前編
そこそこ修羅っていた修学旅行が終わってはや二週間。
季節外れにも程があるが、本日我が二年E組に新たな仲間が二人加わることになった。
修学旅行にて二年E組が共闘することになった隣国の姫巫女様と聖剣使いである。
並ぶと腹が立つくらいお似合いの二人を見て、自分の顔が思い切り引き攣ったのがわかった。
いい加減、うちのクラスに問題のある生徒を増やさないでいただきたいものだ、そろそろ学園長及び教師陣その他にテロ紛いの抗議を行なっても許されると思う。
カトレア魔法学園二年E組には、七年前に滅んだ帝国のお姫様が所属している。
その帝国を滅ぼした王国から血眼で探されている御方である、もしもこの姫君がこの学園に匿われていると王国の連中が知れば、総戦力でこの学園に襲撃してくる可能性がある。
いくら本人が無害であっても、そんなやべぇ連中に狙われている姫君が身分と姿を誤魔化しているとはいえ普通に学生やっているクラス、というだけでやばい。
けれどもやばいのはそれだけではない。
この学年の生徒には、何故だか問題を抱えた生徒が異様に多かった。
その筆頭が亡国の姫君であることには代わりないが、他のメンツも中々の経歴を持っている。
元大怪盗、現役暗殺者、不老不死の失敗作、妖精と悪魔のハーフ、海賊の娘、カルト教の元御神体、賢者が乱交パーティーでぽこじゃか産ませた兄弟姉妹約五名、その他にも色々と。
そんなヘンテコかつ何かあった時に大騒動に発展しかねない経歴を持つ生徒達に頭を抱えた教師達は、悩みに悩んだ末、ばらけさせると何かあった時に逆に面倒と、そのヘンテコ経歴の生徒達を全員一つのクラスにぶち込んだのである。
こうしてこの学園一どころかこの世界一やばいクラスが誕生してしまったのであった。
なお私自身も問題のある生徒に該当するが、別に大したことはない。
私の場合、初恋拗らせて闇落ち+異形化して半年くらい暴走してた時期があっただけ。
それで万が一生きているのが故郷の人々にバレたらぶっ殺されるのがほぼ確定してる程度のささやかなものである。
転校生達は一応お忍びのつもりなのか偽名を名乗った。
E組の連中はほぼ全員彼らと顔を合わせているので今更偽名を使われたところで無意味な気もするが、体裁というものがあるのだろう。
ビッグネームではあるが後ろ暗い過去があるわけではないので、うちのクラスだとまだマシな経歴の持ち主かもしれない。
が、姫巫女を狙う悪い奴らが学園にカチコミにでもきたらあの修学旅行の再演になりかねない、それはすごく嫌だ。
何故学園側はあんな受け入れたら面倒な生徒を転入させてしまったのだろうか、そして何故世界一カオスである我がクラスにぶち込んでしまったのであろうか。
お高くとまっているいけすかないA組にでも入れてくれればよかったのに。
それで姫巫女を狙う悪いやつに教室を爆破でもされてしまえばいいんだ、そしたらE組全員で高笑いをしてやれるのに。
神は理不尽である、何故このような苦難を我がクラスに与えたもうたのか。
というか普通に教師陣の凶行だった。
今度マイフレンドをけしかけて学園長の育毛剤を脱毛剤にすり替えてやろうか。
マイフレンドもどうせ現状に内心頭を抱えているのだろうし、多分乗ってくれる気がする。
とはいえ、ビッグネームなだけで後ろ暗い過去がない分、このクラスではかなりまともな部類である。
だからこそ、別のクラスに振り分けてもらいたかったのだけど、ダメだったのだろうか。
A組に行って欲しかった、割と切実に。
何故このクラスの戦力を増幅してしまったのだろうかうちの教師陣は、確かに後ろ暗い過去がない上に修羅修学旅行で恩を売った相手なので、亡国の姫君その他に何かあった時に心強い味方になってくれそうな感じではある。
実際、クラスのほとんどの連中がそうだと受け入れて、二人のことをそこそこ歓迎している。
私だって本当はそちら側につきたいのだが、今回は無理である。
