第124話(閑話):深海の密談と、宇宙の神々(カモフラージュ成功)
第124話(閑話):深海の密談と、宇宙の神々(カモフラージュ成功)
水深一万メートル。絶対的な水圧と漆黒に支配された海の底にポツンと存在する、強化瑠璃の超深海レストラン『アビス・アクア』。
その最奥に位置する特別VIPルームでは、世界最高の権力と魔力を持つ『叡智の賢人会』の五人が、極上の深海魚のポワレにも手を付けず、青ざめた顔で円卓を囲んでいた。
窓の外では、体長百メートルを超える発光性の古代クラゲが悠然と泳ぎ去っていくが、今の彼らにそれを楽しむ余裕は微塵もなかった。
「……お主らも、感じたか」
沈黙を破ったのは、賢人会の最長老である老魔術師だった。その顔には、数千年を生きる彼にしては珍しく、隠しきれない畏怖の色が浮かんでいる。
「ええ……。昨夜、この星から遥か何光年も離れた深宇宙の彼方で……『それ』は起こりましたわ」
派手な扇子を持った女傑のマスターが、震える声で同意する。
彼らは、星の地脈と直結するダンジョンマスターの頂点。その異常なまでの魔力感知能力は、星の大気圏を越え、遠く離れた宇宙の魔力異常すらも微かに感じ取ることができるのだ。
「宇宙空間に突如として膨れ上がった、底なしの悪意と飢餓の魔力波長。あのようなおぞましい質量の集合体、神話の邪神ですら可愛く思えるほどの『絶対的な絶望』じゃった……。もしアレが、我々の星の軌道へ向かっていたとしたら……」
「我々の迷宮など、一日と持たずに星ごと喰い尽くされていたでしょうね。……しかし、本当に恐ろしいのはその後です」
別のマスターが、冷や汗を拭いながら身を乗り出した。
「その宇宙規模の絶望が、発生からわずか数十分後……突如として現れた『極大の純白の閃光』によって、一瞬にして完全消滅したのです。あんな規模の破壊魔力、星を数個まとめて吹き飛ばすほどの出力ですよ!?」
「うむ……。宇宙には、我々のちっぽけな知識など及ばぬ、恐ろしい災害が蠢いておる。そして、それを一撃で塵に帰す『超越的な宇宙の神々』も存在しているということじゃ」
老魔術師が深くため息を吐く。
「我々がこの深海の底で、ぬるま湯のような平和に浸っている間にも、星の彼方では神々の大戦争が起きておったのやもしれん。……ああ、恐ろしい。我が星が、その神の怒りの余波に巻き込まれなくて、本当に奇跡じゃったわい」
賢人会の五人が、揃ってブルリと身震いし、天空(水面の上)に向かって祈りを捧げようとした、その時だった。
「よお、爺さん婆さんたち。深海の極限リゾートは楽しんでるか?」
自動ドアが開き、アロハシャツに短パンという気の抜けた格好のシンが、冷えた極上のフルーツ牛乳の瓶を片手に、のんびりとした足取りでVIPルームに入ってきた。
「おお、シンよ! 来てくれたか!」
老魔術師が、すがりつくような目でシンを見た。
「お主の用意してくれたこの深海リゾート、確かに最高じゃ! じゃが、今はそれどころではないのじゃ! 実は昨夜、宇宙の彼方でとんでもないことが……!」
「……ん? 宇宙の彼方?」
シンはフルーツ牛乳にストローを挿しかけたまま、ピタリと動きを止めた。
女傑のマスターが、興奮気味にシンの腕を掴む。
「そうなのよ! 私たち五人の魔力感知が、同時に捉えたの! 宇宙の果てで、星を喰らうような巨大な悪意が生まれて……それを、さらに巨大な『純白の光の奔流』が、一瞬で跡形もなく消し飛ばしたのよ! もしアレがこの星に来ていたら、私たちなんて今頃宇宙のチリだったわ!」
「お主は昨夜、何か感じなかったか!? あの神々の戦いの余波を!」
賢人会の五人が、真剣な、そして恐怖に満ちた眼差しでシンを見つめる。
その視線を一身に受けたシンは――。
(……あ、それ。俺たちがアヴァロンの主砲で、星喰いの群れを消し飛ばした時の余波だわ)
内心で盛大にツッコミを入れていた。
昨日、深宇宙での殲滅戦を終え、アヴァロンと共に何食わぬ顔で帰還したシンと幹部たち。
星喰いの群れとの激戦(という名の蹂躙)で放たれた莫大な魔力波長が、まさか賢人会ほどの化け物たちには微かに感知されていたとは。
(だが……こいつら、それが俺たちの仕業だとは全く気づいてないな。宇宙の神々の自然現象だと思い込んで震え上がっている。……つまり!)
シンは心の中で、渾身のガッツポーズを決めた。
(俺が仕掛けた『深海と火山の極限リゾートに視線を釘付けにする作戦』は、完璧に成功していたってことだ!!)
上空(宇宙)にアヴァロンを飛ばし、バカみたいな規模の宇宙戦争をやっていたことが、身内以外の誰にもバレていなかった。その事実に、シンは心の底から安堵の特大ため息を吐き出した。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ…………」
「ど、どうしたシン? お主も、あの見えざる宇宙の脅威を想像して、絶望のため息が出たか?」
「あ、ああ、そうだな。宇宙ってのは広くて恐ろしいところだ。何が起こるか分からねえからな。ハハハ……」
シンは引きつった笑顔を浮かべ、フルーツ牛乳をズズッと啜った。
「じゃが、我々の星は運良く見逃されたようじゃ。宇宙の神々には感謝せねばならんのう」
老魔術師がしみじみと頷くのを見て、シンは少しだけ良心が咎めるのを感じた。
(……まあ、あいつら(星喰い)が向かっていたのは間違いなくこの星だったんだけどな。そして、それをブッ飛ばした宇宙の神様ってのは、うちのファウストやガストンたちなんだけどな)
だが、このまま賢人会や同盟国の連中を「見えない宇宙の脅威」に怯えさせたまま放置しておくのも、絶対安全の楽園を提供する迷宮の主として座りが悪い。
それに、アヴァロンの宇宙戦艦化計画や、星見の都市の建造で莫大なDPを消費したことは事実だ。どうせなら、俺たちがどれほど完璧にこの星を守り抜いたかを盛大にプレゼンし、彼らに究極の安心感(と、さらなる信仰)を叩き込んでやるのも悪くない。
「……なあ、爺さんたち」
シンは空になった牛乳瓶をテーブルに置き、不敵な笑みを浮かべた。
「お前たちが昨夜感じた『宇宙の光』についてなんだが。……明日の昼、本拠地のマスターズ・チェンバーで、同盟国を交えた『特大の定期報告会』を開く。絶対に参加してくれ」
「ん? 定期報告会? じゃが、今はそんなことよりも宇宙の脅威についての対策を……」
「いいから来い。……お前たちが怯えているその『宇宙の神様』の正体を、俺がたっぷりと教えてやるよ」
シンがウインクを一つ残してVIPルームを去っていくと、取り残された賢人会の五人は、顔を見合わせて首を傾げた。
「宇宙の神様の、正体……?」
「……まさか、あの男。いや、いくらなんでも、星の海での出来事だぞ……?」
彼らがその「まさか」の正体を知り、再び度肝を抜かれて泡を吹くことになるのは、明日の会議でのこと。
極限リゾートの深海で、シンの完璧なカモフラージュと圧倒的な無双劇の余韻が、静かに、そしてコミカルに交錯した一日であった。




