第102話:飽和する幸福と、無駄遣いの防衛階層
第102話:飽和する幸福と、無駄遣いの防衛階層
第3都市『リゾート階層』が華々しくオープンし、「絶対平等の楽園」としての絶対的な地位を確立してから、早くも一ヶ月が経過した。
ガルダル王国のザバン伯爵の「木箱送り返し事件」以降、ルールを破る愚か者は完全に姿を消し、階層内は完全無欠の平和と活気に包まれていた。
「……ふぅ。今日も平和だな」
マスターズ・チェンバーの玉座で、俺は最高級の果実水を傾けながら深く息を吐いた。
リゾートの建設には、これまで溜め込んだ天文学的なDPのほぼすべてを注ぎ込んだ。一時は「やりすぎたか?」とも思ったが、結果として迷宮の住民たちは英気を養い、外部の権力者たちはすっかり骨抜きになっている。まさに完璧な投資だった。
これからしばらくは、再び地道にDPを貯める堅実な経営に戻るだろう――そう思っていた、矢先のことだった。
『マ、マスタァァァァーッ!!』
扉をバンッと開け放ち、ルリが涙目で駆け込んできた。
その後ろから、テトが「キュイイイッ!」と非常事態を告げる鳴き声を上げながら転がってくる。
「どうしたルリ! まさか帝国軍が攻めてきたか!?」
『違います! DPです! DPがまた爆発しそうですぅぅぅっ!』
「……はい?」
俺は慌てて空間にステータス画面を展開した。
そこに表示されたDPの現在値を見て、俺は持っていたグラスを取り落としそうになった。
「な、なんだこの数字は……ッ!? リゾート建設前の、3分の2まで回復しているだと!?」
空っぽに近かったはずのDPタンクが、たった一ヶ月で再び満杯になろうとしている。
遅れて入室してきたミラージュが、書類の束を片手に呆れたような笑みを浮かべた。
「無理もありません、マスター。リゾート階層の大成功は、私たちの想像を遥かに超えていました。連日押し寄せる世界中の大富豪や貴族たちが、高級エリアで湯水のように金(魔力)を落とし、賢人会のマスターたちに至っては、自身の迷宮の魔力を直接支払ってまで長期滞在しています。さらに、住民たちの幸福度(ポジティブ感情)の還元率が異常な数値を叩き出しているのです」
「幸福の過剰摂取でダンジョンが破裂するってのか……!? ふざけるな、至急幹部たちを集めろ! 緊急方針会議だ!」
***
数分後、円卓には再び迷宮の最高幹部たちが顔を揃えていた。
「――というわけで、このままではDPがカンストして空間が暴走する。今すぐ、莫大なDPを『無駄遣い』する方法を考えろ」
俺がヤケクソ気味に宣言すると、幹部たちは顔を見合わせた。
「無駄遣い、と言われましても……街のインフラは完璧ですし、これ以上娯楽施設を増やしても、さらにDPの還元率を上げるだけかと」
リリアが困ったように首を傾げる。
「なら、金と魔力だけをバカ食いして、一銭の利益も生み出さない『過剰な防衛階層』を作るしかない。ぶっちゃけ、今は誰も攻めてこないから完全に無駄だが……背に腹は代えられん。お前たち、自分の理想とする『最強の防衛階層』を一つずつ提案しろ。予算の糸目はつけん。全部採用してやる」
俺の言葉に、幹部たちの目の色が一瞬にして変わった。
「予算上限なしの階層作り」など、彼らにとって最高のおもちゃを与えられたに等しいからだ。
「おおおっ! ならばマスター!」
最初に身を乗り出したのは、異端の学者ファウストだった。
「私に『魔導機巧の階層』を作らせてください! 床も壁もすべて最高純度の魔鋼鉄で覆い、無数のレーザー網と自律型迎撃ゴーレムを配備します! いずれ来る帝国の『機巧魔神』の残骸を運び込み、解析するための前線基地としても完璧です! 維持費だけで莫大なDPを食い潰せること請け合いですぞ!」
