この方をどなたと心得る。――そんな言葉を、まさかこの時代で思い出すだなんて予想外も甚だ。
都から来た。俺がそう聞かされていた連中は、全部で七人もいた。
彼らが予想外の大所帯なことに俺が気づいたのは、集落の外れまで走ってからだった。
そんなわけで、最初、老婆の口にした「迎え」という言葉を正しく理解できていなかったのでは、と思ったほどだ。
この百日足らずの間に、日々の会話には困らなくなったとはいえ、俺の語彙はまだ貧弱だ。同じ音が別の意味を持つこともあるし、そもそも俺が覚えたこの時代の言葉を二十二世紀の日本語へ一対一で置き換えられるとは限らない。
集落の者たちから聞き取れたのは、彼らが、西から来たこと。身分の高い者がいること。かぐやを探しているらしいこと。
それだけだった。
集落の連中はそこへ勝手に「都」という言葉を宛てがった。
今にして思えば、単純な連想だったのだろう。
この国で身分の高い者が大勢の供を連れてやって来た。
ならば都から来たに違いない。
そして、俺も同じように疑いもしなかった。かつて都だった京都や奈良が、東京よりも西にだったせいで。その程度には、俺も彼らも混乱していた。
とはいえ、「迎え」という言葉に関しては、聞き間違いではなかったらしい。
七人を見た瞬間、それだけは分かった。
どう見ても物見遊山がてらに集落へ立ち寄るような連中ではない。
男が六人。
女が一人。
六人の男のうち四人は武装していた。
俺にはこの時代の武具を正確に分類する知識などなかったけれど、腰に下げたものが人間を殺すための道具であることくらいはすぐに分かった。農具を持った集落の男たちとは立ち方からして違った。
残る二人の男は、明らかに身なりが違う。
そのうち一人は若い。
二十代半ばか、せいぜい三十になるかどうか。
そしてもう一人は四十を越えているように見えた。
問題は女だった。
老婆だった。
俺の髪を鷲掴みにした、さきほどの老婆ではない。
迎えの側にいる。
白いものの混じった髪を後ろでまとめ、杖を持っていた。長旅をしてきた人間には見えたが、疲労より先に目につくものがあった。
髪だ。
白髪に混じって、色が残っている。
夕暮れの光のせいだと思った。
目を凝らした。
違った。
金色だった。
「……なるほど」
思わず声が出た。
点が一つ増えた。
そして今度の点は、かなり大きかった。
かぐやは彼らの前に立っていた。
今にも連れ去られそう、と言った様子ではない。
縄もない。
押さえつけられてもいない。
だが、逃げることができそう。そう考えている顔でもなかった。
「かぐや!」
俺が呼ぶと、七人が一斉にこちらを向いた。
かぐやも振り返った。
そのさまを見て、少なくとも怪我はしていないと分かった。
「何をしてる」
「来るな」
返事は短かった。
「そいつらは誰だ」
「来るなと言うた」
「説明になってない」
近づこうとした。
武装した男の一人が前へ出た。
俺は止まった。
正確には、腰の武器に手を掛けたので止まった。
科学者は勇敢である必要がない。
少なくとも俺の常識では、刃物を持った人間へ素手で突撃することを勇気とは言ったりしない。
年長の男が何か言った。
半分くらいしか分からなかった。
集落の人間とは発音も語彙も少し違う。
「もう一度」
俺が言うと、男は眉を寄せた。
そして先ほどよりゆっくり言った。
今度は理解できた。
お前は誰だ。
「それはこっちの台詞だ」
当然、通じなかった。
いや、言葉そのものは通じた。
意味が通じなかった。
男は俺の素性を尋ねているのであって、会話の主導権を争っているわけではない。
「俺は――」
そこで困った。
三月前にも同じ問題にぶつかった。
俺は誰なのか。
名前なら言える。
だが、名前の次に説明するべきものがない。
二十二世紀の日本国籍。
科学者。
月面基地の滞在者。
