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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第十章 春、もう一度まく

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まく順を、わたしの手はおぼえていなかった

 坂を下りたら、においが下から来た。

 土だ。返したところは、上が白く乾いて、割れ目のところだけ色が濃い。濃いところから上がってくる。歩くと、足のさきのあたりで、濃くなったり薄くなったりする。

 段のはしに、袋がならべてあった。口をひらいて、上のところを外へ折り返してある。中の麦は、日の当たったぶんだけ白っぽく見えた。

 村長が上に立って、家の名を呼んでいる。呼ばれた人が、器を持って前へ出る。おとうさんは、そのとなりで枡を持っていた。

 枡に流して、はしを短い木でならして、ひっくり返す。また流して、ならして、ひっくり返す。おとうさんは、手もとを見ないでやっていた。見ているのは、次に出てくる人のほうだ。

「つむぎ、そこは下がっとれ」

 村長が言った。

「こぼれたぶんを踏む。踏んだら、そこだけ先に芽が出る。出たところは、あとで抜かにゃならん」

 袋のほうへ下がった。

 器は、家によってちがう。木の桶のところもあるし、布の袋のところもある。下の家のは、口のふちが二重になっていて、しばると立つ。となりのぶんは、村長が先に取り分けて、袋のまま脇へ置いてあった。おとうさんが計る側にいる年は、そうするらしい。

