第105話:神の目覚めと、熱狂のビジネスチャンス
第105話:神の目覚めと、熱狂のビジネスチャンス
迷宮国家の最深部から天を貫く、神樹とミスリルの極太ケーブル。
『魔道重力昇降機』が稼働を開始し、宇宙空間に浮かぶ第4都市『軌道上宇宙開発基地』が完成したことで、俺たちの迷宮はついに星の海へと到達した。
「全衛星、軌道投入完了! 魔力リンク正常。地上への映像および座標データの転送、開始します!」
第4都市のメインコントロールルーム。
無重力空間に近いこの基地で、白衣姿のファウストが計器盤を叩くと、壁一面を覆う巨大なメインモニターに「この星の真の姿」が映し出された。
「おおおっ……! これが、我々の住む世界……!」
ミラージュが息を呑み、レオンハルトが目を見開く。
青く輝く海、広大な大陸の輪郭、そして厚い雲の渦。宇宙から見下ろす惑星の美しさに、誰もが言葉を失っていた。
「見ろ、測量データが次々とマッピングされていくぞ」
俺が画面の一部を指差すと、そこにはまだ誰も知らない、見知らぬ巨大な大陸や、無数の手付かずの諸島が次々と描き出されていった。
「……マスター。この星は、我々が想像していたよりも遥かに巨大で、そして未知に溢れています。これは、世界の歴史をひっくり返すほどの情報です」
「ああ。だが、今はそれより先に『掃除』を済ませよう」
俺は手元のパネルを操作し、衛星の魔力探知システム(GPS)の感度を最大に引き上げた。
「帝国がマキナを動かした騒動の裏で、あいつらが動かないはずがないと思っていたが……ビンゴだ」
モニターに、大陸の辺境にある険しい山岳地帯がズームアップされる。
そこには、全身を黒いローブで包み、禍々しい魔力を放つ数百人の集団が、秘密裏に巨大な召喚陣を構築している姿が鮮明に映し出されていた。
「『狂宴の残党』どもめ。帝国の騒ぎに乗じて、よからぬモノを呼び出そうとしているようだな」
俺が冷たく言い放つと、ファウストがニヤリと笑った。
「マスター。あの座標なら、第三軌道衛星の『魔力収束砲』の射程圏内です。発射許可を」
「よし。撃て」
***
その頃、第3都市『リゾート階層』の巨大スクリーン前。
前回の「帝国軍撃退ショー」の興奮冷めやらぬエキサイティングシートには、今日も賢人会のマスターたちや世界中のVIPが陣取り、「今日は何か面白い出し物はないのか」と酒を煽っていた。
そこへ突如、スクリーンに山岳地帯の『狂宴の残党』の映像が映し出された。
『さあ皆様、本日のゲリラ・アトラクションです! 帝国の影で蠢くテロリスト集団「狂宴の残党」を、たった今、我が迷宮の「神の目」が捕捉いたしました!』
実況の魔族がマイクを握り、会場を煽る。
「おおっ!? 狂宴の連中といえば、各国が討伐に手こずっていた厄介な連中じゃないか!」
「それが何でこんなにクッキリ映ってるんだ? 空から見下ろしているような……?」
観客たちがざわめく中、スクリーンの中の残党たちが空を見上げ、恐怖に顔を歪めるのが見えた。
次の瞬間――天から、一条の極太の光の柱が降り注いだ。
ズドォォォォォォォォンッ!!!
