後編
「うちの聖剣使いが毎度毎度申し訳ございません」
放課後、本屋に向かう道中で姫巫女こと転校生様に声をかけられたので話を聞いてみると、そんな謝罪をされた。
「あー……」
お気になさらずとは言い難い状況だったのでどうしたものか。
最近は強制物々交換みたいな感じになってきたし、なんでこんなことになってんだろう。
けれども、ここで彼女に抗議しても無駄だろうし、愚痴を言ったところで意味はない。
なのでニコリと愛想笑いを浮かべておく。
「いえ、お気になさらず。どうせ遠からず飽きるでしょうし」
「……そうだと、いいのですけれど」
浮かない顔でそう返された、そんな顔をする気持ちはわかる。
私だってここまで執着されている理由がわからない。
暗殺者から「なんも盛ってない方が逆に怖い。頼むから盛ってるって言ってくれよ」と懇願までされているのだ私は。
けど本当に普通にお菓子作ってるだけだし、全部スーパーで買っているので材料に何かおかしな点がある、ということもなさそうだ。
「マイフレンドの方は子供の頃に虐待レベルで甘味の制限されてたっぽいんでああなるのはちょっとわかるんですけどね。転校生殿の方もなんかあったんですかね?」
「いえ、幼い頃からの付き合いですが、特にそういうのは……」
ひょっとして私がいなくなった五年のうちに何かあったのかもと思っていたけど、特に何もなかったらしい。
なんて会話をした数時間後、私は脚をポキッと折られて腹に小さい穴を三つ開けられた状態で学園の保健室に担ぎ込まれた。
転校生様を狙った不審者相手に調子に乗って一人で立ち向かった結果そうなった。
私はデバッファーなので有象無象の大多数が相手だとチート気取って無双できるのだが、相手がただの強者だと手こずる。
というか修羅修学旅行でまさにそのチート気取り状態でそこそこ活躍できたので、そのことをすっかり忘れていた。
とはいえ、うちの学園の保険医はすこぶる優秀なのでその程度の傷ならすぐに治療してくれる。
私は過去に一度四肢全部引きちぎられたことがあったけど、それでもどうにかなったし。
あれに比べれば今回は軽傷のうちに入る、ここの学生やっているうちは死ぬ前に保健室に駆け込めれば基本どうとでもなるのだ。
そういうわけで速攻で治してもらったので、保健室をあとにする。
本屋に行きそびれてしまった、時計を見るとまだギリギリ間に合う時間だった。
「うーん、反転使うか……」
最大限デバフを反転させて速度を上げれば多分どうにかなる。
杖を取り出したところで肩を掴まれた、後ろからこういうことをしてくるのは大体暗殺者だ。
「なんです? 今から出かけるんであとにしてくださいな。それに今回のことはあなたには関係ないでしょう」
マイフレンド周りの事件ではないので暗殺者に報告すべきことはない。
今回のは純粋に転校生様だけを狙った犯行だ、これこれこういう事件があったんですよの世間話は明日で十分だし、そもそも話す必要もない。
なので肩に置かれた手を片手でパシッと叩こうとしたところで、その手が暗殺者のそれにしては大きいものであることに気付く。
「は?」
低く、軽くドスの効いた声、暗殺者の声じゃない。
首だけ振り返ると表情が抜け落ちた転校生殿がそこにいた。
やばい、人違いだった。
普通に関係者だった、やばい。
「あー、すみません。えっと……ことのあらましは転校生様にでも聞いてください。私はただ売られた喧嘩を勝手に買っただけの立場ですので、襲撃犯の人がどこの誰でどういった方だとかそういうの全然知らんのですよ」
ドス黒い目がこちらをただじいっと見ている、何か言ってくれ、せめて相槌くらい打ってほしい。
「じゃ、じゃあそういうことなんで……このあと用事あるんで、また明日ー!!」
と、半ば悲鳴じみた叫び声上げつつ、自分に今できる限り最大限のデバフを、直後にそれを反転させて強行突破を図る。
けど失敗した、そうだった私は一定以上の強者相手には大したことができない類の雑魚だった。
すんごい目で睨まれている、そこまで怒られるようなこと言った覚えはないのだけど。
「……関係ない、と言ったか?」
「すみません、別の人かと勘違いを。関係者でしたねごめんなさい、転校生様は無傷で逃がせたんでどうかお許しを。襲撃犯の人も取り逃がさずに済んだんで、ひらにご容赦を」
やれるだけのことはやった、不手際はなかったと訴える。
