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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第十章 春、もう一度まく

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いたの続きは、サナのうちで書くことにした

 段を、上のはしから下のはしまで歩いた。

 蒔いたあとは、しばらく中へ入らない。入ると踏むからだ。だから、はしの細いところだけを行く。はしは足の幅しかなくて、片がわが下がっている。下がっているほうへ体が寄ると、押し返して歩く。

 落としすぎたところを、見ておきたかった。かたまりで落ちたぶんは、あとで抜かなければならない。どこだったかは、足がおぼえている。三つ目の段の、まん中より少し下だ。

 しゃがんだ。土はならしたままだった。何も出ていない。

「なんにも出てない」

 指で上のところをどけてみた。下は、色が濃い。麦は見えない。もどして、上から押した。押したところだけ、あとがついた。

「ここだと思ったんだけどな」

 出てからでないと、どこがかたまりだったかは分からない。でも、来てしまった。

 段のあいだの土に、足あとが残っている。蒔いた日のぶんだ。どれも上から下へ向いていて、つま先のほうが浅い。わたしのも混じっている。わたしのは、かかとだけ深い。

 立ったら、膝のうらに風が当たった。日は、上の段のはしにだけ残っている。


 坂を上がった。うちの前まで来たら、鶏はもう囲いの中にいた。三羽とも入っている。いちばん小さいのが、いちばん奥にいて、こっちを見ていた。

 戸に手をかけて、もう下ろしてあることに気がついた。かけた手を、そのまま離した。

 板は、上着の内がわにある。歩くと、角がわきのところに当たる。当たるのはいつも同じところで、そこだけ布がへこんでいる。

 戸をあけた。中は外より暗い。火の音が低くなっている。はじめのぱちぱちは終わっていて、太い薪の芯のほうで鳴る音になっていた。

 火の前に、器が一つだけ出してあった。サナが戻っている。

「きょうは、はやく上がったの。上の段だけだったから」

 上着の前をひらいて、板を抜いた。村へ帰ってきてから、まだ一行も書いていない。

 いちばん下の行へ、指のさきをあてた。あてたまま、はしまですべらせた。指が黒くなった。

「ここだけ、うすい」

 消えたのではない。うすくなっただけだ。上の行は濃いままで、下へ行くほどうすくなる。歩いているあいだに、上着の中でこすれるからだ。

 表は、しまいまで来ている。うらも来ている。線から上にも、下にも、空いているところが無い。

 これ以上は、書けない。


「板、もう一まいある」

 棚の上に、置いたままになっている板だ。村を出るときに、持っていかなかったほうだ。

 取って、膝へ置いた。こっちのほうが厚い。はしのところが丸くしてある。おとうさんが削ったからだ。持つと、指の腹のあたるところだけ、つるつるしている。

 表は字でうまっている。ならべて引いた棒が上のほうにあって、そのあとに自分の名前がある。名前の字は、いまより大きい。下のほうは、塾で習った字が順に並んでいる。まちがえたところは、こすって消した跡が残っていた。

 うら返した。

 うらは、名前が一つあるきりだった。はしのところで、切れている。

「つかえる」

 炭は、布のあいだにはさんだままになっていた。荷から出したあと、そこだけ動かしていない。出してみると、行くまえより短い。持つと、指のあいだからはみ出るぶんが、もう少ししかない。

 どこで書くか。

 おとうさんのうちの台には、おかあさんの紙がのっている。夜になると、あかりもそっちへ寄る。台のはしは空いているけれど、空いているのと、置くところがあるのとは、ちがう。

 ここでいい。


 板を二枚とも膝に置いて、棚のほうを見た。いちばん奥は、サナのぶんだ。そこから手前は、なんにも置いていない。あずかりものは、返したきりになっている。

「ここ、あいてるね」

 棚は、板を一枚わたしただけだ。奥は壁にくっついていて、手前はすこし浮いている。重いものを手前へ置くと、そっちへ傾く。

 サナが立った。

 棚のところまで来て、いちばん奥の布に手をかけた。かけて、手前から奥へ、手のひらぶんだけ寄せた。それから、板の置けるあたりを、一度だけなでた。ふちから、ほこりが落ちた。