音すらない宇宙空間からの、ピンポイントかつ絶対的な質量と熱量の投下。
山岳地帯の一部が文字通り「蒸発」し、狂宴の残党たちは悲鳴を上げる間もなく、彼らが描いていた召喚陣ごと綺麗さっぱり消し飛んでしまった。
一瞬の静寂の後。
リゾート階層は、前回をも凌ぐ爆発的な大歓声と熱狂に包まれた。
「「「うおおおおおおっ!! なんだ今の魔法はぁぁぁっ!?」」」
「天罰だ! 迷宮の主が、天から直接雷を落としやがった!!」
「最高だ! 賭けの対象にもならねぇ圧倒的な瞬殺ショーじゃねぇか!」
拍手喝采と狂乱の宴が始まる中、高級エキサイティングシートに座っていた賢人会のマスターたちは、一般客とは違う意味で顔色を変えていた。
「……おい、爺さん。今の、ただの攻撃魔法じゃないわよ」
「ああ……。奴ら、空の彼方に『目』と『砲台』を置きよった。どこに隠れようと探し出し、一方的に撃ち下ろすシステムじゃ。あんなもの、防ぎようがないぞ……」
彼らは、迷宮国家が手に入れた「情報と暴力の究極の優位性」を瞬時に理解したのだ。
数時間後、宇宙基地から戻ってマスターズ・チェンバーで休んでいた俺の元に、血相を変えた賢人会の五人が押し掛けてきた。
「シン! お主、とんでもないモノを造りおって!」
「爺さんたち、どうした? バカンスに飽きたか?」
俺がわざととぼけると、老魔術師はギラギラとした目で俺の前に大粒の魔力結晶(DPの塊)の入った袋をドサリと置いた。
「頼む! あの空から世界を監視するシステム(GPS)、我々にも利用させてくれ! 莫大なDPを支払う! あれがあれば、我々の迷宮の周辺状況も、敵の動向も手に取るようにわかる。通信網としても完璧じゃ!」
「あたしたちの迷宮でも使わせて! いくらでも払うわ!」
五人のマスターが、プライドも何もなく頭を下げてきた。
「……ま、まあ、五分の同盟だしな。端末を貸し出すくらいなら、いいぞ」
俺が引きつった笑顔で頷くと、彼らは狂喜乱舞して帰っていった。
それと入れ替わるように、今度は世界を牛耳る大商人たちの代表が、ミラージュに連れられて部屋に入ってきた。
「マスター・シン! どうか、どうか我々のお願いを聞いていただきたい!」
商人たちは、床に額をこすりつける勢いだった。
「リゾートのスクリーンで、あの一瞬映った『世界地図』……我々の目は誤魔化せません。あの海には、まだ見ぬ新大陸や無数の島々がありましたね!?」
俺はため息をついた。商人たちの嗅覚を舐めていた。
「あそこには、未知の資源、香辛料、そして新たな市場が眠っているはずです! マスター、我が商会全財産……いや、未来の利益の半分を献上いたします! どうか、安全な『航路データ』と、あの現在地がわかる魔道具(GPS端末)を売っていただけないでしょうか!」
「うちの商会もです! 言い値で買います!」
新大陸という未曾有のビジネスチャンスを前に、商人たちの目は完全に血走っていた。
彼らにとって、正確な地図とGPSは、どんな武具やポーションよりも価値のある「莫大な富を生む魔法の鍵」なのだ。
「……わかった。航路データの一部と、端末のレンタル権をオークションにかける。ミラージュ、仕切れ」
「はい、マスター。ふふっ……商人たちの全財産を絞り上げて差し上げましょう」
ミラージュが極悪な笑みを浮かべて商人たちを別室へ連れて行くのを見送り、俺は玉座に深く沈み込んだ。
『マ、マスタァァァァァァァァァッ!!!』
そして、お約束のように、ルリの絶叫がチェンバーに響き渡った。
「言わなくていい……ルリ、もう何も言うな……」
『賢人会様たちからの莫大な利用料と、商人さんたちからのオークションの予約金! さらに新大陸発見のワクワク感と、残党殲滅の熱狂で! うちのDPが、宇宙基地の建設費用の三倍になって返ってきちゃいましたぁぁぁっ! もうメーターが壊れそうですーっ!』
「……だから、宇宙開発なんて金と魔力の無駄遣いになるはずだっただろうがぁぁっ!!」
俺の悲痛な叫びは、またしても莫大なDPの輝きにかき消されていく。
究極の防衛網と世界地図を手に入れ、絶対的な覇権を握ってしまった迷宮国家。
俺の「DP無駄遣い計画」は、世界中から富と信仰を根こそぎ掻き集める「最強の錬金術」へと姿を変え、俺を底なしの豊かさの泥沼へと引きずり込んでいくのだった。