火星航路の乗客。
どれもこの場では身分にならない。
「この里で世話になっている者だ」
結局、そう答えた。
年長の男が俺を上から下まで見た。
露骨に怪しんでいる。
無理もない。
俺だって俺を怪しむ。
「かぐやの知り合いだ」
付け加えた。
今度は若い男が何か言った。
聞き取れなかった。
「何だ?」
若い男が繰り返す。
また知らない言葉が出てきた。
俺が困っていると、かぐやが口を開いた。
「この男は遠くから来た。言葉をよく知らぬ」
「余計なことを言うな」
「ほんとうではないか」
「そうだけど」
若い男は俺たちのやり取りを見ていた。
そして、かぐやに何か尋ねた。
今度は分かった。
親しいのか。
かぐやは少し考えた。
俺も答えを待った。
「拾った」
「おい」
「竹のところで」
「捨て猫みたいに言うな」
「ねこ?」
「何でもない」
若い男が笑った。
気に入らない。
どうして気に入らないのかは分からなかった。
いや、分かっていたのかもしれないが、当時の俺は認めなかった。
年長の男が若い男を制した。
それから俺へ向き直る。
何か長いことを言った。
今度はほとんど分からない。
身分を示す言葉らしきものが続いた。
長ったらしい家名。
誰それの子。
誰それに仕える者。
どこから来た者。
そんな類いだろう。
途中で俺は理解する努力を諦めた。
そして最後に、年長の男は若い男を手で示した。
口調だけで分かった。
偉い人らしい。
俺は若い男を見た。
若い男も俺を見た。
そこで、頭の中に妙な言葉が浮かんだ。
この方をどなたと心得る。
もちろん、実際にそんな日本語を言われたわけではない。
時代も違えば言葉も違う。
だが意味だけを二十二世紀の俺に分かる形へ翻訳すれば、だいたいそんなところだった。
まさか千年以上前の日本でこれを食らうとは思わなかった。
「知らない」
俺は正直に答えた。
空気が止まった。
かぐやが顔を伏せた。
肩が震えている。
「お前、笑ってるだろ」
「笑っておらぬ」
「こっち見ろ」
「嫌じゃ」
若い男まで笑い始めた。
年長の男だけが笑っていなかった。
その男が、もう一度、自分たちのことを説明した。
今度はかぐやが途中から言葉を補ってくれた。
「この者らはよしのより来たそうだ」
「……吉野?」
「うむ」
「都じゃないのか」
俺が尋ねると、かぐやは怪訝そうな顔をした。
「なぜ都じゃと?」
「いや、だって、あいつらが――」
俺は集落の人間たちを振り返った。
何人かが遠巻きにこちらを見ている。
俺が都を意味する言葉を出して尋ねると、男の一人が何やら説明し始めた。
偉い。
上の人間。
都とも関わりがある。
西から来た。
そのあたりまでは理解できた。
だが、「都から来た」とは一度も言っていないらしい。
「……そういうことか」
俺は額を押さえた。
集落の人間にとって、立派な身なりで武装した供を従えて現れた連中など、まとめて「お偉いさん」である。
そして俺は、その断片的な説明から勝手に都を連想した。
言語学習三カ月目。
日常会話ができるようになった程度で、この時代の社会構造まで理解したつもりになってはいけないらしい。
「吉野」
俺はもう一度口にした。
名前くらいは知っている。
二十二世紀にも残っている地名だ。
だが、俺が知っている吉野と、この時代の吉野を同じものとして扱っていいのかは分からない。
「どれくらい離れてる」
かぐやに尋ねた。
「知らぬ」
「お前、そればっかりだな」
「行ったことがないのだから仕方なかろう」
もっともだった。
*
事情が少し分かったのは、それからだった。
正確には、分かったと思った。
後から考えれば、俺は重要なところをほとんど理解していなかった。
吉野――彼らの書いた字に合わせれば「芳野」――から来た彼らは、かぐやを探していた。
ただし、昨日今日探し始めたわけではない。
