中編
転校生二人がこのクラスにやってきて二ヶ月が経過した。
やはりこちらの正体はばれなかった。
このまま特に関わることなく互いにただのクラスメイトとして一緒にクラスの危機を乗り越えていこうぜ、という程度の関係に落ち着きたいところだが、一つだけ問題が発生してしまった。
そしておそらく、今日もその問題が発生する。
授業が終わった後の自由時間、寮に帰るもよし、遊びに行くもよしな自由時間になったその瞬間、私の席に二人の生徒が群がった。
その二人の手には近くのスーパーのチラシが。
「小麦粉とお砂糖が安いみたいですよ、個数制限あるそうです」
「粉物は重い。男手があった方がいいだろう」
両方から穴が開くような目でじいっと見つめられる、どうしてこうなったのだろうか。
私は今から一月前、おひとり様一つずつの玉子とバターのセールに付き合ってもらったお礼として転校生殿にクッキーの詰め合わせセットをご進呈した。
そしたら転校生殿はなんかやたらと気に入ったらしく、ちょいちょい私からのお礼を手に入れようと余計なお世話を焼き始めた。
そしてそれにムムッ、となったマイフレンドがそれに張り合い始めた。
そういうわけで現在、近所のスーパーで個数制限があるタイプのセールがあるとチラシ片手に買い物の付き添いを名乗り出るほどまでにエスカレートしてしまったのである。
どうして、どうしてこんなことになってしまったのか。
「……砂糖も小麦粉も足りてるので、今日はスルーで」
事実である、嘘ではない。
今私の冷蔵庫で不足しているものは玉ねぎだけである。
それもすぐに必要なわけじゃないので、今日はおとなしく寮に帰って予習復習をするだけの予定だった。
今日はいらないと言った私に、二人はあからさまにしょぼくれた。
「そうですか……そういうことならわかりました、また何かあったら是非わたしにお声がけくださいね、お友達ですもの、出来ることならなんでもやります」
「そうか、ならいい。何かあったらまた声をかけてくれ、大恩あるお方の頼みならなんでも引き受けよう」
ほぼ同時だった、それなのに聞き取った私を誰か盛大に褒めて欲しい。
同時に言った二人は「む……」という顔で互いの顔を見る。
「……なんかあったらその時にこっちから頼みますので、自分から名乗り出なくていいから。ほら、散った散った」
しっしと手を振ると二人は名残惜しそうな顔で去っていった。
二人の姿が見えなくなる。盛大に溜息を吐くと、それと同時に後ろから何者かの腕が回った。
ギラリと顔の下っ側で鋭く冷たい輝きが。
「ハロー、クソ魔女。随分ご執着されているが、お前本当は毒とか怪しいクスリとか盛ってんじゃない?」
聞こえてきたのは男にしてはやや高めの声、マイフレンドのお付きの暗殺者のものだった。
このやりとりももう三回目だ、なんでこうなったんだ本当に。
「盛ってないって言っているじゃないですか。というかマイフレンドの分はあなたがちゃんと毒味してるでしょう?」
「そうだけどさあ、主サマはともかくあの聖剣使いサマまでご執心ってのはなんかカラクリがあるんじゃねーの? ああ、ひょっとして聖剣使いサマの方にだけ盛ってる?」
「盛ってませんってば。しつこいですね毎度毎度。私だってなんであんなになったのかわかりませんよ」
「…………だよなあ。なんであんたの菓子程度で二人ともあんなになってんだ。美味いっちゃ美味いけど素人レベルだろ、あれ」
「ええ。私のお菓子はどう頑張っても素人レベル。……二人とも、そんなに甘いものが食べたいのなら近所の菓子屋さんにでもいけばいいのに」
「あー、あそこの菓子超美味いよね、高いけど」
「ええ、絶品です……本当に高いですけど」
「アマリリスじゃなくても、向日葵堂とか二丁目の甘味さんとか……あの辺ならたまのお菓子にはちょうどいい気がする」
確かにそのあたりだったら値段もおいしさもちょうどいいと思う。
それにこの学園の近所はスイーツ激戦区らしく、適当に歩いても大体菓子屋を見かける程度に充実しているのだ。
「ですね。私にたかるために毎日チラシチェックするくらいだったら普通にその辺りに通った方が余程いいでしょうに」
「ねー。……うーん、今度主サマとスイーツ巡りでもしよっかな、アンタの菓子なんか目じゃなくなるくらいの店を探しに」
「どうせなら転校生ズも誘ってあげてくださいな」
そう軽口を叩いてみると後ろから「善処するよ」の声と共に喉に突きつけられていたナイフの刃が離れていった。
私は菓子作りをする際、寮に備え付けられている台所スペースを使う。
作るのは週に二日ある休日のどちらかが多い、作るものは毎回気まぐれ。
うちの寮には料理好きな人間はあんまりいない、なのでここをまともに使っているのは私含めてせいぜい三、四人程度だろうか。
そういうわけなので特に誰にも邪魔されずに自由気ままに菓子作りを行える場所、だった。
過去形である、残念ながら。
後ろの方から視線を感じる。
振り返るような愚行は犯さない、気付いていないふりをする方が賢い。
誰がいるのかはわかっている、マイフレンドと転校生殿である、とうとう作ってるところに突撃してくるようになってしまった。
あとこれまでのことを踏まえると天井裏にも一人潜んでいる。
天井裏の暗殺者は宣言通りマイフレンドと転校生ズを引き連れてスイーツ巡りに行ったらしいが、その後も状況は改善されなかった。
変わらないどころか若干悪化した、その原因がそのスイーツ巡りというわけではないのだろうけど。
どうしたものかと溜息を吐きつつオーブンの残り時間を見る、あと数十秒だった。
ちなみに今日はラズベリーとチョコのパウンドケーキを作っている。
念の為と増量はしなかった、今日と直近数日のおやつにするのなら一本で事足りるので。
そろそろ、もうそろそろ、あの二人を甘やかすのは良くないと思ったのだ。
たまにお礼にとちょっと渡す程度なら別にいい、けれど最近はそうではない。
関係が悪化するのは避けたいが、ここら辺で一度ビシッと言ってやらねばなるまい。
お前らいい加減にしろよ、と。
なんて決意を固めているうちに焼き上がりの時間となった。
中から型を取り出して生焼けになっていないかを確認。
型から取り外し、魔法も使って粗熱を取っていたら後ろの方から何やら言い争うような声が。
そこで初めて気がつきましたよみたいな顔で振り返ってみると、マイフレンドと転校生殿がティーポットの奪い合いをしていた。
「何を、やってるんです?」
二人はそこで動きを止めた、けれども両方ともティーポットから手を離そうとはしなかった。
「お茶を淹れようと思ったのです。とてもいいものが手に入ったのでよければご一緒に」
「故郷からいい茶葉を取り寄せた、あなたの甘味によく合うだろう」
ちらりと二人が手に持つ茶葉に記載された名称を読み取ると、どちらも高級なことで有名な茶葉だった。
すごくお高いやつだった、両方とも。
……今回は、流石に許すしかないか。
助けを求めるように上を見上げるとやっぱり暗殺者が天井から降ってきたけど、あんまり役には立たなかった。




