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この無能!仕事が遅いぞ!と罵られた公爵令嬢は、婚約破棄されて自由を手に入れる。今まであなたの仕事もしていたのは私ですよ~どうなっても知りませんわ  作者: 山田 バルス


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第二十六話 王妃の怒り ランスロットの暴言!

 アリーゼ視点。

 王宮へ到着すると。

 私とお父様は、すぐに王妃陛下のもとへ案内された。


 謁見の間ではなく。

 王妃陛下が普段使われている小さな応接室だった。


「アリーゼ嬢……」


 扉を開けると。

 王妃陛下が立ち上がった。


 いつもなら気品に満ちたそのお顔には。

 今は深い疲れが浮かんでいる。


「王妃陛下」


 私は頭を下げた。


「急な謁見、申し訳ありません」

「いいえ」


 王妃陛下は首を横に振った。


「こちらこそ、お礼をいうわ」

「陛下のご容態は……?」


 私が尋ねると。

 王妃陛下の表情が曇った。


「かなり厳しい状態です」

「…………」

「医師たちは懸命に治療しています。ですが……」


 王妃陛下は苦しそうに言葉を続けた。


「雪見草があれば、助かる可能性が高いのですが……」

「本当に……」


 私は尋ねた。


「王家の薬草園には、もう雪見草がないのですか?」

「ええ」


 王妃陛下は頷いた。


「残念ながら、一株も残っていません」

「…………」


 胸が痛くなる。

 けれど。

 私はふと思い出した。


「雪見草は……」

「え?」

「ルーヴェン公国の薬草園にはありませんか?」


 王妃陛下が目を見開いた。


「……あるはずです」

「では……!」


 私は身を乗り出した。


「ルーヴェン公国にお願いしてみてはいかがでしょうか?」


 しかし。

 王妃陛下は、ゆっくりと首を横に振った。


「……難しいでしょう」

「どうしてですか?」


 王妃陛下は少し迷ったあと。

 静かに口を開いた。


「実は……以前、ルーヴェン公国から雪見草を分けてほしいと頼まれたことがあるのです」

「ルーヴェン公国から?」

「ええ」


 王妃陛下は頷いた。


「そのとき、王家の薬草園には、十分な量がありました」

「それなら……」

「ですが」


 王妃陛下は目を伏せた。


「ですが……その願いを、国王陛下はお断りになりました」

「…………」

「雪見草は王家のための貴重な薬草だと」


 その言葉を聞いて。

 私は胸の奥が痛くなった。


「そのときは……王家の薬草を他国へ分けるわけにはいかないと考えたのです」

「…………」

「だから今さら」


 王妃陛下は苦しそうに微笑んだ。


「こちらから雪見草を分けてほしいとお願いしても……簡単には受けてもらえないでしょう」


 そうだったのか。

 以前。

 王家はルーヴェンからの願いを断った。


 その相手に。

 今度はこちらから助けを求める。


 確かに。

 簡単な話ではない。


「……ですが」


 私は顔を上げた。


「私は、諦めたくありません」

「アリーゼ嬢……」

「エドガルド様にお願いしてみましょう」


 その名前を口にした瞬間。

 胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなった。


 エドガルド様。

 ルーヴェンで出会った。


 私のことを、いつも一人の人間として見てくれた人。

 商談で悩んだときも。

 迷ったときも。


 決して私の代わりに答えを出すのではなく。

 私自身が答えを見つけるまで、そばで見守ってくれた。


「エドガルド様なら……」


 私は静かに続けた。


「何か方法を考えてくださるかもしれません」

「…………」

「ルーヴェン公国が以前、王家に雪見草を求めた理由も分かりません」


 私は少し考えた。


「ですが、エドガルド様なら、きっと話を聞いてくださいます」


 王妃陛下は私を見つめていた。


「あなたは……本当に強くなりましたね」