何故かというと理由は至極単純で、あの二人は私が闇落ち異形化する前の顔見知りなのである。
顔見知りというか、姫巫女の方は普通に姉である、何もかも似てない双子の。
闇落ち異形化してそのままこの国に流れ付き、マイフレンドにフルボッコにされて人間に戻った私は、過去の経歴を全部偽ってただの学生をやっている。
帰ろうと思えばあの時点で帰れたのだろう、けれども前の私の人生はあまりにも惨めだったので、死んでしまえばいいと誰も彼もが思うほど出来が悪い人生でしかなかったので、私はここで前の自分を完全に捨ててしまうことにした。
そのままどこでももいる一般人として極々普通の人生を歩むつもりだったのに、まさか自分の過去を知るものが目の前に現れてしまった。
バレたら面倒なことになる、すごくすごく面倒なことになる、というか普通に殺される可能性が高い。
助けてマイフレンドと思いはしたもののあの子の方がよほど大変な人生を歩んでいるので頼れまい。
とはいえ、幸運なことにうちの学生服は真っ黒なてるてる坊主を思わせる顔を隠せるタイプのローブだったため、現時点ではあの二人はこちらの正体に気付いていないようであった。
間抜けだと思いつつ無理もないかと安堵した。
なんせもう五年である。
五年も前にほぼ死んだ扱いされたであろう私が普通に生きていて、普通に何食わぬ顔で学生やってるだなんて思ってもいないだろう。
転校生二人がこのクラスにやってきて半月が経過した。
フードの効果かそれとも五年という月日が流れたせいか、はたまた単純に異形化の後遺症でこちらの目と髪の色が変わったからか、私の正体はバレていなかった。
なんか普通に、モブクラスメイトRくらいのポジションになっている。
ちなみにマイフレンドをけしかけて学園長の育毛剤を脱毛剤にすり替える作戦は実行できなかった、というか普通にいい子ちゃんなマイフレンドにそんなことやっちゃダメですよと嗜められた。
マイフレンドは真面目でいい子ちゃんで慈悲深いところが長所であるが同時にそれが致命的な欠点でもある、あの子はもっと悪い子になったほうがいい、そのほうがもっと楽に生きられる。
あんな小さな背に背負えるはずがない、背負うべきではない重みをいつか「えいやっ」と投げ出させるのが私の現時点の目標の一つであったりもする。
そんな目標を持っているからマイフレンドのお付きに割とガチで命を狙われていたりもするが、その程度で気を変えるつもりはない。
ちなみにそんなマイフレンドだが意外なことに、というかよく考えると割と当然な流れではあるのだが、最近転校生な姫巫女と仲がいい。
というかこの前アイス屋に付き合わせた時に聞いて初めて知ったのだけど、実は旧知の仲だったらしい。
そんなわけで今、マイフレンドに話しかけにくい状況が続いてしまっている。
しかし今日は普通に用があるし、なんかもう普通にバレなそうなので放課後姫巫女、ついでに聖剣使いと話すマイフレンドに声を掛けた。
「マイフレンドー、お話中だけどちょっといい?」
後ろから声をかけるとマイフレンドが振り返った、ついでに姫巫女と聖剣使いも。
なんでしょうかと落ち着いた声で聞かれたので、何かシリアスな話をしていたわけではなさそうだと推測して、口を開く。
「この後お暇ならおひとり様一箱のバターと一パックの玉子の安売り手伝って。報酬はバタークッキーとかでどう? リクエストあれば他にも作るけど」
マイフレンドは微妙な顔になった、これは多分ダメなやつ。
「あ、そのごめんなさい、今日は……きょう、は……」
そう言ってお断りの言葉を口にしたマイフレンドが悲しげな顔になる。
そしてボソリと未練がましく呟いた、バタークッキー、と。
マイフレンドは甘味大好きなのだ、そして変に律儀なので「お手伝いできないけどバタークッキー食べたいです」と素直におねだりできない難儀な子なのである。
バタークッキー程度だったら別に報酬でなくともほしけりゃくれてやるのに。
