第4章-1
私室の窓から見える月は、満月に近付いていた。月が満ちていくと夜でも明るくなり、反魂香の煙が見えにくくなる。夜は暗いほうが、居心地がいい。
香蘭は、今日も反魂香に火を付けて春香に会っている。慣れてきた部屋の椅子に腰かけて、春香を見上げる。
「姐姐。今日は涼雨が、えっと淑妃様のところの侍女で公主様のお世話係の人ね」
「ええ、前に話してくれた人ね。覚えているわ」
「その涼雨がお菓子を届けてくれて、皆で食べたんだ。桃と梨の砂糖漬けとか、餡入りの粽もあって美味しかったよ。勇雲殿は全部に対して『甘い』しか言わなくて、小鈴から味音痴なのーってからかわれていたんだ」
香蘭は、そのときの様子を思い出して、春香に伝える。小鈴にからかわれた勇雲は、失礼な、と言っていたけど、玲玲から詳しい味の感想を求められて困っていた。明龍はその会話に参加はしていなかったけれど、いつもよりは眉間の皺をやわらげてその様子を見ていた。
ちなみに、香蘭もそれらを食べたのは久しぶりで、全部美味しいという感想しか出なくて、小鈴に同じことを言われた。
「楽しかったのね、香蘭」
「あ――うん、そうだね」
春香に微笑まれて、少し言葉に詰まりながらも香蘭は素直に頷いた。以前は、春香がいるはずの場所で楽しむことに後ろめたさも感じていた。でも、中元節の宴を楽しいと言えた頃から、少しずつ日々を楽しめるようになった。香蘭が笑うと、玲玲や小鈴が嬉しそうなのだ。
「あら」
「なんだろう」
香蘭と春香は同時に声を上げて、窓を見た。遠くで多くの人が慌ただしく動く音が聞こえたのだ。夜遅くにこんな風に音が聞こえてくるのは珍しい。何かあったのだろうか。
「何かあったのなら、部屋から出ないほうがいいわ。今日は早めに寝なさい」
「うん、そうする。おやすみなさい、姐姐」
香蘭は、反魂香から火が消えるのを見届けてから、香炉を棚の上に置いた。布団の中に入ってからも、外の音は続いていた。
また、夢をみている。
雲の中にいるような、真っ白な世界に立って、反魂香の香りを感じる。蝶が飛んでいる姿に香蘭は見惚れている。
迷うことなく、あるべき場所に向かう姿を少し羨ましく思うのかもしれない。
飛んでいった先に何があるのか、香蘭が一歩踏み出したところで、夢から醒めた。




