第112話:天空の覇者と、奈落に蠢く狂宴の残滓
第112話:天空の覇者と、奈落に蠢く狂宴の残滓
神聖ラングス帝国の帝都は、白昼だというのに不気味な薄暗さに包まれていた。
空を覆い尽くすほどの巨大な影が、太陽の光を遮ったからである。
「な、なんだあれは……! 島が……いや、山が空を飛んでいるぞ!?」
「皇帝陛下! 上空に未知の超巨大浮遊物体が! 我が軍の飛竜部隊では手も足も出ません!」
帝都の広場では民衆がパニックに陥り、豪奢なバルコニーでは貴族たちがワイングラスを取り落として震えていた。
空を悠然と進むのは、純白のミスリル装甲に覆われ、無数の砲門をハリネズミのように備えた『魔導浮遊要塞・アヴァロン』である。その圧倒的な質量と威容は、それだけで地上にいる者たちの戦意を根こそぎ奪い去るほどの絶望感を与えていた。
だが、バルコニーに現れた皇帝が、魔力拡声器を使って帝都全域に高らかに宣言した。
『恐れるな、我が帝国の民よ! あれは敵ではない! 我が帝国と不可侵の盟約を結びし、偉大なる【迷宮国家】の神の軍勢である! 彼らは今より、北の「禁忌の奈落」を討ち果たすために進軍しておられるのだ!』
その放送を聞いた瞬間、貴族も民衆も言葉を失った。
これまで「未開の大陸の成金」程度に侮っていた相手が、自分たちの数千年の歴史を鼻で笑うようなオーバーテクノロジーの要塞を駆り、帝国軍が束になっても敵わない「奈落」を単独で討伐に向かっているというのだ。
「あ、あんな化け物じみた国に、我々は使節団を送って威張ろうとしていたのか……?」
かつて衛星都市で土下座をしたバルバロッサ侯爵が、へたり込みながら呟く。
空を覆う覇者の威光を前に、ラングス帝国の民は誰一人として文句を言うこともできず、ただ地面に跪き、震えながらその偉大な背中を見送ることしかできなかった。
***
「――マスター。ラングス帝国領空を無事通過。目標である『禁忌の奈落』上空に到達しました」
アヴァロンのブリッジで、ミラージュの涼やかな声が響いた。
メインモニターに映し出された景色は、およそこの世のものとは思えない地獄絵図だった。
大地は赤黒い瘴気に覆われ、木々は枯れ果て、ドロドロに溶けた泥濘の中から、何万、何十万という『邪神の眷属』――巨大な異形の魔獣たちが蠢いている。
「あれが原初の化け物の防衛線か。気持ち悪い数だな」
俺が顔をしかめると、隣で白衣を翻したファウストが、狂気に満ちた笑声を上げた。
「クハハハハッ! 数など問題ではありません! これより、我が最高傑作がゴミ掃除のデモンストレーションを行います! 第三軌道衛星、照準固定! アヴァロン主砲、魔力結合!」
ファウストが計器盤を叩きつけると、要塞の底部が開き、三門の巨大な砲身が姿を現した。
「吹き飛べ! 【天の裁き(サテライト・カノン・フルバースト)】!!」
天空から一条、そして要塞から三条の極太の魔力レーザーが、赤黒い大地に向けて放たれた。
音すらない圧倒的な光の奔流。
レーザーが着弾した瞬間、数万の魔獣の群れが悲鳴を上げる間もなく蒸発し、分厚い瘴気の層が物理的に吹き飛ばされて、大地に巨大なクレーターが穿たれた。
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
艦内に、迷宮の兵士たちの士気爆上がりの歓声が轟く。
「よし、降下開始! 残ったゴミどもを一掃して、奈落の入り口を確保しろ!」
俺の号令と共に、要塞の下部から無数の『強襲降下ポッド』が流星のように地上へと射出された。
着地と同時にポッドの扉が弾け飛び、迷宮の最高戦力たちが戦場へと躍り出る。
「我らが王の御前である! 穢れた化物ども、塵一つ残さず切り捨てよ!!」
迷宮騎士団長・レオンハルトの咆哮と共に、数千の重鎧部隊が地鳴りを立てて突撃を開始した。レオンハルト自身も先陣を切り、大剣から放たれる白銀の斬撃が、巨大な異形の魔獣を数頭まとめて両断する。
「ガハハハッ! ドワーフの意地、見せてやるぜ!」
ガストンは、自身の工房で打ち上げた『超高熱マグマ・ハンマー』を振り回し、大地を叩き割って炎の壁を創り出す。炎に触れた魔獣たちが次々と炭化し、崩れ落ちていく。
「上空は私たちが制圧します! 風の刃、一斉射撃!」
リリア率いるハーピー部隊が空を舞い、鋭い真空の刃が雨あられと降り注ぎ、空を飛ぶ眷属たちの翼を無残に切り裂いていく。
「フフッ、隙だらけよ」
キュウビの放つ幻術により、魔獣たちは同士討ちを始め、ミラージュの暗部部隊が音もなく急所を穿つ。
俺たちの創り上げた「究極の防衛網」を逆用した「絶対的暴力の蹂躙」。
数で勝るはずの邪神の眷属たちは、幹部たちの蹂躙劇の前に、わずか数十分で壊滅状態へと追い込まれていた。
「……マスター。奈落の最深部への道が開きました。しかし――」
俺の隣に影から現れたミラージュが、鋭い視線を奈落の入り口へと向けた。
「ああ。どうやら、まだ『お出迎え』が残っているらしいな」
ドロドロに溶けた赤黒い瘴気が渦巻き、その中から、巨大な「肉の塊」が這い出してきた。
それは、機械の残骸と、無数の魔獣の死骸、そして人間の肉体がグロテスクに融合した、全長数十メートルにも及ぶ異形の怪物だった。
『……オォ……オォォ……ニク……キ……メイキュウノ……アルジ……』
その肉の塊の中心に埋め込まれていたのは、かつて俺が衛星兵器で消し飛ばしたはずの、『狂宴の残党』の幹部の顔だった。
顔の半分は機械化され、残りの半分はドロドロに溶け落ちているが、その眼球だけが異常なほどの憎悪に満ちて俺を睨みつけている。
「……お前、狂宴の残党の生き残りか。宇宙からのビームを食らっても死なないとは、しぶといゴキブリだな」
俺が冷たく言い放つと、怪物は複数の口から不協和音のような声を発した。
『ワレラガ……偉大ナル……神ノ……力……。貴様ラゴトキニ……復活ヲ……邪魔サセハ……シナイッ!!』
背中から無数の触手と、マキナの残骸と思われる魔力砲塔を展開し、怪物が周囲の瘴気を一気に吸い込み始めた。その異常なまでの魔力密度に、最前線で戦っていたレオンハルトたちも思わず動きを止める。
「神の力、ね。……笑わせるな」
俺は腰に差した剣――DPのすべてを注ぎ込んで創り上げたマスター専用の魔剣『アヴァロン・ブレイカー』をゆっくりと引き抜いた。
「そんなツギハギのガラクタで神を名乗るなら、俺の迷宮の方がよっぽど神様らしいぜ」
最終決戦の地、禁忌の奈落。
怨念と邪神の力で蘇った異形の化け物を前に、俺たちは一切の怯みを見せることなく、絶対の力をもって叩き潰すためのステップを踏み出した。




