第109話:分体コア(サテライト)の親孝行と、新大陸からの使者
第109話:分体コア(サテライト)の親孝行と、新大陸からの使者
「クハハハハッ! 見なさい! これぞ魔法と科学の究極の融合! 神の御業の証明ですぞ!」
目の下に真っ黒なクマを作ったファウストが、血走った目で狂喜の叫びを上げていた。
その背後では、同じくボロボロになった賢人会の五人が「やった……ついにやり遂げたぞ……!」と、お互いの肩を抱き合って感涙にむせいでいる。
「まさか、本当に成功させるとはな……」
俺は玉座から立ち上がり、目の前の光景に息を呑んだ。
マスターズ・チェンバーの中央。ルリの本体である巨大な水晶の周りを、拳ほどの大きさの小さな水晶が五つ、まるで衛星のようにくるくると飛び回っていたのだ。
『マスター! 見てください、私の子機(妹)たちです! えへへ、とっても可愛いです!』
「キュイッ! キュキュイッ!」
ルリが実体化した少女の姿で手を叩いて喜び、テトも小さな水晶たちに向かって元気よく鼻をすり寄せている。
ダンジョンコアの分割と培養。
ファウストの常軌を逸した魔導理論と、賢人会が数千年かけて蓄積してきた叡智、そして俺が注ぎ込んだ「星をいくつも買えるほど」の莫大なDP。これらすべてが完璧に噛み合い、ついに五つの「分体コア(サブコア)」が誕生したのだ。
「よし、よくやったお前ら。これですぐに『衛星都市』の建設に取り掛かれる。……ミラージュ、ガストン、レオンハルト。予定通り、大陸の要衝五カ所に極秘の輸送網を繋ぎ、出張所を立ち上げろ」
「「「御意!」」」
それから、数ヶ月。
シンの目論見は、またしても「別の方向」へ向けて大成功を収めてしまった。
大陸の五つの要衝に突如として現れた、堅牢な城壁と洗練された区画を持つ衛星都市。
そこは、迷宮国家の最高品質のポーション、ドワーフ謹製の武具、エルフの霊薬が取引される唯一の窓口となった。魔導列車による本拠地との直通物流ネットワークにより、商品は常に新鮮で豊富。さらに迷宮騎士団の分隊が駐留しているため、世界で最も治安が良い。
結果として何が起きたか。
世界中の商人、貴族、冒険者たちが、莫大な富を抱えて衛星都市へと殺到したのだ。
周囲の国々は、衛星都市からの恩恵に少しでもあずかるため、自国の首都を衛星都市の隣へ丸ごと移転させるという狂行に走り始めた。わずか数ヶ月で、五つの衛星都市は大陸の経済と権力の完全なる「中心地」へと変貌してしまったのである。
そして、俺にとって最大の誤算(絶望)は、ルリの子機たちの「働きぶり」だった。
『マスタァァ! 五つの都市の妹たちが、毎日すっごく頑張って「安全で嬉しい!」っていうポジティブな感情(DP)を集めて、私に送金してきてくれますーっ! もう、これ以上食べられませぇぇぇんっ!』
「だから、何で出費より儲けの方が上回るんだよぉぉっ! インフラ費で相殺するはずだっただろうがぁぁっ!!」
俺がマスターズ・チェンバーで血の涙を流して絶叫している頃。
ミラージュが、一枚の豪奢な羊皮紙の書簡を手にして、静かに部屋へと入ってきた。
「マスター。……『新大陸』から、お客様です」
ミラージュの言葉に、俺はピタリと絶叫を止めた。
「新大陸……あの、GPS衛星が発見して、商人どもが血眼になって開拓に向かった別の大陸か」
「はい。我が迷宮の圧倒的な品質の品々を持った商人たちが、魔導船で海を渡り、新大陸を支配する超大国『神聖ラングス帝国』と接触したようです。彼らは、商人たちの持ち込んだ品と技術に度肝を抜かれ、すぐさま外交使節団をこちらの大陸に派遣してきました。……現在、その使節団が『第一衛星都市』に到着しております」