曇りなきまなこで見上げる、わたし、なんも、わるいこと、やってない。
転校生殿はそんな私の顔を見下ろして、私の肩を掴んでいない方の手で顔を覆った。
そしていきなり大声で笑い始めた。
どうしよう、転校生殿ぶっ壊れちゃった。
「わ、わあ……」
誰かに助けを求めようと周囲を見るけど誰もいない、こういう時ににこそどこかで潜んでいてほしい暗殺者も姿を現さない。
誰か助けて、マイフレンドか転校生様、その他誰だっていいので誰か。
脱走は不可能だった、肩を掴む手はさらにその力を強めていく、痛いというかこれそのうち砕けないだろうかと心配になった。
不意に静かになった、それと同時にくるりと身体が反転して、強制的に転校生殿と向かい合わせにされる。
おそるおそる顔をあげるとこちらを睨め付ける目と目があった。
背筋にゾワリと怖気が、虎の尾の上でタップダンスでも踊ってしまった気分になる。
転校生殿はボソリと小さな声で一つの名を呟く。
もう五年は聞いていない、懐かしいどころか一瞬なんだっけそれと思ってしまうほど、忘却の彼方に置き去りにした名前。
私が異形に成り果てる前に呼ばれていた、とっくの昔に捨ててしまった私の名前。
「へ?」
何故だ、バレてなんかいなかったはず、だってバレていたのだったら私は多分とっくに処分されていた。
それほどまでにあの異形化は重罪だったのだ、姫巫女の家系から異形に成り果てる人間が出たなんて醜聞、許されるわけがなかったので。
だから気付かれているはずがない、なら何故そんな名前を唐突に口にしたのか、その理由を考えなければ。
「俺はお前を随分と甘やかしてしまったらしい」
「え、な、なに……なんの話ですか。急に知らない人の名前を出された気がするけど、誰かと私のこと重ねてたりします? というかさっきから怖いんですけど、私そこまで怒らせるようなことしてない……してないですよね?」
なんとなく口が悪くなった気がする、五年前のそれを彷彿とさせるようなそんな喋り方になった気がする彼に冷や汗混じりにそう問いかけてみる。
「……呆れた。気付いていないとでも思っていたのか」
ひゅっという情けない悲鳴というか空気が我が口から漏れた。
なんでそんなまるで気付いていたみたいなこと言うの、いつからねえいつから?
口を滑らせるなんて愚行をした覚えはない、ここ最近の記憶を振り返ってもただ菓子をたかられていただけだ。
どうするどうする、人違いだとゴリ押すかいやこれ多分無理だそういう顔だこれ。
こんなところであっさり殺されてたまるか。
けれどもこの聖剣使い相手に私がどうこうできるわけない、それができるんだったら私はとっくに本屋にいる。
どうしようたすけてマイフレンド。
けどあの子に助けを求めるとそれはそれで色々拗れそうな気がする、マイフレンドと聖剣使いの関係が拗れるのはあとのことを考えると良くない。
仕方ない、ダメ元で人違いだとゴリ押すしかない、それで見逃してもらうしか道はないと見た。
「ええと、その、なんの話でしょうか、はは、ははは……」
誤魔化し笑いが無様に響く、マジでどうしようこれ。
今死ぬわけにはいかない、死ぬならせめてマイフレンドを庇っていい感じに死ぬとかじゃなければ許されない。
相手が聖剣使いとかいう絶望的に戦力差のあるやつじゃなければ、蹴散らすか泥試合に持ち込んででも無理矢理納得してもらって終わりなのに。
「……お前は人のことを見縊りすぎだ。まだ誤魔化せるとでも? そこまで愚かだとは思っていなかった」
凄いディスるじゃん、やめてよ傷付くから。
駄目か、誤魔化しが効かずとも見逃してもらえたりはしないのか、それすら駄目か。
ごめんマイフレンド、多分私はここまでだ。
できるだけ抵抗はするつもりだけど、多分無理だ。本当ごめん。
私がこの聖剣使いに殺されてもどうか激情にのまれず冷静に、そしてできることなら自分の友を殺したのだからと全力で使い倒す図太さと覚悟を。
それができないのだったら、国の再建も何もかも諦めて普通の女の子として生きてくれ。
さん、に、いち。
よし、腹括った。
「……いつから?」
とりあえず死ぬとしてもいつからとか何が原因だったのかは把握しておきたかったので、問いかけてみた。
「は? 最初からだが?」
呆れ返ったというか、心底意外そうな声を上げられてしまった。
最初、それっていつから?