何年も前からだった。
「なぜ」
俺はかぐやに尋ねた。
一行は集落の中へ通されていた。
武装した四人は少し離れた場所に残り、若い男と年長の男、それに金色の髪をした老婆だけが俺たちの近くにいる。
かぐやは俺から少し離れた場所に座っていた。
「知らぬ」
「またそれか」
「知らぬものは知らぬ」
「あの婆さんは?」
かぐやの目が動いた。
それだけで分かった。
「知ってるのか」
「……知らぬ」
「今の間で説得力が全部なくなったぞ」
「うるさい」
俺は老婆を見た。
向こうも俺を見ていた。
目が合った。
ぞっとした。
敵意ではない。
もっと純粋なものだった。
観察。
俺が彼女を観察しているのと同じように、彼女も俺を観察していた。
髪の色。
顔立ち。
服。
姿勢。
俺が何者なのかを推測している。
やがて老婆が何か言った。
分からなかった。
「何て?」
かぐやは黙っている。
「かぐや」
「おぬしがどこから来たのかと聞いておる」
「遠く」
老婆がもう一度尋ねた。
「どれくらい遠くか、だと」
俺は少し考えた。
「三十八万キロくらい」
「きろ?」
「忘れろ」
かぐやが老婆へ何か伝えた。
おそらく「とても遠く」とでも訳したのだろう。
老婆がさらに尋ねる。
「今度は?」
「どちらから来たのか」
俺は空を指差した。
「上」
かぐやが吹き出した。
「笑うな。本当だ」
「月と言えばよかろう」
「どうせ信じないだろ」
「信じぬ」
「じゃあ聞くなよ」
老婆は俺たちを交互に見た。
それから。
月、と言った。
俺は老婆を見た。
「今、何て言った」
かぐやも老婆を見ていた。
老婆はもう一度、月を意味する言葉を口にした。
そして俺を指差した。
「……俺が月から来たのかって?」
かぐやが訳した。
「そう聞いておる」
俺は答えに迷った。
迷う必要などないはずだった。
事実なのだから。
「ああ」
老婆の表情が変わった。
ほんの一瞬だった。
驚き。
いや。
恐怖に近かった。
俺は身を乗り出した。
「待て」
老婆が立ち上がった。
「待ってくれ。あんた、何か知ってるのか」
当然、俺の言葉は十分には通じない。
かぐやを見る。
「訳してくれ」
「嫌じゃ」
「どうして」
「嫌だから嫌じゃ」
「今の反応を見ただろ」
「知らぬ」
「かぐや」
老婆が何か言った。
今度はかぐやに向けて。
長い言葉だった。
かぐやの顔から表情が消えていく。
俺は一語も理解できなかった。
「何て言った」
返事はない。
「かぐや」
もう一度呼んだ。
かぐやは老婆を見たまま、小さく言った。
「母のことを知っておる」
俺は黙った。
老婆が続ける。
かぐやの指が動いた。
右手の親指が、人差し指の爪に触れた。
あの癖だった。
「何を知ってる」
「……母が、どこから来たのか」
「それだけ?」
かぐやは答えなかった。
老婆がさらに何か言った。
今度は短かった。
かぐやが息を呑んだ。
「何だ」
「母は」
声が震えていた。
初めて聞く声だった。
「母は、生きておると」
*
その言葉を信じるには、かぐやは賢すぎた。
「嘘だ」
第一声がそれだった。
俺は少し驚いた。
昨夜まで母親のことをほとんど話さなかった少女が、生きていると聞かされて喜ぶどころか、相手を睨んでいる。
老婆は静かに答えた。
俺には理解できない。
かぐやが何か言い返す。
老婆がまた答える。
会話が速くなった。
「おい」
入る隙がない。
「かぐや」
無視された。
「せめて俺にも分かるように――」
「黙っておれ!」
怒鳴られた。
俺は黙った。
仕方がない。
怒っている十四、五歳の少女と、武装した男たちを連れてきた正体不明の老婆。
どちらに割って入るべきでないかと言えば、両方だった。
しばらくして、かぐやが立ち上がった。
外へ出ていく。
俺は追った。
「来るな」
「それ、昨日も聞いた」
「ならば覚えろ」
