第116話(閑話):極寒の白銀帝国と、逆流する黄金の滝
第116話(閑話):極寒の白銀帝国と、逆流する黄金の滝
「……いいか、ミラージュ。今回のこの『スノーパラダイス出張所』は、これまでのリゾートとはわけが違う。何せマイナス五十度の極寒の地だ。建設費、維持費、そしてこの超高性能な『魔導防寒着』の開発費。どれをとっても天文学的な支出だ。今度こそ、DPの蛇口を全開にして垂れ流してやるんだ」
魔導浮遊要塞アヴァロンの展望デッキ。俺は、眼下に広がる白銀の大陸を見下ろしながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
横に立つミラージュは、最新型のモコモコした白いダウンコートに身を包み、どこか遠い目をして微笑んでいる。
「左様でございますね、マスター。……まあ、招待客の皆様が到着されたようですわ」
アヴァロンの転送門から続々と降り立ってきたのは、旧大陸の同盟国の重鎮たち、そして新大陸の覇者、神聖ラングス帝国の皇帝一行だった。
「ひ、ひぃぃぃっ!? なんだこの寒さは! 空気が刃物のように喉を切り裂くぞ!」
「大使から聞いてはいたが、これほどとは……。この大陸は、神が生命を拒絶した地ではないのか!?」
普段は威厳たっぷりの皇帝や大臣たちが、アヴァロンを一歩出た瞬間にガタガタと震え、膝をつく。無理もない、彼らの常識ではこの気温は「即死圏内」だ。
「さあ皆様、まずはこれをお召しください。我が迷宮の最新技術を投入した『魔導ダウンジャケット』でございます」
リリアが手際よく、一人一人に厚手のジャケットを配っていく。
半信半疑で袖を通した皇帝たちの表情が、一瞬で驚愕へと変わった。
「な、なんという軽さだ……!? まるで見に着けていないかのようだ。……おおおっ! 熱い! 体の中からポカポカと熱が湧き上がってくるぞ!」
「信じられん、さっきまでの死の寒さが、まるで春の木漏れ日のようだ。この服の裏地に刻まれた微細な魔法陣……これが常に最適な温度を保っているのか!?」
賢人会のマスターたちが、職業病のように裏地をめくって解析を始めた。
「シンよ……お主、これを使い捨てのレンタル品として配るつもりか? これ一着で、小国の王城が建つほどの価値があるぞ」
老魔術師の呆れた声を聞き流し、俺は不敵に笑う。
「何、ただの作業着ですよ。さあ、本番はここからです」
***
俺たちが彼らを連れて行ったのは、雪山の頂上へと伸びる『魔導リフト』だった。
透明な魔力障壁で守られたカプセル型の椅子に座り、絶景を眺めながら空を昇っていく。
「これより皆様には、『スキー』と『スノーボード』を体験していただきます」
俺が板を配り、基本的な滑り方をレクチャーする。最初は「こんな板切れ一枚で雪山を下るなど自殺行為だ!」と叫んでいた獣王や皇帝だったが、そこは腐っても一国の頂点。異常に高い身体能力ですぐにコツを掴み始めた。
「ガハハハハッ! 見ろ! 我は風だ! 雪を切り裂き、重力を置き去りにしているぞ!」
獣王が猛スピードで雪原を滑走し、豪快に雪飛沫を上げる。
「……これは、素晴らしい。己の肉体と魔法制御を極限まで研ぎ澄まさねば、このスピードは維持できぬ。王としての胆力が試される遊戯だな」
皇帝も、眉間に皺を寄せながらも、真剣な眼差しで完璧なシュテムターンを決めていた。
「「「うおおおおおっ! 最高だ! もう一回だ!」」」
数時間後、雪山には子供のように目を輝かせてリフトに並ぶ権力者たちの姿があった。
彼らが転ぶたびに、あるいは華麗な滑りを見せるたびに、衛星を経由して俺の元には「極限の興奮」と「至高の悦び」の感情エネルギーが、濁流となって流れ込んでくる。
(……やばい。この時点で既にDPの回収が始まっている。だが、まだだ。俺には『温泉』という切り札がある!)
***
遊び疲れ、程よく体が冷え切った一行を、俺は麓に建つ巨大な温泉旅館『雪月花』へと案内した。
「ぬ、ぬぅおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
露天風呂に足を踏み入れた瞬間、皇帝が絶叫した。
目の前に広がるのは、ライトアップされた幻想的な雪の森。そして、そこから立ち昇る湯気。
氷点下の外気と、芯から温まる熱い湯のコントラスト。
「これは……死ぬ。余は幸せすぎて今ここで死ぬかもしれん……。凍てつく世界を眺めながら、熱い湯に身を委ね、この『熱燗』という酒を煽る……。これこそが、人の到達すべき真の覇道であったか……」
皇帝は、浮かべた木桶に乗った徳利から酒を注ぎ、雪景色を眺めながら涙を流していた。
「シンよ……頼む。我らが帝都にも、この『温泉』を引くことはできぬか? いくらでも払う、国庫を空にしても構わん!」
「……いえ、温泉は地脈の関係でここ(迷宮出張所)でしか楽しめません。もしお望みなら、ここに貴国専用の別荘エリアを『分譲』しましょうか? あ、維持費と警備費は別でいただきますが」
「買う! 言い値で買うぞ! 余のプライベート別荘を今すぐここに建てろ!」
「わしもじゃ! 我が獣人連邦の迎賓館もここに作る!」
ミラージュが、背後で「計算通りですわね」と、真っ黒な笑みを浮かべて帳面を広げている。
***
さらに、俺が「これなら赤字になるだろう」と投入した『魔導ダウンジャケット』が、決定打となった。
「この服、我が軍の極地遠征用装備として一万着発注したい。いや、国民全員に配布したい! シン殿、この技術のライセンスを売ってくれ!」
「我が国でも、この服の販売権をオークションにかけたい! これは革命だ、ファッション界の覇権を握れるぞ!」
……こうして、俺の『究極の無駄遣い計画』は、今回もまた無惨に、かつ華麗に砕け散った。
数日後。アヴァロンの自室で俺が見たステータス画面には、絶望の光景が広がっていた。
『マ、マスタァァァァァァァァァッ!!!』
ルリとラピスが、両手で抱えきれないほどの宝石と魔力結晶の山を持って駆け込んできた。
「……もう、何も言うな」
『聞いてくださいマスター! 今回のウィンターリゾートの別荘地販売と、魔導ダウンのフランチャイズ契約料……。さらに「雪見風呂最高!」っていう皆さんの信仰心が合わさって……! 今回の遠征費用を全部合わせても、その百倍以上のDPが返ってきちゃいましたぁぁっ!!』
「アハハハ! マスター、また儲かっちゃいましたね! 宇宙基地の倉庫も、もういっぱいです!」
ラピスが無邪気に笑い、俺は玉座で白目を剥いた。
使えば使うほど増える。贅沢をすればするほど、世界が俺に富を押し付けてくる。
俺の『残高ゼロへの道』は、どうやら前世の宇宙膨張よりも速い速度で、無限の繁栄へと突き進んでいるようだった。
「……ミラージュ。次の大陸へ行こう。……今度は、誰もいない、何もない、商売になりようがない不毛な砂漠か何かにしてくれ……」
「承知いたしましたわ、マスター。……まあ、そこでもきっと『砂漠のリゾート』を創り上げてしまわれるのでしょうけれど」
シンの悲痛な叫びを乗せて、アヴァロンは次なる未知の領域へと、黄金の軌跡を描きながら飛び立つのだった。




