第103話:機巧魔神の進軍と、狂熱の特等席(エキサイティングシート)
第103話:機巧魔神の進軍と、狂熱の特等席
大深緑の迷い森の境界線が、地鳴りと共に揺れていた。
「進め! 進めェッ! 我が帝国の悲願、世界を統べる時が来たぞ!」
帝国軍の総司令官が、装甲馬車の上から狂気じみた声を張り上げる。
彼らの背後には、天を衝くほどの巨体を誇る鋼鉄の怪物――古代の禁忌兵器『機巧魔神』が、赤黒い魔光を放ちながらズシン、ズシンと大地を踏み砕いて進んでいた。
周囲の森から魔力を根こそぎ吸い上げ、触れるものすべてを灰燼に帰すその圧倒的な威容。数万に及ぶ帝国軍の精鋭たちは、無敵の神を従えた狂信者のように目を血走らせ、憎き迷宮国家への侵攻を開始したのだ。
「フハハハ! 見たか、このマキナの絶大なる力を! どんな防壁も、どんな強大な魔物も、この主砲の前では塵芥に過ぎん! 今日こそ、あの生意気な迷宮を更地にし、すべての富を我が帝国が奪い尽くすのだ!」
帝国の将兵たちは、勝利を疑っていなかった。
彼らの前には、ただ蹂躙されるだけの無力な迷宮が待っているはずだった。
――しかし、彼らは知る由もなかった。
自分たちの命を懸けたこの「悲壮なる大侵攻」が、迷宮側にとっては何の脅威でもなく、極上の『無料エンターテインメント』として消費されようとしていることを。
***
「さあさあ皆様! いよいよ本日のメインイベント、帝国軍の命知らずな特攻ショーが始まりました! 賭けの受付はまもなく終了となります!」
第3都市『リゾート階層』の巨大な白砂のビーチ。
そこには、空中に投影された数十メートル四方の超特大魔法ホログラムスクリーンが浮かび上がり、帝国軍の進軍風景がくっきりと映し出されていた。
「ひゃっほう! 帝国軍、全滅まで三十分ってところに金貨百枚賭けるわ!」
「甘いな、わしは十五分で火の海になると見た。マキナの左腕が吹き飛ぶのに白金貨十枚じゃ!」
スクリーンを見上げる特等席には、豪華なソファに深く腰掛けた賢人会のマスターたちや、同盟国の獣王、エルフの長老たちが、冷えたトロピカルジュースやポップコーンを片手に大熱狂していた。
一般の冒険者や住民たちも、屋台の飯を頬張りながら「やれやれ、また馬鹿が来たぞ」「あのロボットみたいなの、強そうだけどガストン親方のマグマで溶けるんじゃね?」と、まるでスポーツ観戦のような気楽さでスクリーンを見上げている。
「……本当に、これでいいのか、マスター?」
俺の隣で、レオンハルトが呆れたように呟いた。
「いいんだよ。せっかくあの『無駄な過剰防衛階層』の維持費でDPを食い潰そうと思ったのに、こいつらがアトラクションとして遊ぶせいで逆に黒字になっちまったんだ。帝国軍が実弾テストを兼ねて派手に散ってくれれば、少しはストレス発散になるだろう」
俺が苦笑すると、スクリーンの中で帝国軍が、いよいよ第一の防衛線――ファウストが設計した『魔導機巧階層』へと足を踏み入れた。
『目標、侵入確認。これより迎撃シーケンスに移行します』
冷徹な機械音声が響いた瞬間、スクリーンの中の光景が一変した。
「な、なんだここは!? 床がすべて鋼鉄で……ひぃっ!?」
帝国兵が悲鳴を上げる間もなく、壁と天井に隠されていた無数の砲門から、超高熱の魔力レーザーが嵐のように降り注いだ。
『ギャアアアアッ!』『盾が、魔法障壁が紙屑のように……ッ!』
阿鼻叫喚の地獄絵図。数万の軍勢が、ファウストの容赦ないレーザー網と、自律駆動する白銀の迎撃ゴーレムたちによって、文字通り「すり潰されて」いく。
「おおおっ! いいぞ、やっちまえーっ!」
「あのビーム、前より出力上がってないか!?」
リゾート階層の観客席からは、まるでホームランが飛び出したかのような大歓声と拍手が沸き起こる。
「ええい、怯むな! マキナを前へ出せ! 主砲でこのふざけた階層ごと吹き飛ばしてしまえ!」
帝国の総司令官が泡を飛ばして絶叫する。
その声に応えるように、機巧魔神が胸部の装甲を展開し、周囲の魔力を一気に収束させ始めた。空間が歪むほどの超高密度のエネルギーが、太陽のように輝き、すべてを消し飛ばすべく放たれようとした――その時である。