「よし採用だ。心ゆくまでレーザーを張り巡らせろ!」
俺が即答すると、負けじとガストンが太い腕を突き上げた。
「ガハハハ! それなら俺は『灼熱の溶岩階層』だ! 階層全体をマグマの海にし、そこら中に巨大な自動鍛冶場を設置する! 火竜の群れに防衛させつつ、ひたすらミスリルを打たせ続けるんだ! 暑すぎて普通の人間は一歩も入れねぇ、完全な自己満足の階層だぜ!」
「いいぞガストン! マグマの温度は最高まで上げろ!」
「……ならば、妾は『極夜の幻影階層』を所望するわ」
キュウビがキセルを揺らしながら妖艶に微笑む。
「空間そのものを歪ませ、入るたびに構造が変わる無限迷路。美しく咲き誇る致死の毒花と、永遠に終わらない夜。膨大な魔力を垂れ流し続ける、最強の結界階層よ」
「……我が騎士団からは、『剣山と白銀の要塞階層』を提案します。数万の動く重鎧を配置し、ひたすら陣形訓練を行わせる。もはや誰も突破できない、純粋なる武の壁です」
レオンハルトまでが、静かに、しかし熱い情熱を込めて提案した。
どれもこれも、現在の平和な迷宮には全く必要のない、オーバーテクノロジーと過剰戦力の塊である。作れば作るだけ大赤字になる、究極の「無駄な防衛階層」たちだ。
「よし、全部承認する! 今すぐ着工しろ! 溢れそうなDPをすべて吐き出せ!」
俺の号令のもと、幹部たちは嬉々として会議室を飛び出していった。
それから数日。計画通り、莫大なDPは信じられない速度で消費され、俺たちの迷宮には4つの「超絶・過剰防衛階層」が立て続けに完成した。
ステータス画面のDPは無事にスッカラカンに近づき、俺は「これでしばらくは安心だ」と、深い安堵の眠りについたのだった。
――そして、さらに一ヶ月後。
『マ、マスタァァァーッ!!』
またしても、マスターズ・チェンバーにルリのパニックボイスが響き渡った。
「ど、どうしたルリ!? 防衛階層の維持費でDPがすっからかんになって、魔物が消えそうなのか!?」
俺が飛び起きると、ルリはぶんぶんと首を横に振った。
『違います! すっからかんになったはずのDPが……たった一ヶ月で、また元の3分の1まで回復しちゃってますーっ!』
「…………は?」
俺は思考がフリーズした。
何の意味もない、ただの金食い虫である過剰防衛階層を作ったはずだ。なぜ、猛烈な勢いでDPが回復しているのだ。
「……マスター。ご報告いたします」
ミラージュが、どこか遠い目をしながら影から現れた。
「実は……あの『超絶・過剰防衛階層』の噂が、リゾートに滞在していた高ランク冒険者や賢人会のマスターたちの耳に入りまして……」
「嫌な予感しかしないんだが」
「『リゾートの平和ボケを吹き飛ばす、世界最高難易度の究極アトラクションができたぞ!』と、彼らが大熱狂して連日アタック(挑戦)を仕掛けているのです。防衛網を突破しようと奮闘する彼らの強烈な『闘争心』と『興奮』、そして見物客からの莫大な賭け金(魔力)が還元され……ええと、維持費を上回る黒字を叩き出しております」
「うそだろおおおおおっ!?」
ファウストのレーザーを紙一重で避けて歓喜する冒険者。
ガストンのマグマ階層で汗だくになりながら己の限界に挑む武闘家たち。
そして、それを見下ろしながらバカ騒ぎする賢人会の爺さん婆さんたち。
「……もう、どうすればいいんだよ……」
俺は玉座に崩れ落ち、盛大に頭を抱えた。
世界一安全で、世界一過酷な迷宮国家。その底知れぬ成長とエネルギーの循環は、主である俺の制御すらも凌駕し、果てしない高みへと爆走を続けているのだった。




