第三十四話 シャルミナの覚悟!
数日後。
王都にあるリヨンセ侯爵邸。
その一室で、シャルミナはリヨンセ侯爵と向かい合っていた。
「それで……私に何を望むのですかな?」
リヨンセ侯爵は、穏やかな笑みを浮かべていた。
けれど、その瞳は笑っていない。
「陛下の王権を強めたいのです」
シャルミナは、静かに告げた。
「現在の議会制度では、陛下が国のために何かを決めようとしても、議員たちの同意が必要になります」
「つまり、議会の権限を弱めたいと?」
「はい」
シャルミナは頷いた。
「そのために、リヨンセ侯爵のお力をお借りしたいのです」
「なるほど……」
侯爵は顎に手を当てた。
「しかし、私にも立場があります。議会の権限を弱めるということは、当然、反対する者も出てくるでしょう」
「分かっています」
「ならば、私にも見返りが必要ですな」
シャルミナは、しばらく黙っていた。
そして――。
「成功した暁には」
静かに口を開いた。
「私は、王妃の座を降ります」
「……何?」
リヨンセ侯爵の眉が上がった。
「そして、王宮を去ります」
「王妃の座を……譲ると?」
「はい」
シャルミナは侯爵を真っ直ぐに見つめた。
「その後の王妃には、侯爵令嬢を」
しばらく、沈黙が続いた。
やがて。
「……それは、私の娘を王妃にするということですかな?」
「はい」
リヨンセ侯爵の口元が、わずかに緩んだ。
これは大きな話だった。
自分の娘が王妃となれば、リヨンセ侯爵家の影響力は大きく増す。
しかし――。
侯爵は疑問を抱いた。
「なぜ、そこまで?」
シャルミナは答えなかった。
「陛下を愛しておられるのでしょう?」
「私は陛下を愛しています」
「……」
「だからこそ、陛下には私ではない誰かと、王として生きてほしいのです」
「それは……」
「私が王妃である限り、陛下はいつまでも過去に縛られます。私は、それを望みません」
シャルミナは、静かに微笑んだ。
「私との関係に区切りをつけることで、陛下には王として新しい人生を歩んでいただきたいのです」
リヨンセ侯爵は、しばらく彼女を見つめていた。
「そこまでして、いったい何を望んでいるのです?」
その問いに。
シャルミナの表情から、初めて笑みが消えた。
「……母の人生を奪った人間に、相応の報いを」
「それは……復讐ですかな?」
「はい」
シャルミナは、ゆっくりと答えた。
「私の母、ミナレットと父を殺した男を許せません」
侯爵の目が見開かれた。
「まさか……」
「その男は、私の伯父です」
「……マルクス侯爵」
「はい」
シャルミナは頷いた。
「母は、家が決めた結婚を拒みました。愛する人と生きることを選んだのです」
母の笑顔が脳裏に浮かぶ。
「けれど、伯父はそれを許さなかった」
シャルミナは拳を握った。
「母を連れ戻すために、刺客を送りました。そして、その結果……母も父も、私の目の前で殺されたのです」
リヨンセ侯爵は、何も言わなかった。
「伯父は後悔しています」
シャルミナは静かに続けた。
「自分は殺せと命じたわけではない。ただ、母を連れ戻したかっただけだと」
そして。
「でも、私には関係ありません」
瞳に、強い光が宿った。
「母も父も、もう帰ってこないのですから」
リヨンセ侯爵は、深く息を吐いた。
そして、ふとシャルミナの顔を見つめる。
「……だからか」
「?」
「初めてお会いしたときから、どこかで見たことのある顔だと思っていた」
侯爵は、遠い昔を思い出すように目を細めた。
「ミナレット様に……よく似ておられる」
シャルミナは、目を伏せた。
「母に……?」
「ええ」
リヨンセ侯爵は、静かに頷いた。
「その強い目も。自分の人生を自分で決めようとするところも」
シャルミナの胸が、わずかに震えた。
母の言葉が蘇る。
『人はね、自分の人生を自分で決めるものなのよ』
「……私は、母の娘ですから」
そう呟いた。
侯爵はしばらく考えた後、立ち上がった。
「分かりました」
「……協力していただけるのですか?」
「ええ」
リヨンセ侯爵は頷いた。
「王権を強める。その代わり、あなたとの約束は忘れないでいただきたい」
「もちろんです」
「ならば、私も腹を決めましょう」
こうして。
シャルミナは、ひとつの密約を結んだ。
それは。
自らの王妃の座を捨てることと引き換えにした、復讐のための密約だった。
◇
それから数週間。
王宮では、大きな変化が起こり始めていた。
「陛下。議会からの反発は、こちらで抑えます」
リヨンセ侯爵が告げる。
「分かった」
ランスロットは頷いた。
かつては議員たちの顔色を窺っていた王。
その姿は、もうなかった。
「私は王だ」
ランスロットは、静かに言った。
「この国の未来を、自分の手で決める」
そして――。
リヨンセ侯爵が議会の有力議員たちをまとめたことで、王権を制限していた法が改められた。
それまで議会の承認を必要としていた王命も、国王の裁量で執行できるようになった。
王権強化が進むにつれ、マルクス侯爵とレオポルトの権限も、次々と奪われていった。
やがて。
「マルクス侯爵を拘束せよ!」
王命が下された。
「なぜです、陛下!」
マルクスが叫ぶ。
その隣では、レオポルトもまた騎士たちに取り囲まれていた。
「陛下! これは何の真似ですか!」
しかし。
ランスロットは答えなかった。
ただ、二人を見つめていた。
その背後には。
静かに佇むシャルミナの姿があった。
マルクスと目が合う。
その瞬間――。
シャルミナの胸に、幼い日の記憶が蘇った。
母の笑顔。
父の声。
そして。
血に染まったあの日の光景。
「……ようやく」
シャルミナは、誰にも聞こえない声で呟いた。
「ここまで来たわ」
復讐は。
ようやく始まったばかりだった。




