第117話:赤道直下の熱砂大陸と、星詠みの水晶遺跡
第117話:赤道直下の熱砂大陸と、星詠みの水晶遺跡
極寒の白銀大陸から、魔導浮遊要塞アヴァロンを南東へ走らせること約一万二千キロ。
この巨大な惑星の赤道直下に位置するその場所は、生命の気配を一切拒絶する、見渡す限りの黄金色に染まっていた。
「……見事なまでに何もないな。砂と、岩と、蜃気楼だけだ」
アヴァロンのブリッジから眼下の景色を見下ろし、俺は深く満足げな息を吐いた。
外の気温は摂氏五十度を優に超え、大気は熱波でぐにゃぐにゃと歪んでいる。アヴァロンの強力な環境制御結界がなければ、甲板に立つことすら不可能な死の世界。
ここなら、どんな権力者だろうと「別荘を建てたい」などと言い出すはずがない。純粋に俺たちの探究心だけを満たす、静かな冒険ができるはずだ。
「マスター、第一観測衛星からの地中スキャンデータに異常反応がありました」
コンソールを叩いていたファウストが、表情を引き締めて振り返った。
「この真下、砂海の地下約二百メートルの位置に、巨大な構造物と強烈な魔力場を確認。……驚くべきことに、金属や鉄の反応が一切ありません」
「鉄がない? 帝国の『機巧魔神』系の遺跡じゃないってことか?」
「ええ。マキナのような歯車や魔力炉、重油の匂いを感じさせる粗悪な力場とは全く異なります。非常に澄み切った、純度の高い『光』と『重力』の波長です。これは……我々の知るどの魔法体系とも違う、全く未知の文明の痕跡ですぞ」
ファウストの報告に、レオンハルトやガストンたち幹部の目つきが、遊びから一転して「本気」のそれに切り替わった。
「面白い。アヴァロンを降下させろ。砂を吹き飛ばして、遺跡の入り口をこじ開けるぞ」
***
風魔法で数千トンの砂を吹き飛ばし、現れた遺跡の入り口に降り立った俺たちは、その光景に言葉を失った。
「これは……ガラス、なのか?」
ガストンが、入り口を構成する透き通った建材を大槌の柄でコンコンと叩き、驚愕に目を丸くした。
「いや、ただのガラスじゃねぇ。魔力を極限まで圧縮して結晶化させた『強化瑠璃』だ。硬度はミスリルすら上回るかもしれねぇ。俺たちドワーフの鍛冶技術とは対極にある、錬金と魔術の極致だぞ……」
入り口の扉には鍵穴はなく、幾何学的な紋様が刻まれているだけだった。
ファウストが紋様に魔力を流し込むと、透明な扉が音もなくスライドし、ひんやりとした冷気に包まれた遺跡の内部が姿を現した。
「レオンハルト、先頭を頼む。ミラージュは罠の探知を。未知の文明だ、何が起きるか分からん。絶対に気を抜くな」
「御意。我が盾に懸けて、主の御身をお守りします」
薄暗い回廊に足を踏み入れると、俺たちの足音に反応するように、壁や床に埋め込まれた水晶が淡い青色の光を放ち始めた。
「……美しいわね。帝国の残党が使っていたような、血生臭い呪いや瘴気の類が一切ないわ」
キュウビが周囲を見渡しながら感嘆の声を漏らす。
事実、この遺跡には兵器としての殺伐とした空気がなかった。通路の壁面には、星の運行や月の満ち欠け、そして光の屈折を表すような神秘的な壁画が一面に描かれている。
『ピッ……侵入者、検知。星の理を持たぬ者、これより先の立ち入りを禁ず』
突如、空間に無機質な声が響き、回廊の奥から無数の「透明な幾何学ブロック」が浮遊して現れた。マキナのような殺戮ゴーレムではない。純粋な魔法エネルギーの塊だ。
「罠作動! 不可視の重力場が展開されました!」
ミラージュの鋭い警告と同時、俺たちの足取りが鉛のように重くなる。通常の十倍近い重力が通路一帯を支配したのだ。
「物理的な排除ではなく、重力による拘束……なるほど、彼らは『星の引力』を操る術に長けていたというわけですか!」