 袋の口は、出すたびに内がわへ倒れてくる。三軒めのときに倒れきったので、わたしが両手でひらいて、外へ折り直した。

「ここ、たおれてくるよ」

「おさえとけ」

 おとうさんは、手を止めないで言った。

 来たつぎの日は、見ているだけだった。おとうさんが起こして、わたしは畦に座っていた。座っていると、においは膝より上へ来ない。立つと、顔まで来る。

 日が、段の上のはしから当たりはじめた。当たったところから、においが変わる。湿ったほうが先に消えて、乾いたほうだけが残る。

「上の三軒から蒔く。日の当たるほうから乾くからな。乾いてから置いても、根が下へ行かん」

 村長は、袋の数をかぞえ直してから下りていった。


 配りおわると、人が段へ入った。はしからはしまで、ならんで立つ。あいだは腕一本ぶんで、せまいところでは肩が当たる。

 入るところが無かった。

 上の段は、もう詰まっている。下の段も、はしから埋まっていった。去年まで、わたしが入っていたあたりには、下の家のおじさんがいる。

 ヨナスが、二歩よこへ出た。出たぶんだけ、あいだがあいた。ヨナスは種を取る手を止めて、段の上のほうを見ている。そのまま動かないでいた。

 わたしは、そこへ入った。ヨナスは、また歩きだした。


 腰に布を巻いて、種を移した。一袋を、はしからはしまでに分けておく。

 はじめの三分の一で使いすぎると、しまいが薄くなる。薄いところは、あとから足せない。だから先に分ける。

 分けるのは、すぐできた。

 手のほうが、できなかった。


 取って、歩く。歩きながら指をひらく。ひらいたら、うしろの足でかぶせる。

 前は、それがぜんぶ一度に来ていた。

 いまは、取ってから止まる。止まってから落ちる。落ちてから、かぶせるのを思い出す。思い出したときには、もう二歩さきにいる。

 戻ったところに、黒いかたまりができていた。指のあいだで分かれないで、いっぺんに落ちたぶんだ。

 しゃがんで、ひろげた。ひろげてから、土をかぶせた。

「あ」

 声が出た。

「手、わすれてる」

 言ったら、おかしくなって、笑った。

 火を起こす手は、きのうもおぼえていた。まく順だけが、どこかに置いてきてある。

 前が、あいていた。

 ヨナスが、そこで止まっている。腰の布に手を入れたまま、なかをさぐっている。追いついたら、歩きだした。

「おれは、蒔くのは下手だ」

 前を向いたままで言った。

「屋根は落ちんが、種は落ちすぎる。うちの婆さんに毎年言われとった」

「ヨナスのとこも、しまいが薄くなるの?」

「薄くなる。毎年、しまいだけ薄い」

「先に分けたらいいよ。どこまででどれだけ使うか、はじめに決めとくの」

「決めても、手が言うことを聞かん」

 それは、ほんとうだと思った。

 段のはしまで行くと、列がぜんぶ向きを変える。はしの人が先に回って、まん中はそのあとから回る。回りきるまで、だれも落とさない。

 回るとき、ヨナスが半歩さきへ出て、それからうしろへ下がった。あいだは、さっきと同じだけあいていた。


 段が長くなると、声が遠くなる。

 はじめは、上のはしの人の声まで聞こえていた。そのうち、となりの人の息しか聞こえなくなる。かわりに、ずっと下のほうの声だけが、風で戻ってくる。近いところが黙って、遠いところが鳴っている。

 種は乾いている。指の腹でこすっても、粉にならないで、すべるだけだ。日が上がると、布の中のほうまであたたかくなった。あたたかくなったぶん、よけいにすべる。

 段を二つ終えるころ、落とすのと歩くのが、一度に近くなった。近くなっただけで、一度ではない。


 昼は、みんな井戸端まで下りた。

 縄の音がして、桶が上がってくるあいだは、だれも喋らない。上がりきると、また喋りだす。

 手を洗ったら、落ちる水が茶色くなった。爪のところだけ、色が残る。口のなかに土の味がした。水を飲んだら、先にそっちが落ちていって、あとから水の味になった。

 朝、うちで包んできたぶんを出した。麦のかたいのだ。噛むと、はじめは音がしないで、あとから割れる。割れてから、塩が出てくる。

 親指のつけねを押した。前は、押しても沈まなかった。いまは沈む。

「ここ、やわらかくなってる」

 縄のところにいたおばさんが、わたしの手をつかんで、ひっくり返した。

「ひと冬やらなきゃ、そうなるだろ」

「そうなんだ」

「なるさ。戻るのは、なるより早い」

 おばさんは手を離して、自分の桶を持ち上げた。

 ヨナスは、縁に座って、靴の底の土を木でかき出していた。かき出したぶんが、足もとで山になっている。

 わたしのも見たら、同じだけついていた。かかとのほうが厚い。うしろの足でかぶせるからだ。

 首のうしろだけ、日が当たって熱い。見上げると、上のほうから種を落とす音がしている。上の三軒は、昼も下りてきていない。

 おとうさんは、坂の上にいた。まだ枡のところだ。器を持った人が、二人ならんで待っている。おとうさんの後ろで、袋の口が、また内がわへ倒れていた。


 首のうしろが熱くなくなってから、段を下りた。

 戸のわきに、桶が伏せてあった。おとうさんが来たあとだ。

 中は、火のにおいがした。煙のにおいではなくて、入ったばかりのにおいだ。細い枝の鳴る音が続いている。

「ただいま」

 サナは、戸のがわにいた。

 腰の布をほどいて、土間のはしで振った。土と、種の粉が落ちた。

「あのね、きょう、まいたの。入るところが無かったんだけど、ヨナスがあけてくれたの。何も言わないで、よこへ出ただけなの」

「そしたらね、手がちがうの。取るのと歩くのが、べつべつになるの。前はいっしょだったのに、いっしょにならないの」

「二歩行ってから、戻るんだよ。かぶせるの、わすれるから」

「ヨナスもね、しまいが薄くなるんだって。毎年だって。先に分けたらいいよって言ったら、手が言うことを聞かないって」

 言ってから、わたしも同じだと気がついた。

「わすれた」

 サナが言った。

「わすれた」

 わたしも言った。言ってから、また笑った。

 サナは、それきり何も言わなかった。火のほうへは手を出さないで、そこにいる。

 器を出して、よそった。腕を上げると、うしろのところが痛い。下ろすと痛くない。だから、下ろしたままで食べた。

 食べてから、腰の布をもう一度ひろげた。縫い目のところに、種が三つ残っていた。

 棚のはしへならべて置いた。あしたの朝、袋へ返す。


 三日で、手は思い出した。思い出したけれど、前とおなじ速さにはならなかった。


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