「言葉を覚えるのは得意なんだが、命令に従うのは苦手なんだ」
かぐやは歩き続けた。
竹林まで来たところで止まった。
三月前、俺たちが出会った場所だった。
「母は死んだ」
背中を向けたまま、かぐやが言った。
「見たのか」
「見ておらぬ」
「じゃあ――」
「死んだと聞いた」
「誰から」
「皆から」
「いつ」
「ここへ来たとき」
俺は黙った。
「何歳だった」
「知らぬ。幼かった」
「母親とここへ来たんじゃないのか」
首を振った。
昨夜、答えなかった質問。
今度は答えた。
「一人だった?」
「違う」
「誰と」
かぐやは少し迷った。
「翁」
俺は眉を寄せた。
「誰だ、それ」
かぐやが振り返った。
本気で分からないという顔をしている俺を見て、今度は向こうが眉を寄せた。
「わらわを育てた翁だ」
「ああ」
ようやく腑に落ちた。
集落で何度か見かけた老人の顔が浮かぶ。
かぐやの身内か何からしいとは思っていた。
しかし。
「竹林で?」
「何が」
「お前を見つけた?」
「なぜ知っておる」
今度は俺が黙る番だった。
かぐやが怪訝そうに俺を見る。
「……本当に?」
「何がだ」
「その爺さん、お前を竹林で見つけたのか」
「そう聞いておる」
「竹の中じゃなくて?」
「は?」
「いや」
俺は額を押さえた。
待て。
偶然だ。
まだ偶然で説明できる。
幼い子供が何らかの事情で竹林に置き去りにされ、老人が見つけて育てた。
あり得ない話ではない。
そこから後世の「竹の中から見つかった」という物語へ変形することだって――
そこまで考えて、やめた。
「どうした」
「何でもない」
「また妙な顔をしておる」
「生まれつきだ」
「それは知っておる」
「ひどいな」
いつものやり取りだった。
少しだけ安心した。
そして、その安心は長く続かなかった。
「母は、わらわを翁に預けた」
かぐやが言った。
「預けた?」
「そう聞いた」
「誰に」
「翁に」
「違う。誰からそう聞いた」
「翁から」
俺は竹林を見た。
三月前。
俺もここで倒れていた。
かぐやも幼いころ、この竹林で老人に拾われた。
偶然。
また、その言葉が必要になった。
「母親はその後どうした」
「西へ行った」
「西?」
「芳野へ」
俺はかぐやを見た。
「じゃあ、あいつらは――」
「母を知っておる」
「だから迎えに来た?」
「そう言うておる」
「お前をどこへ連れていく」
「芳野」
「母親のところへ?」
かぐやは答えなかった。
それで十分だった。
*
「行くのか」
夕方、俺は尋ねた。
かぐやは荷物をまとめていた。
驚くほど少ない。
衣に櫛。
小さな櫃。
母親のものだという布。
あとは俺には用途の分からない細々したもの。
何年もここで暮らしていたはずの人間が別の土地へ移る荷物としては、あまりにも軽かった。
「行く」
「母親が生きているという話を信じるのか」
「信じぬ」
「じゃあ、なぜ」
「確かめる」
俺は言葉に詰まった。
理屈を食い扶持にしてきた身としては、それ以上反対しにくい答えだった。
「危険かもしれない」
「ここにおっても分からぬ」
「それはそうだが」
「ならば行く」
荷物を縛る。
俺はそれを見ていた。
「どれくらいで戻る」
かぐやの手が止まった。
嫌な沈黙だった。
「戻らぬかもしれぬ」
「なぜ」
「知らぬ」
「またそれか」
「まだ何も分からぬのだから、仕方なかろう」
正しい。
正しいことばかり言う。
腹が立つ。
「そうか」
俺は立ち上がった。
「なら俺も行く」
かぐやが顔を上げた。
「なぜ」
「暇だから」
「嘘だ」
「お前の判定では、面白い話は全部嘘なんだろ」
「これは面白くない」
「じゃあ本当だ」
「屁理屈を言うな」
「それに俺にも吉野へ行く理由がある」
「何だ」
「情報だ」
この集落で得られる情報には限界がある。
俺がいつの時代へ来たのか。
ここが正確にはどこなのか。
