第2章-6
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お茶会を終えて、香蘭は明龍の執務室にやってきていた。玲玲と小鈴は雑務をしてくると言い、勇雲は情報収集をしているという。執務室には香蘭と明龍だけ。
お茶会で得た情報を、筆談にて明龍に報告をする。沈婕妤が沈丁花を好んでいたというところから、沈婕妤の話が続いた。恨みをを持って出てくるってことは殺されたのかとか、病死だと報告があったし殺す必要なんてないだろうとか、もっと生きたかったから無差別に狙っているんじゃないかとか、とにかく雑多で、無遠慮な噂話が繰り広げられていた。
「なるほどな」
明龍がすべて聞き終わって、正確には紙に書かれた文字を読み終わって頷いた。相変わらず眉間に皺が寄った険しい顔をしている。
筆談では口頭よりも時間がかかるし、途中で書き足したりすれば読みづらいことも多々あるだろう。
『筆談によってご不便をおかけして申し訳ございません』
香蘭はそう書くと頭を下げた。明龍からは、意外な声音で返事が返ってきた。
「いや、むしろ気にしなくていいから気が楽だ。助かる」
心の底からそう思っているというような、すごく素直な口調だった。香蘭は、明龍の言った意味を少し考えた。気にしなくていい、とは何をか。
――ああ、そっか。人の声、つまりは嘘をついているかどうかを、気にしなくていいんだ
明龍の嘘がわかる力は、嘘をついた声が濁った音がすること。つまり、声だけに発揮されるわけなので、筆談だとその濁った音が聞こえることはない。
「君の声が出ない理由を知っていながら言うのは不謹慎だとは思うが……」
一度言葉を切って、明龍は香蘭を見つめた。声を代償にすることは香蘭自身が決めたことだ。気にする必要はないと一度だけ首を振る。それを見て明龍は続けた。
「気を張らずに誰かと話ができる、なんてことは一生ないと思っていたんだ」
「……!」
「勇雲は、嘘をつかないよう頑張っているが、たまに口を滑らせる。いや、あれで相当気をつかっているだろうから、あいつを休ませることができるのもいい点だな」
後半は、香蘭に言うというより、独り言に近いような口調で言っていた。臣下思いな人だ。嘘をつかれるのが嫌だ、ではなく相手に気をつかわせている、と話す優しさはきっと無意識だろう。
『わたしも、助かっています』
話してくれたことに対して、香蘭からも返したくて筆を動かした。
『声が出ないことで、今まで何をされても助けを呼ぶことは不可能でした。ただ、耐えるしかなかったんです。でもここは、声がなくても安心して過ごすことができます。本当にありがとうございます』
「そう……か。そうなのか、それは良かった」
心なしか、明龍の眉間の皺がゆるみ、表情が穏やかになったように見えた。お互いにとって居心地のいい空間になっている。不思議な気持ちだ。
夜、香蘭は部屋で香に火をつける。
「魂在何許(魂はどこにあるのか) 香煙引到焚香處(香の煙に導かれ、香の焚かれるところ)」
香蘭が文言を言えば、甘い金木犀と雨上がりの香りの煙の向こうに春香が現れる。
「姐姐、今日はね淑妃様のお茶会に行ってきたの。お茶も月餅もとても美味しかったから、姐姐にも食べてほしかったなあ。姐姐の代わりに香士としてのお仕事もちゃんとやってきたからね」
春香はいつも少し困ったような笑顔をしているのだが、今日は表情がやわらかい。香蘭はさらに今日あったことを話す。
「殿下が、わたしとの筆談は気が楽だとおっしゃっていたの。少しは役に立てているならいいんだけど」
「香蘭」
「なあに、姐姐」
春香が微笑みながら香蘭の名前を呼んだ。その響きが優しくて、香蘭は嬉しくなって子どもの頃のように言葉を伸ばして聞き返した。
「少し表情が明るくなったわね、良かったわ。……香蘭、私のことは忘れていいのよ」
香蘭は、頭がすっと冷えていくのを感じた。今聞こえた言葉を理解するのを拒否して、何度も首を振った。
「嫌だよ。なんでそんなこと言うの」
「私のせいで声が出なくて、不便でしょうし、仕事も香蘭の好きなことをしていいのよ」
「声は、姐姐のせいじゃない。反魂香の影響だし、それを使うって決めたのはわたし。この仕事も、本当は姐姐がするはずだったから、わたしじゃきっと至らないけど、でももっと頑張るから」
煙の向こうの春香に手を伸ばすが、春香に触れることなどできるわけもなく、白い煙すら手に掴むことはできない。香蘭は唇をぐっと噛み締めた。泣かない。反魂香がどういうものかは香蘭が一番わかっている。魂と話ができる、それだけだ。それ以上を望んではいけない。
「ごめんね香蘭。ごめんね……」




