第126話(閑話):無限の予算と、至高の暇つぶし会議
第126話(閑話):無限の予算と、至高の暇つぶし会議
「……ストローで吸う南国フルーツのジュース。波の音。そして、永遠に減ることのない無限の資産。……うん、完璧だ」
第3都市『リゾート階層』の、最も美しい白砂が広がるプライベートビーチ。
日差しを遮る巨大なパラソルの下、最高級のサマーベッドに寝そべりながら、俺は深い満足の溜息を吐いた。
宇宙の害悪『星喰いの群れ』を消し飛ばし、その事実を世界会議で発表してから数週間。
世界中の権力者たちからの「究極の畏怖」と「絶対的な信仰」は留まることを知らず、ついに俺のステータス画面のDPメーターは『∞』のマークを表示したまま完全にフリーズしてしまった。ファウストに見てもらったが、「システムの限界を超越したため、もはや修復不可能」とのことだった。
要するに、俺はもう「無駄遣いをしてDPを減らさなきゃ」という強迫観念から完全に解放されたのだ。
いくら使っても減らない。赤字も黒字も関係ない。ただ純粋に、やりたいことをやって遊ぶだけの、真の意味での「至高のリゾート経営」が始まったのである。
「マスター。日焼け止めのオイル、塗り直しましょうか?」
水着姿のミラージュが、妖艶な笑みを浮かべて小瓶を揺らす。
「ああ、頼む。……そういや、爺さんたちはどうした?」
俺が視線を巡らせると、すぐ隣のカバナ(天蓋付きの休憩所)で、派手なアロハシャツや水着に身を包んだ『叡智の賢人会』の五人が、豪華なフルーツ盛り合わせをつつきながら寛いでいた。
前回の会議で床に額を擦り付けて泣き叫んでいた彼らだが、持ち前の図太さというか、権力者特有の切り替えの早さを発揮し、今ではすっかり「迷宮国家の最高位の常連客(信者)」としてリゾートを満喫しきっている。
「おお、シンよ! この『マンゴー』という果物は絶品じゃのう! 魔力が回復するわけでもないのに、口に入れるだけで幸せな気分になるわい!」
老魔術師が、口の周りを果汁でベタベタにしながら笑う。
「爺さんたちもすっかり馴染んだな。……なあ、お前ら。俺は今、究極の悩みに直面しているんだ」
俺が起き上がり、パラソルの下に集まっていた幹部たちと賢人会に向けて口を開いた。
「究極の悩み、ですか? もしや、また新たな宇宙の脅威が……!?」
レオンハルトがスッと目を細めるが、俺は首を横に振った。
「いや、単に『次、何創って遊ぼうか』って話だ」
「「「…………」」」
全員が、ずっこけそうになるのを堪えた。
「だってそうだろう? 雪山も温泉も深海も火山も創った。宇宙戦艦もある。インフラも完璧だ。……ぶっちゃけ、やることがなくなって暇なんだよ。お前ら、何か『こんなリゾート施設が欲しい』っていうアイデアはないか? 予算は無限だ。物理法則も無視して構わん」
俺の言葉に、幹部たちと賢人会の目がキラリと輝いた。
予算無制限、不可能なし。そんな条件で夢を語れと言われて、ワクワクしない者などいない。
「ガハハハッ! ならマスター、俺は『超巨大な空中カジノ』が欲しいぜ!」
最初に食いついたのはガストンだった。
「雲の上に金ピカの巨大な島を浮かべて、一獲千金の鉄火場にするんだ! ルーレットの盤面を闘技場サイズにして、本物の魔獣を走らせる『魔獣レース』なんかも面白ぇぞ!」
「いいね、それ。金持ちの道楽にはもってこいだ。採用」
「マスター! わたくしは『巨大な遊園地』をご提案しますわ!」
リリアが羽をパタパタとさせて身を乗り出す。
「マスターが以前おっしゃっていた『ジェットコースター』! 安全結界を張った上で、ものすごいスピードで空を飛び回る鉄のトロッコ! 絶対楽しいと思います!」
「あー、テーマパークか。俺の故郷じゃ定番だったな。お化け屋敷や、光のパレードなんかも魔法で完全再現できそうだ。よし、採用」
「ふふっ、ならば私は『究極の美容と癒やしのスパ・リゾート』を所望するわ」
賢人会の女傑が、扇子で口元を隠しながらウインクした。
「不老長寿の霊薬を湯船に注ぎ込んだ温泉や、世界樹の葉の成分を抽出した泥パック……。世界中の王妃や貴族の令嬢たちが、全財産を投げ打ってでも押し寄せるわよ」
「儲けはどうでもいいが、女性陣が喜ぶなら作っておくか。採用」
「クハハハハッ! 皆様、発想が貧困ですぞ!」
ファウストが、かき氷のストローを噛みちぎりながら立ち上がった。
「せっかくアヴァロンという無敵の宇宙戦艦があるのです! 一般客向けの『深宇宙観光クルーズ』はいかがでしょう! 安全な結界の中から超新星爆発を眺めながらのディナー! 隕石群での星空スノーボード! これぞ究極の非日常です!」
「……お前、それは流石に客が心臓麻痺を起こすだろ。まあ、一部の命知らずな冒険者向けのアトラクションとしてはアリか。保留な」
次々と飛び出すトンデモないアイデア。
だが、今の俺たちにとっては、どれも数日あれば完璧な形で実現可能なものばかりだ。
『マスター! お姉ちゃん! 見てください!』
波打ち際から、ルリ、ラピス、アンバーの三姉妹コアが、巨大な砂のお城を作って手を振っている。
『私たち、この砂のお城みたいに、お菓子の家だけの街を作りたいです!』
『壁がチョコレートで、屋根がクッキーなの!』
「ハハハ、お菓子の街か。いいな、子供たちが喜ぶだろう。それも採用だ」
俺はパラソルの下で、次々と出されるアイデアを空中のホログラムにメモしていく。
「空中カジノ」「魔法テーマパーク」「霊薬スパ」「深宇宙クルーズ」「お菓子の街」。
どれもこれも、かつての俺なら「赤字を出せるか?」と必死に計算していただろうが、今はもうそんな必要はない。
「……マスター。全部採用して、いつ創るおつもりですか?」
ミラージュが、呆れたような、けれど愛おしいものを見るような目で尋ねてくる。
「急ぐ必要はないさ。DPは無限にあるんだ。一日一つ創ってもいいし、一年に一つでもいい。俺たちはもう、時間に追われることも、誰かに脅かされることもないんだからな」
俺は再びサマーベッドに寝転がり、青く澄み切った偽りの空を見上げた。
「これからは、俺たち自身が一番楽しむために、ゆっくりとこの世界を遊び尽くしていくんだ。……まあ、当分はこのビーチで昼寝をするのが一番の贅沢だけどな」
俺の言葉に、幹部たちも賢人会の面々も、顔を見合わせて優しく笑った。
波の音が心地よく響き、南国の風が吹き抜ける。
宇宙の脅威すらも退けた、迷宮国家の主と最強の仲間たち。彼らの「底抜けに平和で、究極に贅沢な日々」は、これからもずっと、この至高の箱庭の中で緩やかに続いていくのだった。