「え……?」

「以前のあなたなら」


 王妃陛下は少し寂しそうに微笑んだ。


「自分一人で何とかしようとしたでしょう」

「…………」

「でも今は違う」


 王妃陛下は私の目を見た。


「人を信じて、頼ろうとしている」

「…………」


 その言葉に。

 私は少しだけ頬が熱くなった。


 人を頼る。

 確かに。


 今、私が真っ先に思い浮かべたのは。

 エドガルド様だった。


 ……どうしてだろう。

 陛下を助けるためなのに。


 エドガルド様の顔を思い浮かべると。

 胸が少しだけ、温かくなる。


 そのとき。

 王妃陛下が私の前まで歩いてきた。


「アリーゼ嬢」

「はい」


「私は……あなたに謝らなければなりません」

「え……?」


 突然の言葉に。

 私は戸惑った。


「あなたがランスロットの婚約者だった頃」


 王妃陛下は目を伏せた。


「私は、あなたにあまりにも多くのものを背負わせてしまいました」

「王妃陛下……」

「あなたなら、ランスロットを支えてくれると思っていた」


 王妃陛下の声が震える。


「けれど、それは私の甘えでした」

「…………」

「あなたが傷ついていることにも、十分に気づいてあげられなかった」


 王妃陛下は。

 深く頭を下げた。


「本当に、ごめんなさい」

「王妃陛下!」


 私は慌てて声を上げた。


「どうか、お顔を上げてください」


 王妃陛下はゆっくりと顔を上げた。


「私はもう、大丈夫です」


 以前の私なら。

 この言葉を言うことはできなかったかもしれない。


 けれど。

 私はもう知っている。


 自分の人生を。

 自分で選ぶことを。


「今は……陛下を助けることを考えましょう」

「アリーゼ嬢……」


 王妃陛下の瞳に。

 涙が浮かんだ。


「どうか……陛下を助けてください」

「…………」

「私には、もう他に頼れる人がいません」


 私は静かに頷いた。


「必ず、方法を探します」

「ありがとう……」


 そのときだった。


「母上!」


 勢いよく扉が開いた。


「ランスロット殿下……」


 振り返ると。

 ランスロットが立っていた。

 顔には焦りが浮かんでいる。


「父上の容態は?」

「厳しいわ」


「雪見草は?」

「見つからないわ」

「では、どうするのです!」


 ランスロットの声が荒くなる。


「今、アリーゼ嬢がルーヴェン公国から雪見草を手に入れられないか考えているところです」

「アリーゼが?」


 ランスロットが私を見る。

 そして。

 鼻で笑った。


「無理に決まっている」

「……殿下?」

「お前のような無能に、何ができる!」


 その瞬間。

 空気が凍った。


「ランスロット!!」


 王妃陛下の声が響いた。

 これまで聞いたことがないほど。

 激しい声だった。


「…………」


 ランスロットが目を見開く。


「母上……?」

「誰のせいで、こんなことになったと思っているの!」


「え……」

「薬草園の人員を削減したのは、誰ですか!」


「そ、それは……」

「あなたでしょう!」


 王妃陛下は怒りに震えていた。


「人員を減らせば、薬草の管理ができなくなることも考えずに!」

「ですが、国の財政を考えれば――」

「財政?」


 王妃陛下の声が低くなる。


「薬草園の人員を削っておきながら、シャルミナ嬢への贈り物にはお金を使ったそうですね」

「…………」


 ランスロットの顔が青ざめる。


「それで陛下が倒れた今、あなたはアリーゼ嬢を無能だと言うのですか?」

「…………」


「恥を知りなさい!」

「母上……」

「あなたは自分の失敗を、誰かのせいにしなければ気が済まないのですか!」


 ランスロットは何も言い返せなかった。

 王妃陛下は。

 そんな息子をまっすぐに見つめた。


「そもそも」


 王妃陛下は静かに言った。


「なぜ私たちが、アリーゼ嬢をあなたの婚約者にしたと思っているのです?」

「…………え?」


「あなた一人では……王太子として、国を支えるには不十分だったからです」

「な……」

