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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第二章 夏、二軒目の家

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わたしは、井戸の水が減っていることを知らなかった

 水瓶に手のひらを向けると、いつもどおり水が出た。

 底を打つ音が、はじめは高い。たまってくると、だんだん低くなる。縁の指二本下まで来たので、手を下ろした。

「これでいっぱい」

 こっちのおうちの水瓶は、内側がまだ白い。うちのは古いから、底のほうが茶色い。

 外へ出て、干したものを取り込んだ。夏になってから、朝に干したものが昼前に乾く。乾いていると、うれしい。一日かかるはずのものが、半分でおわる。

「おかあさん、これ、もう乾いてたよ」

「……ありがとう」

 おかあさんは紙の束をひらいて、なにか書いていた。それから、わたしのほうを見ないで言った。

「今日は、何回目かしら」

「何回目って?」

「水。出したの」

「えっとね」

 わたしは指を折った。朝、こっちの水瓶でしょ。それから、うちの水瓶でしょ。あと、桶にちょっとと、鶏のところに少し。

「……あれ」

 きのうのぶんまで数えていた。

「わかんなくなった」

「そう」

 おかあさんは、わかんなくなった、って書いたと思う。書くのが、ちょっとだけ長かった。

 うちに帰って、うちの水瓶にも出した。こっちは低い音がする。ぼこぼこ、って鳴る。

 水は、汲みに行かなくていい。うちの水は、わたしが出すもの。井戸の水は、村のもの。

 井戸へ行くのは、洗うものがあるときだ。今日はそれ。


 井戸のところに、桶がずらっと並んでいた。

「つむぎ、おはよう。うしろに置きな」

「うしろって?」

「並んでるんだよ、桶が。前のが済んだら、次の人」

 いつもは、みんな好きなところに桶を置いて、しゃべりながら洗っている。今日は、ちゃんと一列になっていた。

「なんで並んでるの」

「そういうことにしたのさ。いっぺんに来ると、汲むほうが追いつかないからね」

 おばさんが縄を引き上げた。桶が上がってくるまでが、前より長い。

「重くないの、それ」

「軽いよ。軽いのが困るんだ」

 井戸をのぞいてみた。石を積んであるところに、いつも黒くて濡れている段がある。その段の上のほうが、白くなっていた。前に見たときは、もっと下まで黒かった気がする。

「あんまり乗り出すんじゃないよ」

「見てただけ」

 おばさんの一人が、桶の上に手をかざした。水が出て、桶の半分くらいで止まった。

「……だめだね。今朝はもう出したから」

「朝に一杯、夕方に一杯。それがせいぜいさ」

「続けては出ないもんね。出したら、しばらく空っぽ」

「うちは息子がいるからいいよ。あの子のぶんがまだある」

「一杯かい」

「一杯だよ。誰だって一杯だろ」

 みんな、桶の話をしていた。誰が朝いちばんに来るかとか、一日に何杯までにするかとか。

「近ごろ、暗いうちから来てる人がいるだろ」

「いるね。行ってみたら、もう桶が置いてあるんだ」

「誰だい、あれは」

「知らないよ。名前が書いてあるわけじゃなし」

 わたしは洗うものを水につけた。桶の水は、ちょっとぬるかった。

「牛にやったら、それでおしまいだよ。あれは一日にとんでもなく飲むからね」

「畑なんて、桶で数える話じゃないさ。何百ばい運べばいいのさ」

「だから雨だよ。雨が降らないと、どうにもならない」

 わたしは布をひろげて、水の中でふった。ふるたびに、水が白くにごった。

「うちの亭主なんかね、水がもったいないからって、顔を洗うのをやめたよ」

「そりゃ、ただの無精だろ」

「前からだよ、あれは」

 みんなで笑った。わたしも笑った。

 それから、また桶の話になった。前はもっと、ちがう話をしていた気がする。


 午後、おとうさんの家のうしろへ行った。

 薪を割っていた。丸太を立てて、上から斧をおろす。まっすぐ二つに割れる。

「はんぶんこ」