『おおおおお! 我が愛しのガラクタよ! その構造、その魔力回路、たまらん! だが、その主砲を撃たれては貴重なコアが傷ついてしまうではないか!』
突如、マキナの頭上に、白衣を翻したファウストが空間転移で出現した。
彼の目は、狂気と歓喜で血走っている。
「なっ……何奴だ!」
「失礼、ただのしがない『解体業者』ですぞ! さあ、私のために美しくバラバラになりなさい! 【重力崩壊】!!」
ファウストが両手を振り下ろした瞬間、マキナの巨体を、常軌を逸した超重力が圧殺した。
『ギ……ギギギ……ガガァァァァッ!!』
禁忌の兵器が、まるで空き缶を潰すかのようにひしゃげ、関節から火花とオイルを吹き出して膝をつく。
「な、馬鹿な!? 帝国の最高兵器が……たった一人の人間に……!」
総司令官が絶望に顔を歪める中、さらに追い打ちをかけるように、大地が割れ、灼熱のマグマが噴き出した。
「ガハハハッ! おいファウスト! 俺の『溶岩階層』の出番まで残しておいてくれよ!」
マグマの中から現れた巨大な火竜の背に乗ったガストンが、豪快に笑いながら大槌を振り下ろす。
「ええいガストン殿! 我が騎士団の『重鎧部隊』の陣形も見せ場を作らねば!」
レオンハルトの号令と共に、数万の動く重鎧が地鳴りを立てて帝国軍の残存兵を包囲していく。
圧倒的。理不尽。あまりにも残酷な蹂躙。
帝国が全勢力を結集して起動させた『機巧魔神』は、主砲を一発も撃つことすら叶わず、幹部たちのオーバーテクノロジーと暴力の前に、わずか十数分で無惨な鉄屑へと成り果てた。
「ひ、ひぃぃぃ……ば、化け物……迷宮の連中は、神すらも恐れぬ化け物だぁぁっ……!」
総司令官は腰を抜かし、完全に心が折れた帝国兵たちは、武器を放り出して泣き叫びながら降伏した。
***
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
「すげえええ! 帝国軍、瞬殺!!」
「ファウスト様の解体ショー、最高だったぜ!」
スクリーンの中継が終わると同時、リゾート階層は割れんばかりのスタンディングオベーションに包まれた。
空には祝砲のような花火の魔法が打ち上がり、誰もが極上のエンターテインメントに酔いしれて美酒を煽っている。
「ふむ……マキナの装甲、なかなか見事な造りじゃった。わしの迷宮のゴーレムにも組み込んでみるかの」
賢人会の老魔術師が、満足そうに髭を撫でながら賭けの配当金(魔力結晶)を受け取っている。
「……あーあ。結局、俺の出番は一切なかったな」
玉座から立ち上がり、窓の外の狂騒を見下ろしながら、俺は深いため息をついた。
帝国軍の絶望的な侵攻は、我が迷宮の過剰すぎる防衛力の前では「ちょっと派手な余興」程度にしかならなかったのだ。
『マ、マスター!!』
そこへ、またしてもルリが信じられないものを見るような目で駆け込んできた。
「今度は何だ。ファウストがマキナのコアを暴走でもさせたか?」
『違います! またDPです!』
「は?」
『帝国軍が発した極限の「絶望と恐怖」、そしてそれを観戦していたリゾートのお客さんたちの「超絶な興奮と歓喜」が合わさって……DPの桁が、さらに二つ増えちゃいましたぁぁぁっ!!』
「…………」
俺は、青ざめた顔でスクリーンとステータス画面を交互に見比べた。
使っても使っても、それ以上のバグのような勢いで増殖し続けるDP。もはやダンジョン経営という枠を完全に逸脱し、この迷宮国家は世界のエネルギーのすべてを飲み込むブラックホールになりつつある。
「……ミラージュ。至急、幹部たちを戻らせろ。この天文学的なDPを消費するための……『第4都市(宇宙開発拠点の)建設会議』を開く」
「宇宙、ですか。ついにマスターの狂気が天を衝きましたね。承知いたしました」
帝国の壊滅という世界を揺るがす大事件の裏で、俺たちの「嬉しくも恐ろしいDP消費の闘い」は、さらなる未知の領域へと突入しようとしていた。




