第106話:完全無料の恩返しと、大深度地下網(グランド・ネットワーク)構想
第106話:完全無料の恩返しと、大深度地下網構想
「……失敗だった。完全に俺の計算ミスだ」
マスターズ・チェンバーの玉座。俺は両手で顔を覆い、深々と、そして重苦しいため息を吐き出した。
空間に浮かぶステータス画面には、宇宙開発(第4都市)の恩恵によって天文学的な数値に膨れ上がったDPが、今にも限界を突破して暴走しそうなほど真っ赤に点滅している。
『マ、マスター……ルリ、もう本当に限界ですぅ……お腹いっぱいで、破裂しちゃいます……っ!』
台座の上で、ルリが涙目で訴えかけてくる。
「分かってる、分かってるぞルリ。俺だって、まさかGPSと世界地図がここまで凄まじい世界規模の経済効果と信仰を生み出すなんて思わなかったんだ。だが、嘆いている暇はない。今度こそ、今度こそ絶対に一銭の利益も生まない『究極の無駄遣い計画』を実行する!」
俺は立ち上がり、円卓を囲む幹部たちに向けて、新たな魔法のホログラムを展開した。
そこに映し出されたのは、我が迷宮国家を中心とし、広大な大陸の地中深くに張り巡らされた「光の網目」だった。
「新プロジェクト。『大深度地下網構想』を発表する!」
「これは……地下道、ですか?」
レオンハルトが、ホログラムの光の線をなぞるように目を細めた。
「ああ。ただの地下道じゃない。我が迷宮から、同盟国である『エルフの森』『獣人連邦』、そして『商業都市国家』の主要都市へ向けて、大陸の地下深くを真っ直ぐにぶち抜く巨大な『地底トンネル』を建設する。そしてそこには、俺の前世の知識を応用した、超高速の『魔導列車』を走らせる」
「まどう、れっしゃ……?」
「数百人が一度に乗れる豪華な鉄の箱が、ミスリル製のレールの上を飛ぶように走るんだ。これを使えば、徒歩や馬車で数週間から一ヶ月かかる道のりを、魔物の脅威に一切晒されることなく、安全かつ快適に、わずか数時間で移動できるようになる」
「な、なんという……!」
ミラージュが驚愕に目を見開いた。
「数千キロの道のりを、数時間で……しかも完全に安全に? マスター、それは世界の物流と人の流れを根本から変革する、魔法以上の奇跡です!」
「ガハハハッ! 星の柱の次は、大陸を貫く鉄のモグラか! 俺の工房は休む暇がねぇな!」
ガストンが大笑いしながら腕まくりをする。
幹部たちの興奮をよそに、俺は計画の「一番の肝」にして、俺自身の真の目的である部分を強調した。
「だが、よく聞け。この地底トンネルと魔導列車は、対象国を『我が迷宮と不可侵の盟約を強固に結んでいる国』のみに限定する。そして――」
俺はニヤリと笑い、力強く宣言した。
「建設費、維持費、そして列車の『利用料(運賃)』……そのすべてを【完全無料】とする! 俺たちは一銭の金も、一滴の魔力も、乗客や国から徴収しない!」
「「「……は?」」」
幹部たちが、一斉にポカンと口を開けた。
無理もない。大陸を横断するトンネルを掘り、超高速の乗り物を運用するなど、莫大な資産とエネルギーを消費する事業だ。それを「完全無料」で提供するなど、経営の常識からすれば完全な狂気である。
「マ、マスター……? それでは、文字通り魔力を垂れ流すだけで、我々には何の利益も入ってきませんが……」
ファウストが困惑したように片眼鏡を押し上げる。
「それでいいんだ!(心の声)」
俺は内心でガッツポーズを決めながら、表向きは威厳に満ちた声で答えた。
「俺たちを信頼し、共に血を流し、不可侵の盟約まで結んでくれた大切な同盟国たちだ。彼らへの『純粋な恩返し』に、利益などという野暮なものを挟みたくはない。彼らが安全に、気軽に我が迷宮へ遊びに来てくれるだけで、俺は満足だ」
「マ、マスター……!」
俺の「大赤字を出すための口実」は、幹部たちの耳には「どこまでも慈悲深く、同盟国を愛する王の器」として響いたらしい。
レオンハルトは感動に打ち震え、ミラージュは忠誠の眼差しを一層強くし、ガストンは男泣きしていた。
「よし、善は急げだ! 各員、直ちに行動を開始しろ! ミラージュ、お前は至急各国の首脳陣へ連絡し、『完全無料でトンネルを繋がせてほしい』と了承を取り付けてこい!」
「承知いたしました! マスターの深い慈愛の心、必ずや各国首脳の胸に刻み込んでみせましょう!」
「ガストン、ファウスト! お前たちは即座にトンネルの掘削と、魔導列車の設計・製造にかかれ! 車内は最高級のラウンジのように仕上げろ! DPと魔力は湯水のように使って構わん!」
「任せな! ドワーフの意地にかけて、揺れ一つねぇ極上の鉄の馬車を作ってやるぜ!」
「魔力駆動機関の設計は私にお任せを! 音速を超えさせてみせますぞ!」
「レオンハルト、リリア! トンネル内の防衛システムと、車内でのアメニティや警備体制を構築しろ! 乗客に指一本触れさせるな!」
「我が騎士団とハーピー部隊の誇りにかけて、完璧な安全をお約束します!」
幹部たちが凄まじい熱気と共にマスターズ・チェンバーを飛び出していく。
それと同時に、ステータス画面のDPが、滝のような勢いでゴリゴリと減り始めた。
『わぁぁっ! マスター、すごいです! DPがみるみる減っていきますーっ! ルリ、すっごく楽になってきました!』
「フフフ……ハハハハハッ! 勝った! ついに俺の勝ちだ!」
俺は誰もいなくなった部屋で、高笑いした。
交通インフラを完全無料で提供する。これほど完璧な「DPの焼却炉」はない。どんなに人が乗ろうが、無料なのだから直接的な利益はゼロだ。これで宇宙開発で儲けすぎた分の帳尻は完全に合う。俺の安眠は守られたのだ。
――だが。
シンは致命的に見落としていた。
「無料で超高速移動ができるインフラ」が完成すれば、同盟国と迷宮国家間の『人流』と『物流』がかつてない次元で爆発的に加速するということを。
各国の特産品が大量に迷宮へ流れ込み、迷宮の武具やリゾートが大盛況を極め、結果として「無料の運賃」など足元にも及ばないほどの莫大な経済効果と多幸感(DP)を生み出してしまうことに。
数日後。
エルフの長老や獣王が「迷宮の主の無償の愛」に感涙しながら調印書にサインをし、大陸の地下を凄まじい勢いで掘り進むガストンたちの槌音が響き渡る中、シンの「究極の無駄遣い計画」は、またしても迷宮を想像を絶する繁栄へと導く歯車として、力強く回り始めていたのだった。