 おとうさんは何も言わなかった。

 わたしは割れたのを両手で持って、壁のところまで運んで積んだ。運ぶのは、わたしがやることにした。

 おとうさんは、いつもなら、まず、とか、つぎに、とか言う。まず太いのを割って、つぎに細いのをやる、とか。今日は言わない。

「おとうさん」

「ああ」

「そっちの、割らないの」

「……あとで」

 それだけだった。

 家のよこには、長い丸太が置いてある。皮をむいたのと、むいてないのが混ざったままだ。いちばん小さい鶏が、その上に乗っていた。

「まだ乗ってるよ、あれ」

「……そうか」

「今日は落ちてない。上手になったんだと思う」

 おとうさんは丸太のほうを見た。ちょっと見て、それから、また斧を持った。

「水の道、いつできるの」

 手が止まった。

「……あれは、しばらく置いておく」

「ふうん」

 わたしは次のを運んだ。

 おとうさんは、このごろしゃべらない。はじめのころは、もっといろいろ訊いてきた。好きな色とか、こわいものとか、木の実のなる場所とか。

 薪は、高く積むと倒れる。だから下を広くする。わたしがそうやって積んでいたら、おとうさんが振り向いて、それを見た。

「……そこは、下を広くしたのか」

「うん。倒れるから」

 おとうさんは、うなずいた。それから、また丸太を立てた。

 わたしは、もっと運ぶことにした。日が傾くまでに、壁のところがいっぱいになった。

「じゃあ、帰るね」

「ああ」

 おかあさんが戸口まで出てきて、手をふった。おとうさんは、まだ割っていた。


 うちの戸を開けたら、サナがいた。

 土間のところに立って、こっちを見ていた。

「サナ!」

 わたしは走って中に入った。サナは、あついのにいつもの服だ。厚くて、ざらざらしたやつ。ずっとあれを着ている。

 器を出して、水を出した。サナは何も言わずに、それで手を洗った。よけてあったぶんの布を取って、二つ出した。わたしのぶんもあるからだ。

「あのね、今日ね、井戸に桶がいっぱい並んでたの。ならんで待つんだって。おばさんが、うしろに置きなって言った」

 サナは食べていた。

「それでね、おとうさんが薪を割ってたから、わたしが運んだの。下を広くすると倒れないんだよ。教わってないけど、そうなの」

 サナは器を持ったままだった。

 わたしはしゃべりながら、自分のぶんも食べた。だれかがいると、ごはんが早くなくなる。

 食べおわってから、サナがわたしを見た。

「背が伸びた」

「ほんと? 柱に線があるんだよ。おとうさんがつけたの。ここと、ここ」

 わたしは柱のところへ走って、二本の線を指でおさえた。近い。ぜんぜん近い。

「これしか伸びてない」

「伸びた」

 サナはそう言って、そのあとは何も言わなかった。わたしの頭に手をのせて、少しのあいだそのままにして、離した。

 横になってからも、わたしはしゃべっていた。鶏の話をして、桶の話をして、途中でねむくなった。

 朝、起きたら、サナはいなかった。


 あくる朝、井戸のほうから声がしていた。

 行ってみたら、人が集まっていた。村長がいて、木の札を配っていた。木を割っただけの、ただの切れっぱしだ。

「これ、なに」

「順だ」

 村長はわたしに一枚見せてから、隣の人に渡した。

「朝のうちは、上の段の家から汲む。日が高くなったら、下の家だ。札を持っている家から順に来る」

「なんで?」

「みんなが一度に来ると、桶を提げて待つだけで昼になる。待つのが減れば、そのぶん汲める」

 なるほど、と思った。

 おとうさんも来ていた。うしろのほうに立って、聞いていた。なにも言わなかった。

 札は一枚ずつ配られていった。おばさんが受け取って、腰のところにはさんだ。

「つむぎのところは……」

「うちはいらないよ」

 わたしは言った。

「洗うときしか来ないもん」

 おばさんは笑った。まわりの人も笑った。

「そうだったねえ」

「つむぎのうちは、いいのよ。あそこは昔から困ってないから」

 五年ぶん、それが当たり前になっていた。


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