修羅修学旅行の頃からってこと?
「いえ、そんな馬鹿な。流石に騙されませんとも、だってなにも……」
気付いているそぶりはなかった、そもそも気付いていたというのならその時点で何故ツッコミが入らない、何故その時点で殺さなかった。
「だから、甘やかしすぎたと言っただろう? 見逃してやっていたんだ」
わあお。
そっか、見逃してくれてたんだ、ふーんそっか。
なんでずっと見逃してくれなかったのかな、そういうことならずっとずっと甘やかしてほしかったな。
「……最期に一つだけ聞かせてください。今回の襲撃事件で私は一体どんなやらかしをしでかしたんですか」
襲撃犯相手にできることはやったつもりだ、その結果転校生様も守りきれて犯人も捕まえてめでたしめでたしで済んだはずなのだけれど。
「何かやらかしたから見逃してもらえなくなったってことですよね。……心当たりが一つも……なんかありましたか落ち度……転校生様は無傷で逃がして敵も生け捕りにしましたが……自画自賛になりますがそこそこパーフェクト対応だったという自負が、あったりなかったり……」
実は伏兵がいて取り逃してたとかそういうのだったら嫌だな、無理じゃんどうしようもないじゃんと思いつつそう聞いてみる。
転校生殿はこちらを恐ろしい顔のまま見下ろして、深々と溜息を吐いた。
「……大怪我をしたと聞いた」
「え? ああ、あの程度なら別に大した」
「腹に穴をあけられて足を折られて大したことがない、と?」
「うちの学園の保険医は超優秀ですからね。もうすっかり治ってます。というかあの先生両腕両脚千切れてても完璧に元通りに治しちゃうどえらい方なので」
「……聞きたくはないが聞いておこう、何故そんなことを知っている?」
「当事者ですので」
「千切れたことがあるのか」
「ありますよ」
うちの学園の先生は凄いだろうとドヤってみると、もう一度溜息を吐かれた。
「……何故首を突っ込んだ。姫巫女の厄介事に首を突っ込めば面倒なことになるとは思わなかったのか」
「マイフレンドの同盟者をお助けしない理由などありません。というかあそこで私一人が逃げればブーイング喰らうのは目に見えてたので」
ただそれだけである、高尚な理由など何一つない。
ずっとずっと、返しきれない恩を返している真っ最中なのだ。
あの子があの日、私のことを諦めずに助けてくれたから今の人間としての生がある。
友達だから完全に言いなりになったり忠誠を誓ったりする気はないが、できるだけのことはせねばならないという思いはある。
「……言い分はわかった。そんなに友が大事か。友本人ではなく共の同盟者だからと命を張るほどに」
「ええ」
首肯すると転校生殿は機嫌悪そうな目でこちらを睨んだ。
今の私の友情を優先する発言に機嫌悪くされるような内容は含まれていないはずなのだが、むしろ人によっては無駄に感動して泣くところだが今のは。
昔大泣きされたことがある、転校生殿にもあの時のあの老人のように情緒が豊かだったら今の発言で引き下がってくれたかもなと思った。
「…………なら、やはり甘やかすのはもうやめだ。好きにさせてもらう」
言外に見逃さないとそう言われた。
何故『なら』なのか文脈がよくわからなかったりもするが、そちらがその気なら仕方がない。
「やはり殺しますか」
最大デバフからの反転だけだと効かないというのなら、向こうにデバフを盛りまくるしかない。
向こうの事情は理解できるがむざむざと殺されはしない。
「あなた方の国にとって私は最大にして最悪の汚点。姫巫女の血筋、それも姫巫女候補が異形の身に落ちた、なんて。だから殺されても文句は言えないでしょう。……とは言え、友に救われ生きながらえた身ですのでおとなしく殺される気はありません」
こちらに殺意はない、マイフレンドの同盟者を私が殺すわけがない。
けれども、無抵抗で殺されるとは思うな。
いいだろう、私のような雑魚と同レベルに落ちる絶望を、取るに足らない存在にぶん殴られる痛みと屈辱をたっぷり味わってもらおうじゃないか。
