第10話:深緑の防衛線と、名もなき王の迷宮
第10話:深緑の防衛線と、名もなき王の迷宮
迷宮の拡張計画を発表してから数日。
テト率いるウルフ騎兵隊が、森の探索中に「大物」を見つけてきた。
「マスター! 森の東部で、巨大な蜘蛛の群れと、それを統率する『半人半蜘蛛』の魔物と接触しました!」
報告を受けた俺は、ガルムたちを連れてすぐさま交渉に向かった。
森の奥深く、木々にびっしりと白い糸が張り巡らされた領域。そこにいたのは、数十匹の巨大なフォレストスパイダーと、その中心で艶やかな女性の上半身と巨大な蜘蛛の下半身を持つ魔物――『アラクネ』だった。
「……何用だ、人間の男。我らの領域を荒らすというなら、容赦はしない」
アラクネの女王は警戒心を剥き出しにしていた。彼女たちは森の魔力バランスの変動(俺のダンジョンが原因だ)により、住処を失いかけてピリピリしているらしい。
「荒らすつもりはない。俺はダンジョンマスターのシンだ。お前たちのその『強靭な糸』と『統率力』を高く評価している。……俺の迷宮に来い。安全な住処と、極上の獲物を約束しよう」
俺は敵意がないことを示すため武器を引き、真っ直ぐに彼女の目を見た。
数分の睨み合いの後、彼女は俺の背後に控える進化したゴブリンたちやテトの只者ではない気配を察し、小さくため息をついた。
「……良いだろう。飢えて野垂れ死にするよりは、貴様の『家』を見てから決めてやる」
そうして迷宮に案内されたアラクネの女王は、快適な環境と潤沢な魔力に驚愕し、あっさりと俺への臣従を誓った。
俺は彼女に**『セリア』**という名を与え、配下の蜘蛛たちごと集団テイムした。
***
「よし、ルリ! 保有DP 800 を一気に解放する! 第3層の構築と、居住区のスライドだ!」
『了解しました、マスター! ダンジョン大拡張、いきます!』
ゴゴゴゴゴ……!
地鳴りとともに、ダンジョンが新たな階層を産み出す。第2層にあった「森の集落」と「コモンルーム」、そして俺たちの個室が、丸ごと新設された『第3層』へと移動していく。
そして、完全な空洞となった第2層。
俺はここを、セリアたち蜘蛛一族の住処であり、侵入者を絡め取る『第二防衛線』として割り当てた。
「セリア。カルクと協力して、このフロアを『糸の迷宮』にしてくれ」
「ふふっ、お任せを我が王。踏み込んだ者すべてを、一歩も歩けぬよう雁字搦めにして血を啜って差し上げますわ」
カルクが設計した複雑な迷路に、セリアたちが不可視の粘着糸と鋼糸を張り巡らせる。
これで防衛網は完璧だ。第1層の物理罠を運良く突破した強敵がいても、第2層の暗闇の中でセリアたちモンスター軍団による直接迎撃と拘束が待ち受けている。第3層の居住区は、もはや絶対不可侵の聖域となった。
***
その夜。
さらに広くなった第3層のコモンルームで、新参のセリアたちを歓迎する大宴会が開かれた。ログが振る舞うビッグホーンの極上シチューに、住民たちの笑顔が弾ける。
宴もたけなわとなった頃、俺は木のジョッキを叩いて注目を集めた。
「皆、聞いてくれ。三つの階層、強固な防衛線、そして多種族の仲間たち。……俺たちの『家』は、もう名無しの穴ぼこじゃない。今日、この迷宮に正式な名前を付けようと思う」
おおっ、と歓声が上がる。
『マスター! どんな名前がいいですか!?』
「キュイッ!」
「そうだな……みんなの意見も聞きたい。何かあるか?」
ガルムが「『鉄砕の迷宮』!」と物理攻撃力高めな意見を出し、ログが「『満腹迷宮』!」と食欲全開な名を叫ぶ。セリアは「『白濁の糸宮』などいかがでしょう?」と艶然と笑い、テトは「キュー(にんじん)!」と答えた。
俺は苦笑しながら、ルリの青い輝きを見つめた。
自分の本当の名前すら、モザイクがかかって思い出せない俺。
ここは広大な大深緑の迷い森であり、俺たちは拡張するたびに地下深くの奈落へと沈んでいく。
「……決めたぞ」
俺が口を開くと、コモンルームが水を打ったように静まり返った。
「俺は記憶のない、名もなき男だ。だからこそ、この迷宮そのものが俺たちの証明になる。森の深淵に根を張り、侵入者を底なしの奈落へと引きずり込む場所」
俺はジョッキを高く掲げた。
「この迷宮の名は――**『深緑の無名奈落』**だ!」
一瞬の静寂の後、ダンジョンが震えるほどの凄まじい歓声と咆哮が巻き起こった。
『深緑の無名奈落! かっこいいです、マスター!』
ルリが嬉しそうに激しく明滅し、システムウィンドウが虚空に浮かび上がる。
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【ダンジョン名】深緑の無名奈落(NEW)
【マスター】シン(Lv.7)
【コア】ルリ(ダンジョンLv.3 ↑UP)
【階層】全3層(第1層:物理罠層、第2層:粘糸迷宮層、第3層:居住層)
【自然回復量】350 DP / 日
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ついに迷宮は名を冠し、ダンジョンレベルも上がった。
だが、この強大な魔力の波動と「名付け」による世界の認識は、いよいよ迷いの森のさらに外側――人間たちの国家の魔導レーダーに、明確な『脅威』として赤々と表示されることを意味していた。