「乾く」

 サナは戻って、座った。棚のほうは、もう見ていない。

 わたしは、そこへ手を当ててみた。かわいている。竈のがわだからだ。うちの中では、ここがいちばん早く乾くはずだ。


 膝の上で、炭を板に当てた。

 線を引こうとして、止まった。あっちでは、うらに線を一本引いていた。上が字で、下が数だ。右のはしは、三つぶんあけておく。

 引かないことにした。うらは、ぜんぶ上でいい。

「とる。あるく。ひらく。かぶせる」

 言いながら、四つ書いた。

 書いてから、二つ目と三つ目のあいだに点を打った。ここが、いちばん切れるところだ。切れると、二歩さきまで行ってしまう。点があれば、見たときにそこで目が止まる。

「ここで、いっつも切れるの」

 つぎに、はしからはしまでを三つに分けることを書こうとした。それは、字にならなかった。

 だから、線を三本引いた。長さをおなじにして、あいだに短い棒を立てた。棒と棒のあいだが、一袋ぶんだ。

 字が大きくなった。板のほうが紙より広いのに、一行に三つしか並ばない。板を持って、顔から遠ざけてみた。遠くにしても、字は大きいままだった。

 笑ったら、炭の粉が板から飛んだ。小さくするのは、あとでもできる。そのままにして、次の行へ行った。

 ヨナスのことも書こうとした。名前の字のうち、二つ目が出てこない。

「ヨナス、どう書くんだっけ」

 そこだけあけて、先へ行った。

 書いたところへ鼻を近づけると、においがする。引いたばかりのところが、いちばんする。

 板を立てて、下から上へ二回振った。落ちるぶんは落ちた。口に入ったのが、少しにがい。

「にがいよ、これ」

 戸のがわは、暗い。

 炭の音は、板のほうが大きい。引くたびに、指のところまで音が上がってくる。紙のときは、上がってこなかった。紙は、下へ逃げる。板は逃げない。

 こっちのほうが、すきだ。

 板は、膝の上であたたかくなってきた。木は、そうなる。紙は、そうならなかった。

 書いているあいだ、外の音が聞こえなくなっていた。風が止まっていたのか、わたしのほうが聞いていなかったのかは、分からない。

「あした、ぬくんだって」

 もう一行あけた。あしたのぶんだ。

 あしたは、こぼれたところを抜く日だと、おとうさんが言っていた。抜くのは、はじめてだ。どうやるのかは、まだ知らない。知らないことは、書けない。だから、あけておく。

 あけておくと、そこに入るもののほうが、先に決まる。

 書いていると、肩が下がってきた。下がってから、上がっていたことに気がついた。


 あかりを、膝のところまで持ってきた。近づけると、手の甲のほうがあたたかい。板の上は、明るいところと暗いところに分かれる。暗いほうは、字がふくらんで見えた。

 しまうことにした。

 二枚とも、棚へ上げた。あっちから持って帰ったほうは、サナのぶんのとなりへ立てた。立てると、うすいところが下になって、見えなくなる。

「うすいの、かくれた」

 書いたほうは、その手前へ寝かせた。あしたも出すからだ。寝かせておけば、取るときに上からつかめる。立てると、はしを持つことになって、そこがまた黒くなる。

 棚の前で、しばらく見ていた。板が二枚ある。手前と奥で、厚みがちがう。奥のほうが薄い。持って歩いたのは、そっちだ。

 サナのいるところまでは、あかりが届かない。

「いたの続き、ここで書くね」

 聞こえたかどうかは、分からない。あかりを落とした。

 ここで書くと決めたら、書くことのほうが、あとから増えた。


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