正々堂々から最も遠い卑怯で卑劣な悪あがき、とくとご堪能あれ。
と、覚悟と決意を漲らせて転校生殿の顔を見上げたら、どういう感情なのかよくわからない顔で見返された。
呆れのような、驚きのような、なんかとんでもない珍獣でも見るかのような、なんだろうかこれ、これが今から人を殺そうという者の顔だろうか、もっとしゃんとしてほしい、ここ数ヶ月で一番の大勝負なんだぞこっちは。
「……お前は、本当に人の話を聞かないというか、俺以上に他者の感情の機微に疎いというか……そこまで阿呆だったか、お前」
「はい?」
「まず初めに一つ、見過ごせない誤解を解いておこう。こちらにお前を殺す気はない。姫巫女様もそれは同様だ」
「殺す気が、ない?」
そんなわけなくない? 殺す以外に何もないはずではなかろうか。
「何故そこで心底不可解そうな顔をする。お前は本当に愚かな女だ……言わねばわからん、言ってもわからん、一人で勝手に突っ走る悪癖は何年経っても変わらない。本当に呆れた、そのままどころか悪化している」
またディスられている。
ストレートに愚かとか言われてしまった。
けれどもそこまでディスられる意味はないはずだ。
あと殺される以外の道はないはずなので、ここで私が不可解な顔をするのはごく自然なことである。
「確かに、お前が生きていると知れば排除しようとする者はいるだろう。させると思うか俺が、あのお方が。お前を見殺しにするとでも? それどころか異形ではなくなったお前をこの手で殺すとでも?」
「え、はい。普通にそうだと思ってたんですが」
言った瞬間頬に衝撃が。
拳ではなかった、多分平手で、ぶっ叩かれた。
「いい加減にしろ……!! 誰がするかそんなこと!」
「え、えぇ〜……」
なんか滅茶苦茶怒ってる、私そこまでおかしなこと言ったつもりないのだけど。
「……確かに、お前が異形に落ちた時、俺はお前をこの手で殺すと誓った、他の有象無象の手にかかるくらいだったら俺がこの手で殺すと、そう思って長年お前を探していた」
やっぱり殺す気だったんじゃんと殴られた頬を押さえつつ見上げると、信じがたいほどに酷い顔が見えた。
血の気が引いたような、絶望という一言がよく似合う、そういう顔を。
「けれどもお前は人間に戻っていた、なら、殺す意味も理由もない。殺したくもない女を殺す必要もない」
「なら、どうするっていうんですか。もう見逃してはくれないのでしょう?」
結局何がしたいんだと問う、殺す気がないのならそのまま間抜けな私を見逃してくれていればよかったじゃないか。
「……赤の他人、ただのクラスメイトとしてお前を放置するのはもうやめる。お前の無茶苦茶は雁字搦めにしてでも止めてやる。今後は友のために好き勝手できるなどと思うなよ」
「えぇ……?」
腕を引っ張られた、踏ん張りが効かずに斜めった身体を受け止められる。
そのまま腕を背に回された、一般的にいうと抱きしめられている、と表現するしかない状態に持ち込まれたらしい。
思わず「障ったな?」の決め台詞と共に全力デバフをゼロ距離でぶっ放しそうになった。
「お前が大怪我を負わされたと聞いて、肝が冷えた」
上の方からそんな声が降ってくる。
背に回った腕に力が籠る、聖剣使いらしい鍛えられた身体に自分のへなちょこな身体が押し付けられて、痛い。
「またお前を喪うのかと思って絶望した。それなのにお前はなんてことない顔で、ふざけたことを抜かして……お前は、お前は本当に酷い女だ」
泣き言にすら聞こえる響きの声が聞こえてくる。
何故なのか。
私はそんな声を出してもらえるような人間じゃない、だから意味がわからない。
けれども一つだけ。
ここまでされれば流石に察する、この男がどうやら本気でこちらの身を案じているということだけは。
そう思ってもらえるような立場じゃないけど、それだけは理解して、謝罪の言葉を口にした。




