな突拍子もない提案が来ても驚かないという余裕の笑みを浮かべて尋ねる。
「ファウスト、お前が以前提案して、過激すぎるという理由で保留にした『深宇宙観光クルーズ』があったな」
「おおっ! ついに宇宙の真理と爆発を娯楽にする時が来ましたか!」
白衣の悪魔が、狂喜の声を上げて立ち上がった。
「ああ。だが、ただ宇宙に行くだけじゃあつまらない。前世(地球)には『クルーズ観光』という概念がある。目的地に着くことではなく、豪華な乗り物に乗って『移動する時間そのものを楽しむ』という究極の道楽だ」
俺の言葉に、幹部たちが揃って首を傾げた。
それもそのはずだ。この剣と魔法の世界において、「移動」とはすなわち「命がけのサバイバル」である。馬車に揺られれば尻の皮が剥け、野営をすれば魔獣に襲われる。移動が娯楽になるなど、彼らの常識ではあり得ないのだ。
「だからこそ、だ。安全圏から一歩も出ず、最高級のベッドと食事を楽しみながら、世界の絶景や魔境を巡る。これこそが王侯貴族のド肝を抜く未知の娯楽になる。……これより、我が迷宮国家の総力を結集し、陸・海・空・深海、そして宇宙を制覇する『五大移動型リゾート(クルーズ・フリート)』を建造する!」
俺が空間に五つのホログラム設計図を展開すると、幹部たちの目の色が変わった。
「第一弾、『豪華海上帝王客船』。全長三百メートル。内部に劇場、プール、カジノ、フルコースレストランを備えた『浮かぶ巨大都市』だ。どんな嵐でも揺れない【慣性制御結界】を張り、大海原を数週間かけて優雅に航海する。ガストン、お前の工房で最高級の装甲と内装を打て」
「ガハハハッ! 沈まねぇ城ってわけだな! 船内に温泉もブッ込んで、海の上でも極楽を味わせてやるぜ!」
「第二弾、『超大型魔導装甲バス(ランド・ドレッドノート)』。直径十メートルの巨大な魔法タイヤを履いた、三階建ての動く最高級ホテルだ。レオンハルト、お前の騎士団に護衛を任せる。これはあえて『魔獣の巣窟』や『危険な荒野』をゆっくりと進む。客は安全な防弾・防魔ガラスのラウンジから、ワイングラスを傾けながら野生のスタンピードを高みの見物するんだ」
「ふむ……絶対安全の檻の中から、命がけの野生を眺める優越感。貴族たちが涎を垂らして喜びそうな悪趣味ですな」
レオンハルトが、皮肉っぽくも感心したように頷く。
「第三弾、『超遊覧飛行船』。アヴァロンのような戦艦じゃない。リリア、お前たちハーピー部隊の風魔法を動力源にした、ゆっくりと空を漂う葉巻型の巨大船だ。雲の上でフルコースを食べながら、夕日や渡り鳥(魔獣)の群れを眺める空の旅を提供する」
「はいっ! 揺れ一つない、最高にロマンチックな空の旅をお約束しますっ!」
「第四弾、『深海遊覧潜水艇』。先日の深海レストランの『動くバージョン』だ。水圧を完全無効化する強化瑠璃のチューブ船で、深海一万メートルを這うように進む。未発見の海底遺跡や、巨大深海竜の巣を探索するアドベンチャークルーズだ」
そして、俺は最後にファウストのホログラムを指差した。
「最後は、お待ちかねの『深宇宙観光船』だ。ファウスト、アヴァロンの技術を応用し、客室の安全結界を何十重にも強化しろ。隕石群のベルト地帯をすり抜け、安全圏から『超新星爆発』や『美しい星雲』を観測する。宇宙の脅威すらも、俺たちの窓外のイルミネーションにしてやるんだ」
「クハッ、クハハハハハッ! 至高! まさに至高の狂気! 我が魔導物理学のすべてを懸け、神々の特等席を創り上げましょう!」
かくして、予算というストッパーが完全に外れた迷宮陣営は、数日のうちに五つの「常識外れの巨大乗り物」をロールアウトさせた。
***
「……なんじゃ、このフカフカの絨毯は。本当にここは『馬車』の中なのか?」
「馬車ではありませんわ爺様。これは『大型バス』ですのよ」
試運転を兼ねたお披露目クルーズ。
『超大型魔導装甲バス』の最上階、広々としたスイートルームのようなラウンジで、賢人会の老魔術師が呆然と呟いていた。
窓の外では、数十頭の凶暴な地竜の群れがバスに向かって突撃してきているが、星金装甲と絶対結界に阻まれ、虫のように弾き飛ばされていく。
VIPたちは、そんな絶望的な光景を、フカフカのソファに座って熱い紅茶を飲みながら眺めていた。
「信じられん……旅の疲労が全くない。それどころか、ただ座っているだけで、次々と未知の絶景が窓の向こうからやってくる……!」
ラングス帝国の皇帝も、海の上の『豪華海上帝王客船』のプールサイドで、トロピカルジュースを飲みながら感涙にむせいでいた。
だが、極めつけはやはり『深宇宙観光船』だった。
「ひぃぃぃぃっ! ほ、星が! 星が爆発しておるぅぅっ!!」
防音・防塵・絶対真空遮断結界に守られた宇宙船の展望デッキ。
シャンデリアの輝く優雅なディナーテーブルのすぐ横(ガラスの向こう)では、巨大な恒星が寿命を迎え、言葉を失うほど美しく、そして恐ろしい『超新星爆発』の閃光を放っていた。
「さあ皆様、メインディッシュの『宇宙ウミガメのスープ』でございます。爆発の輝きと共にお召し上がりください」
タキシード姿のシンが、うやうやしく料理をサーブする。
「し、シン殿! 我々は今、神の視座で宇宙の終わりと始まりを見ているのか!? この圧倒的な恐怖と、それを上回る美しさと絶対的な安全……ッ! ああっ、酒が、酒がとてつもなく美味いぞぉぉぉっ!!」
獣王が、窓の外の宇宙の神秘に圧倒されながら、ガブガブと最高級のワインを飲み干していく。
移動は苦痛である、というこの世界の常識は、俺たちの『クルーズ艦隊』によって完全に破壊された。
「……マスター。世界中の王侯貴族からの乗船予約が、向こう五百年先まで埋まりましたわ」
数日後。アヴァロンのブリッジで、ミラージュが分厚い予約リストの束を抱えて微笑んだ。
「海のクルーズの『スイート部屋』に至っては、小国の国家予算レベルのプレミア価格で裏取引されている始末です。……ええ、もちろんDPメーターは『∞』から微動だにしませんが」
「……ああ、わかってる。移動をエンタメにしたら、交通インフラの独占どころか、金持ちの余暇の時間を丸ごと支配しちまったってことだろ」
俺は玉座で、宇宙空間にゆっくりと進んでいく自軍の豪華クルーザーの光を眺めながら、深い溜息を吐いた。
どこまでも快適で、どこまでも怠惰な、究極の移動型リゾート。
残高ゼロから始まった俺の迷宮国家は、ついに「場所」という概念すらも超越し、星のどこにいても、いや宇宙の果てにいても、終わることのない黄金のバカンスを生み出し続ける絶対的な存在へと至ったのだった。