***
その頃、第一衛星都市の巨大な玄関口。
神聖ラングス帝国の特命全権大使であるバルバロッサ侯爵は、馬車から降り立った瞬間、自分が幻術にでもかけられたのではないかと疑った。
「な、なんだこの街は……!? 空を、鉄の箱が飛んでいるぞ!?」
新大陸の覇者であるラングス帝国は、高度な魔法文明を誇り、世界で最も進んだ国家であると自負していた。未開の島々など、いつでも軍事力で蹂躙できると考えていたのだ。
あの珍妙な商人たちが持ってきたポーションや魔具も、「たまたま古代の遺物を掘り当てただけだろう」と高を括っていた。
だが、目の前の光景はどうだ。
塵一つ落ちていない白亜の石畳。夜を昼のように照らす魔力街灯。そして、音もなく滑るように走り去る流線型の『魔導列車』。
街を歩く人々は皆、ラングス帝国の皇族すら着たことがないような上質な絹の服を着て、屈強な冒険者たちが持つ武器は、すべて国宝級の輝きを放つミスリル製だ。
「大、大使閣下……! 我々の持ってきた手土産の『黄金の宝剣』ですが……あそこの路地裏の子供が、同じような輝きの剣をオモチャにして遊んでいます……!」
「馬鹿なッ! あ、あそこの大衆食堂のメニューを見ろ! 我々が不老長寿の秘薬として国庫を傾けて探している『万能霊薬』が、定食のセットドリンクとして供されているぞ!?」
使節団の面々は、ガクガクと膝を震わせ、恐怖と絶望に顔を青ざめさせた。
自分たちが誇っていた文明や富など、この街の片隅のゴミ箱にも劣るのではないか。そう思わせるほどの、文字通りの『異次元の格差』がそこにあった。
「だ、駄目だ……。もし、この大陸の主が我々の国に牙を剥けば、ラングス帝国は三日で地図から消滅する……ッ!」
バルバロッサ侯爵は、冷や汗で全身をびしょ濡れにしながら、出迎えた迷宮騎士団の兵士に向かって、文字通り地面に這いつくばるようにして土下座した。
「ど、どうか! どうか、この偉大なる都市を統べるお方に、拝謁の栄を賜りたい! 我々、神聖ラングス帝国は、偉大なる迷宮国家様に絶対の服従と永遠の友好を誓う準備がございますぅぅぅッ!」
***
「――と、使節団の男は、立派な服をドロドロに汚しながら号泣して土下座を繰り返しているそうです」
ミラージュの報告を聞き、俺はこめかみを揉んだ。
GPS衛星による情報優位と、商人たちの開拓魂が、見知らぬ新大陸の超大国すらも戦わずして屈服させてしまったのだ。
「どうなさいますか、マスター。彼らは、莫大な新大陸の特産物と金銀財宝を献上し、同盟、いや属国にしてくれと懇願しています」
「……会うだけは会ってやる。新大陸の未知の資源や、見たこともない技術体系には興味がある。だが、安易に属国になどしない。まずはリゾート階層の一般エリアで、徹底的にうちの『絶対平等のルール』を叩き込んでやれ」
俺が不敵に笑うと、ミラージュも妖艶な笑みを深めて一礼した。
「承知いたしました。……ふふっ、新大陸の支配者たちが、我が迷宮の圧倒的な豊かさの前でどのように平伏し、どのような表情を見せてくれるのか。今から楽しみでなりませんね」
衛星迷宮による大陸の完全掌握。そして、海を越えた新大陸からの接触。
俺の無駄遣い計画が引き起こした途方もないインフレーションは、今やこの星全体の運命を一つの巨大な迷宮へと巻き込み、新たなる覇道の幕を上げようとしていた。




