第13話:大樹の盟約と、忍び寄る二つの影
第13話:大樹の盟約と、忍び寄る二つの影
大理石の床に、優雅なソファ。そしてテーブルの中央には、ログが腕によりをかけて作った『木の実のパウンドケーキ』と、芳醇な香りを漂わせるハーブティーが湯気を立てていた。
「こ、これは……なんという香り。それに、この焼き菓子、口の中で解けるように……っ!」
警戒していたはずのエルフの使節長リリアは、一口ケーキを食べた瞬間、長い耳をピンと立てて目を丸くした。他の四人の使者たちも、無言で、しかし猛烈な勢いでケーキを平らげている。
美食を愛するエルフたちにとって、ログの『魔力調理』スキルが乗ったスイーツは劇薬に近かったらしい。
「口に合ったなら何よりだ。さて、リリア殿」
「は、はいっ! 失礼いたしました、シン殿。あまりの美味に我を忘れておりました……ゴホン」
リリアは姿勢を正し、エルフの使節長としての威厳を取り戻すべく咳払いを一つした。
俺の隣にはガルムが護衛として立ち、ルリは台座の上で静かに青い光を放っている。
「女王陛下の親書にあった、俺たちを狙う二つの国について、詳細を聞かせてほしい」
「承知いたしました。現在、この大深緑の迷い森に向けて動いているのは、西の『魔導帝国ゼノス』と東の『聖王国ルシリス』です」
リリアはテーブルの上に森の地図を広げ、西と東に一つずつ赤い駒を置いた。
「まず、魔導帝国ゼノス。彼らは魔力エネルギーを動力源とする『魔導機械』や『ゴーレム』を軍事利用する国です。彼らの狙いはただ一つ。この迷宮の心臓たるダンジョンコアを無傷で『摘出』し、帝国の永久機関として利用すること」
「……ルリをバッテリーにするってことか」
俺の声が自然と低くなる。ルリは怯えたように明滅し、ガルムの喉の奥から怒りのこもった低い唸り声が漏れた。
「帝国の先遣隊は、すでに魔導兵器を伴って森へ侵入しています。彼らの装備は強力で、並の魔物では太刀打ちできません」
リリアは次に、東の赤い駒を指差した。
「もう一つは聖王国ルシリス。彼らは『人間至上主義』を掲げ、迷宮を『世界を穢す悪しきもの』として完全に破壊(浄化)しようとしています。高位の神官と、対魔族に特化した聖騎士団が編制されつつあり、こちらの斥候部隊もすでに森に入っています」
利用しようとする帝国と、破壊しようとする聖王国。
どちらに転んでも、俺たちにとっては絶対に許容できない未来だ。
「厄介な連中だな。……それで、エルフの国は、俺たちと同盟を結んだ場合、どう動いてくれるんだ? まさか、国を挙げて帝国や聖王国と戦争をしてくれるわけじゃないだろう?」
俺の単刀直入な問いに、リリアは真摯に頷いた。
「ご慧眼の通りです。我々も、人間たちとの全面戦争は避けたい。……ですが、この『迷いの森』の中であれば、我々は最高の支援を提供できます」
「支援?」
「ええ。我々エルフは、この森の木々と対話し、幻影と結界を操ることができます。帝国軍や聖王国軍が森を進む際、彼らの魔導レーダーや方角を狂わせ、行軍を大幅に『遅延』させることが可能です」
リリアは地図上の赤い駒を、指で細かくバラバラに散らした。
「さらに、彼らの大部隊を幻影で分断し、少数ずつ、シン殿の迷宮の入り口へと『誘導』します。……万全の準備を整えた迷宮に、疲労困憊し、少人数に分断された敵軍を放り込む。それが、我々からの最大の協力です」
なるほど。
俺は思わずニヤリと笑ってしまった。それは、ダンジョン経営において最もありがたい提案だった。
「素晴らしい。大軍で一気に攻め込まれれば、いくら罠があっても処理が追いつかない。だが、分断して少しずつ流し込んでくれるなら、こっちは罠の再装填も、戦力の回復も間に合う。それに、少しずつDPを回収しながら戦える」
「……あ、悪魔的な発想ですね……」
「誉め言葉として受け取っておこう」
リリアは少し引きつった笑いを浮かべたが、その瞳には確かな信頼の光が宿っていた。
「加えて、我々の里で採れる回復魔法薬の素材や、特殊な魔石も支援物資として提供いたします。シン殿、我が女王エルフレイアに代わり、ここに盟約を」
リリアが立ち上がり、右手を差し出した。
俺はそれを取り、力強く握り返した。
「ああ、約束しよう。俺たちはルリを守る。エルフたちは森を守る。……この『深緑の無名奈落』に足を踏み入れた愚か者どもに、本物の地獄を見せてやろう」
応接室に、確かな同盟の成立を告げる静寂が降りた。
エルフという森の支配者による「究極の遅延・誘導サポート」を得たことで、俺たちの迎撃態勢は完璧なものになろうとしていた。
迫り来る帝国の機械兵と、聖王国の騎士たち。
俺は彼らを迎撃するため、さらなる「悪辣な階層設計」へと着手を開始した。