この国を誰が治めているのか。
この時代の人間が、どんな道を使い、どんな土地と行き来し、どこまで世界を知っているのか。
そして何より。
「お前の母親が本当に西方から来たなら、その経路を知りたい」
「やはりそれか」
「重要なんだよ」
「わらわには大切ではない」
三月前と同じことを言った。
俺は笑った。
「知ってる」
かぐやはしばらく俺を見ていた。
やがて、小さく鼻を鳴らした。
「勝手にせよ」
「そうする」
こうして俺は芳野へ行くことになった。
この時代に来て三月。
俺はまだ、自分が何年の日本にいるのかさえ正確には知らなかった。
吉野という名前だけなら知っている。
だが、二十二世紀の人間が地図の上で知っている吉野と、これから俺が足を踏み入れる芳野が、同じ意味を持つはずもない。
そこへ行けば何か分かると思っていた。
かぐやのこと。
彼女の母親のこと。
西から伝わってきた物語のこと。
そして、俺自身がなぜここへ来たのかについても、何か一つくらい手掛かりが見つかるのではないか。
期待していた。
半分くらいは正しかった。
芳野には答えがあった。
ただし、俺が探していた答えではなかった。
翌朝。
俺たちは集落を発った。
かぐや。
俺。
芳野から来た七人。
そして、あの金色の髪をした老婆。
出発して半日ほど経ったころだった。
俺は老婆が首から下げているものに気づいた。
小さな飾りだった。
金属でも石でもない。
白い。
最初は貝だと思った。
だが、違った。
俺は足を速め、老婆の横へ並んだ。
老婆が俺を見る。
俺は胸元を指差した。
「それ」
老婆が飾りを手に取った。
俺は目を細めた。
表面は黄ばんでいる。
滑らかな曲面。
片側に小さな穴が穿たれ、紐が通されていた。
加工品だった。
「見せてくれ」
手を出す。
老婆は少し迷った素振りを見せたあと、紐を外した。
掌に落とされたものは軽かった。
俺は指で触れた。
嫌な感覚がした。
知っている。
似たものを、俺は見たことがある。
月面基地で。
火星へ運ぶはずだった、小さな容器の中に。
「これを、どこで手に入れた」
俺は尋ねた。
老婆には通じなかった。
「かぐや」
少し前を歩いていたかぐやが振り返る。
「聞いてくれ。これはどこで手に入れた」
かぐやが老婆へ尋ねた。
返事は短かった。
「何て?」
「母からだと」
「誰の母親だ」
老婆が自分を指差した。
俺はもう一度、掌の白い欠片を見た。
「その母親は、どこでこれを?」
また、かぐやが訳す。
老婆はしばらく黙っていた。
そして西を指差した。
俺は嫌な予感がした。
「どれくらい西だ」
かぐやが笑いかけた。
いつもの答えを予想したのだろう。
だが、老婆の答えを聞いた途端、その笑みが消えた。
「何だ」
かぐやは答えない。
「何て言った」
俺が促すと、かぐやは俺を見た。
「この世の西の果てより、さらに西」
「それだけ?」
かぐやは首を振った。
「その先の、恐ろしい王が治める“あかつちの星”から来たものだと」
俺は立ち止まった。
あかつちの星。
意味を考える必要は、少ししかなかった。
俺の時代なら、子供でも知っている。
百何十年も前の地球で、恐怖の大王と関連付けられたこともある、夜空で赤く見える惑星。
俺と恋人が向かうはずだった場所。
母親の骨を撒くはずだった場所。
火星。
掌の上には、人間の骨を削ったようにしか見えない白い欠片があった。
俺はそのとき初めて、一つの可能性を考えた。
俺だけが、過去へ来たのではない。
あの月面基地から。
何かが俺と一緒に来たのではないか、と。
月の方からやってきた作者不詳です。三話目もご覧いただき、ありがとうございます。
もしも、ここまでのエピソードが面白かったら、感想や星による評価やブックマーク登録をしていただけると、途方もないくらいありがたいです。よろしくお願いいたします。