ファウストが重力に耐えながらも、歓喜の笑みを浮かべる。
「押し潰される前に突破するぞ! レオンハルト、ガストン!」
「はッ! 【獅子王の咆哮】!!」
「どりゃあああっ!」
レオンハルトの放つ闘気が重力場を一時的に相殺し、その隙を突いてガストンが大槌を振り抜き、浮遊する幾何学ブロックを粉砕する。
砕け散ったブロックはガラスの破片のようにキラキラと輝きながら、光の粒子となって消滅した。
「力任せに通れるのはここまでみたいよ、マスター」
前衛が道を切り開いた先には、巨大な吹き抜けの広間があった。
広間には道がなく、底が見えないほどの深い奈落が広がっている。そして、空中には無数の鏡のような水晶板が浮かんでいた。
「光の反射パズル……か。壁画にあった『星の理』ってのはこういうことか」
俺は壁画の法則を思い出し、ファウストと共に水晶板の角度を魔法で微調整していく。天井から差し込む一筋の光を、数十枚の鏡で正確に反射させ、対岸の扉に刻まれた『太陽の紋章』へと導く。
カチッ……という澄んだ音と共に、見えない光の橋が奈落の上に架かった。
「見事です、マスター。兵器の力ではなく、知恵と天文学的知識を重んじる……非常に高度で理知的な文明ですね」
レオンハルトが感心したように頷き、俺たちは光の橋を渡って遺跡の最深部へと足を踏み入れた。
***
「これは……」
最深部の扉を開けた先。そこは、まるで宇宙空間そのものを切り取ったかのような、広大なドーム状の空間だった。
天井にはこの惑星から見える満天の星空が正確に投影され、中央には巨大な『天球儀』のような装置が、重力魔法によって静かに宙に浮いている。
「『星詠み』の祭壇……いや、世界規模の観測装置か」
俺が天球儀に触れると、装置から莫大な情報が俺の脳内に直接流れ込んできた。
かつてこの大陸が緑豊かだった時代。星の運行を読み、自然と調和して生きた『星見の民』たちの記憶。
そして、彼らがなぜ砂漠の地下深くにこの施設を封印したのか――その「理由」。
「……ファウスト。こいつのデータ、俺たちの衛星のデータベースにすべて吸い出せるか?」
「可能です。しかし、マスター。何をそんなに険しい顔をされているのです?」
「こいつらは、戦争で滅びたわけじゃない」
俺は、天球儀に刻まれた最後の記録を見つめながら、静かに告げた。
「彼らは『星の寿命』を延ばすために、自分たちの文明の魔力をすべてこの装置に注ぎ込み、星の核を安定させるための楔になったんだ。そして……彼らが恐れていたのは、俺たちが新大陸で倒した『邪神』のようなバケモンじゃない」
俺の言葉に、幹部たちが息を呑む。
「……宇宙だ。彼らは、この惑星の外から、定期的に『星の魔力を喰らいに来る存在』がいることを観測していた。それが何万年周期で来るのかは分からないが……この巨大な天球儀は、その『外なる脅威』への警鐘を後世に残すためのタイムカプセルだったんだ」
厳粛な沈黙が、水晶のドームを満たした。
俺たちは、この底抜けに明るいバカンスの裏側に、まだ途方もないスケールの謎と歴史が眠っていることを突きつけられたのだ。
「……面白いじゃねえか」
静寂を破り、俺は不敵な笑みを浮かべた。
「俺たちの箱庭を宇宙規模で脅かそうって奴がいるなら、上等だ。俺たちの宇宙基地(第4都市)のレーダー網と、この星見の民の観測データをリンクさせる。いつか来るかもしれねえ脅威なんざ、俺たちの無限のDPと技術で、星の外側から迎撃してやる」
古代の英知と、現代のチート。
真面目で静謐な探索劇は、星の歴史を巡る壮大なロマンと、新たなる「防衛」の目的を俺たちに与え、熱砂の大陸の遺跡探査は静かに幕を下ろしたのだった。