けど、ここでダメなら仕方ないねと言って後でそれとなくバタークッキーを渡そうとすると自分は何もしていないのでとブンブン首を横に振られる、とても悲しげな顔で。
「今日はダメなのね。クッキーよりも大事な用事があるならそっちを優先して。……というか、大抵のことがクッキーよりも優先すべきことだろうし」
「う、ぅ……わかりました」
すごく未練がましい顔をしている、こうしてみるとただの甘いもの大好きな女の子でしかない。
「ま、ダメならダメで別にいいから気にしないで。別に一個ずつで足りるし」
「でも、本当はもう一個ずつ欲しかったから声を掛けたのでしょう?」
「絶対必要ってわけじゃないから。安く手に入るんだったら休みの間にクッキー量産しようかと思ってただけで」
ちょっと前に図書館でイカしたクッキーレシピ集を見つけて、材料が安く手に入るのだったらと思っていただけなのだ。
「クッキー、量産……」
すごく悲しそうな顔をされた、そうだねいつもだったらお裾分けするもんね。
とはいえダメならダメと諦める、量産はまた今度ということで。
「話してる最中に声かけてごめん。じゃ、また明日」
「は、はい……また」
控えめに振られた白い手に苦笑しつつ、自分もヒラヒラと手を振って教室を去ろうとした。
「待ってくれ」
が、後ろからそんな声が聞こえてきた、首だけ振り返ると声の主である聖剣使いがこちらをまっすぐ見ていた。
「なんでしょうか転校生殿」
「その手伝いとやら、彼女ではなく自分が引き受けよう」
「……はい?」
目が点になる、みたいな顔を今の自分はしているのだろうと思う。
普通に、当然のようにその申し出を断った。
前の自分云々という勘付かれると非常に面倒な問題を抱えているのもあるし、それがなくとも相手はほぼ話したことのない異性のクラスメイトである。
けれど、謎に押し切られてしまった。
ちょうど暇だとかなんとか言われて、困っているのなら見過ごせないと。
五年前はもっとぶっきらぼうというか気の利かない奴だったのに、戦う以外の全部がつまらないやりたくないといった態度を全く隠そうともしない問題児だったくせに、随分と成長したものだと思わず感心してしまった。
「付き合わせてしまって悪かったですね」
ひとまず敬語でそう言っておいた、相手がマイフレンドか敵対者でもなければ普段の私は敬語キャラなので違和感はないだろう。
「いや、この程度なら大したことじゃない」
聖剣使いは特に表情を変えることなくそう言った、その手にはバターと玉子のみのものと、バターと玉子とその他菓子の材料が詰まったビニール袋が握られている
「そ、そう……」
重くないし自分のものだから自分で持つ、と言ったのに自分の方が力があるのだからとさっと取られてしまった。
いつからこんな紳士じみたことができるようになったのだろうか、こいつは。
けど、昔から姫巫女や私が何かを重そうに持っていたら無言でサッと奪い取っていたっけ。
なんてことをうっかり思い出してしまった、そういえばあの頃に比べると随分背が伸びた。
あの頃はそれほど差がなかったのに今は見上げないとその顔が見えない。
自分とは違って正当進化した感じだ、顔がいいのはそのままで社交性その他を身につけて人並みに成長したと思われる。
ふと、自分があの時異形化しなかったらどうなったのだろうかと思った。
順当に正当により良いものとして成長するこの男と、その隣で真っ当に美しく成長する姉を見て、きっととても惨めな思いをしていたに違いないと即座に思った。
異形化するほど拗らせた初恋の傷はとっくに完治したはずだが、それでもこの顔を見るとほんのちょびっと心のどこかがチクチクする。
とはいえ、今更子供の頃の恋心をどうにかしようだなんて気にはならないし、もうどうとでもなれって感じだけど。
というかそもそも、自分と彼がどうにかなる未来なんて最初から存在していなかった。