「だからこそ、アリーゼ嬢をあなたの隣に置いたのです」


 ランスロットの顔から。

 血の気が引いていく。


「アリーゼ嬢ほど」


 王妃陛下は私を見た。


「あなたの隣に立つ女性として、ふさわしい人はいないと思っていました」

「…………」

「聡明で、努力家で、人の気持ちを考えられる」


 王妃陛下の声には。

 強い確信があった。


「アリーゼ嬢がいれば、力不足なあなたの助けになると思ったのです」

「…………嘘だ」


 ランスロットが呟いた。


「私は……王太子だ」

「ええ」


 王妃陛下は頷いた。


「だからこそ、もっと自分を見つめなさい」

「…………」

「有能なアリーゼ嬢を失ったのは、あなたにとって大きな損失です」


 ランスロット殿下は。

 ただ私を見つめていた。


 その瞳には。

 初めて見る感情が浮かんでいる。


 動揺。

 後悔。

 そして。

 恐怖。


「アリーゼが有能だと……」


 小さな声だった。

 けれど。

 私は答えなかった。


 もう。

 私は以前の私ではない。

 今、考えるべきことは一つだけ。


 陛下を助けること。

 私は王妃陛下に向き直った。


「王妃陛下」

「はい」


「私、ルーヴェンへ戻ります」

「……アリーゼ嬢」

「エドガルド様にお願いしてみます」


 そう口にした瞬間。

 胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


 エドガルド様。

 また会える。


 そう思うと。

 ほんの少しだけ嬉しかった。


 けれど。

 これは恋ではない。


 陛下を助けるため。

 国を救うため。

 そう自分に言い聞かせる。


「必ず、雪見草を手に入れてみせます」


 私は強く頷いた。

 王妃陛下も。

 静かに頷いた。


「お願いします」


 その隣では。

 ランスロットが、呆然と立ち尽くしていた。


 自分が失ったものが。

 今になってようやく。

 少しずつ見え始めていた。


 けれど。

 もう遅かった。


 私は。

 新しい人生へ向かって。

 再びルーヴェンへ戻るのだから――。


 ◇


 エドガルド視点。

 アリーゼ嬢が王都へ戻って数日後。

 私は、執務室の窓から外を眺めていた。


 ルーヴェンの街並みは、いつもと変わらない。

 商人たちが行き交い、馬車が走り、遠くから子どもたちの声が聞こえる。

 けれど。


「……どうして、こんなに気になるんだ」


 私は小さく呟いた。

 アリーゼ嬢は、無事に王都へ戻っただろうか。


 国王陛下が病に倒れたという知らせは、こちらにも届いている。

 彼女は、陛下を助けるために帰国した。


 あの人ならば、きっとそうする。

 分かっている。

 分かっているのに。


「……アリーゼ嬢」


 彼女の名前を口にしただけで、胸の奥がざわめいた。

 初めて会ったときのことを思い出す。


 真剣な瞳。

 商談のときに見せた、あの強い意志。


 そして。

 別れ際に見せた、少し寂しそうな笑顔。


 私は、机の上に置かれた書類へ目を戻した。

 だが。

 文字が、頭に入ってこない。


「……困ったな」


 私は椅子に背を預けた。

 彼女が王都で困っているのなら。


 私は、すぐにでも駆けつけたい。

 けれど。


 今の私には、ルーヴェンで果たすべき仕事がある。

 それに。


 アリーゼ嬢は、私がいなくても、自分の力で道を切り開いていく女性だ。

 だからこそ。

 余計に、心配になる。


「……無理はしないでくれ」


 窓の外へ向かって、私は呟いた。

 そのとき。

 扉がノックされた。


「エドガルド様。王都から早便の手紙が届いております」

「王都から?」


 私は、すぐに立ち上がった。

 差し出された封筒を受け取る。


 そこには、アリーゼ嬢の名前が記されていた。

 私は、封を切った。


 そして。

 その内容を読んだ瞬間。

 胸の奥に、強い不安が広がった。

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