それがわかっていたからこそあそこまで苦しかったのだけど。
誰も彼もがお似合いだと言っていた、ほぼ確定で姫巫女になるであろう姉と、聖剣使いの彼のことを。
私なんかが、私みたいな出来損ないが一人で勝手に恋焦がれて苦しんでいたのだから、それで異形にまで成り果ててしまったのだから、滑稽な話だ。
けれども、滑稽だと笑い飛ばせる程度に傷は薄れた。
ほんの少し先の未来、すっかり綺麗に成長した二人の結婚式に元クラスメイトとして招待されたとしても心の底からの笑顔でおめでとうを言えそうだ、その程度には成長した。
ちなみに私の場合、成長と言っても特殊進化した後さらに変な方向性に走ったので、真っ当な成長ではないし進化前の面影はほぼあるまい。
昔は地味な暗い系魔術師だったけど、今はデバフ盛りまくる性格悪めの魔女だし。
故に今後も気付かれることはないだろう、というか今の時点で全く気付かれていないのでほぼ確実に問題は起こらないと見た。
なんなら私のことなんてとっくの昔に忘れ去られているのかもしれない。
そう思うとここ最近いつ気付かれるかとビクビクしていた自分が馬鹿らしくてなさけない。
とはいえ、心配して損だった、という結末を迎えられたのならそれでいい。
少しだけ心が晴れやかになった、もう昔のことなんて気にしなくていいのだと誰かに背を押されたような気分。
そんな爽やかな気分のまま、隣に並ぶ転校生殿に一つ聞いてみることにした。
「お礼には何を渡すべきでしょうか? マイフレンドだったらクッキーで事足りるのですけれど……」
「別にいい。自分はあなたに大恩がある身。むしろ、自分は返さなければいけない立場だ」
修羅ってた修学旅行でのあれそれのことだろう。
自分は色々理由をつけて後方支援組に回って前の自分の知人との接近を回避しようとしたけど、結局予期せぬ事態でマイフレンドが危険な状況に陥ったのでやむをえず前線へ。
それで、マイフレンドと行動を共にしていた二人のこともついでに助ける形になった。
とはいえ、大恩とか言われるようなことはしていないし、そもそも……
「何かを返してもらうようなことはしていません。あの時のあれだって別にあなた達を助けようとしたわけではありませんし。私はただ、マイフレンドを助けただけです」
「…………そうか。それでも、あなたがそのつもりでもあなたの行動にこちらが救われたという事実は変わらない」
「頭が固い方ですね、あなたは。いいんですよあの件に関しては恩を返すも返さないもなしで」
そういうところは昔から変わらないと言いかける、危なかった。
流石に油断しすぎだろう、私。
ちらりと転校生殿の顔を見上げると、何やら難しそうな顔をしていた。
「……あなたが、そういうのなら」
全然納得してなさそうな顔だったけど、それでも口ではそう言えるようになったのだからだいぶ成長したなと思った。
「それで、どうします? 今回のお礼」
「この程度なら大したことではないから…………と、言いたいところだが」
「だが?」
「…………あの御方があのような顔で惜しむクッキーは、いったいどれほど美味なのだろうか、と」
そういやこいつ、甘いもの大好きなお子ちゃまだったな、昔は。
変わってないんだ、そこは。
思わず吹き出してしまった。
「ふふ……大したものではありませんよ、所詮素人が作ったお菓子ですから。あの子、貧乏舌で何食べても美味しがるので」
もう一つ理由をあげるとマイフレンドは幼少期に菓子類の類をかなり制限されていたらしい、だからその反動で今は甘いものが大好きなのだ。
「そう……なのか?」
「そうなんです」
納得してなさそうな顔の転校生殿に笑ってやる。
「けどま、気になるっていうんだったら作りますね、今回のお礼に。どうせ一人では食べきれない量作るので、貰ってくれるのならこちらもありがたい」
そう提案してみると転校生殿は一瞬口ごもった後、小さな声でよろしく頼む、と。




