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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第九章 早春、道をえらぶ

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ゾフィー先生は、つづきからできますとわたしに言った

 目がさめたとき、まだ揺れていた。

 寝るところは動いていない。それなのに、からだのほうが揺れている。手を出して、板のふちをつかんだ。つかむと、止まった。

 行きのときも、下りてから二日はこうだった。四日ぶんが、あとから来る。

 寝るあいだ、板は上着の内がわに置いてある。出して、字のほうを上にした。線から上は、来たときのまま空いていない。下のところは、消さないままだ。

 ミナは、もう起きていた。手は、まだ布のなかにある。手が出るまでは、炭を持たない。声はかけないで、上着を着た。


 廊下へ出た。石は、はしのほうがまだ冷たい。まん中は、そうでもない。まえは、どっちも冷たかった。

 上の段から、靴の音が下りてくる。いちばんはじめに下りていく子たちは、きょうも早い。名前は、いまも聞いていない。

 外の音が、まえより近いところで鳴っている。戸をあけしめする音が、上のほうでも下のほうでもする。


 屋根のはしから水が落ちるのは、もう見えなかった。落ちるものが、無くなったらしい。

 下の広いところは、まだ人がすくない。はしのところに、荷が三つ置いてある。ふたつは知らない色で、まん中のがうちのだ。

 うちのは、ふたの上に、ひもがもう一本かけてあった。かけたのは、わたしではない。

 あれは、あとから、まとめて運ぶんだって。わたしのは、小さいほうだけだ。


 机のところを通ったら、名前を呼ばれた。

「つむぎ」

「うん」

「持っていくものは、そこにまとめてある。あとは、昼すぎだ」

「うん」

「こっちの紙からは、もう抜いてある」

「ぬくの」

「抜いた」

 その人は、次の紙をひらいて、こっちを見なくなった。

 抜いたぶんが、どこへ行ったのかは、言わなかった。


 いつもの時間に、廊下の奥へ行った。突き当りの戸は、あいたままになっている。いつもは、閉めてから始める。

 床のまるいあとの上に、器が無い。あとだけが、まるく残っている。まるいあとのまん中には、欠けたところがある。器を置いていると、下になって見えない。

 光は、床の途中までしか来ない。器が無いので、切れているところがよく分かる。

 うしろの壁ぎわの机には、紙が置いたままになっていた。人はいない。

 ゾフィー先生は、こっちの机のところに立っていた。机の上には、紙が何枚か重ねてある。いちばん上のは、まだ字が入っていない。

「器は、下げました」

「うん」

「きょうまで、と聞いています」

「うん」

「では、きょうは、お教えするものがありません」

「五つ目は」

「五つ目は、お教えする日が決まっています。きょうは、その日ではありません」

 日にちのほうは、そこで止まった。

「四つ目までは、あなたのものです。手順のとおりにやれば、いつ来ても、おなじところから続きます。はじめから、やり直すことにはなりません」

「はじめからじゃないんだ」

「はい」

 ゾフィー先生は、袖の内がわを指で一度おさえた。それから、手は下りたままになった。

「戸は、あけておいてください」

 言われたとおりにして、外へ出た。

 しまいまで、水のことは出てこなかった。


 へやへ戻ると、ミナはもう書きはじめていた。机のはしに、紙が重ねてある。炭のにおいは、書いたばかりのほうが強い。

「つむぎ、板」

「うん」

 上着の内がわから出して、渡した。ミナは受け取らないで、机のはしを指でさした。そこへ置いた。

 ミナは、自分の紙を、板のとなりへひらいた。

「これ、なに」

「つむぎの」

 紙は二枚あった。上のほうには、上から下まで字が入っている。そのならびに、見おぼえがあった。

 まるくまわる字が、上の分かれた形のすぐ下に来ている。習った順番だと、そこには来ない字だ。そこへ入れたのは、わたしだ。

 その下も、そのつぎも、板とおなじだった。しまいの行まで見た。

 持っているところが、指のかたちに折れた。紙は、はしが波になると、もう戻らない。

 手をひらいた。

「消すって言ったでしょ」

「言った」

「消したら、もう出てこないの。だから、消すまえに写したの。かえる日のまえの日。つむぎが荷を出してたときなの」

「さわらなかったよ」

「さわると、炭がこすれるの。だから、置いたまま写したの。こっちから見ると、さかさまでしょ。さかさまのほうが、かたちだけ見るから、まちがえないの。父さんが、そう言うの。分かった?」

「さかさま」

「さかさま。一回で写して、二回目に、抜けたところを入れたの。二回目で三つ出たの。だから、二回なの」

 ミナの字は、いつも行のはじめがまっすぐに来る。この紙だけ、そうなっていない。

「行のはじめは、そろえてないの。つむぎの板とおなじにしたから。ならびを変えたら、つむぎのじゃなくなるでしょ」

「なくなる」

 二枚目の上のほうには、数が入っていた。板のうらとおなじだ。右のはしは、板とおなじに空けてある。

「うらも見たの」

「見たよ。うら返さないと、しまいまで写せないでしょ。数のほうは、右を空けてあるの。だから、そこも空けたの。空いてるところも、おなじにしないと、おなじにならないでしょ」

「そうだね」

 板の下のほうは、こすれてうすくなっていた。行きも帰りも上着の内がわへ入れていたのに、うすくなった。

「板の、下のほう、うすいの」

「うすくなるよ。炭だから。こっちのは、たたんでしまってあるから、うすくならないの。父さんの帳面も、古いほうがきれいなの」

「そうなんだ」

 二枚目は、下のほうが書かれずに空いていた。

「ここ、書いていい」

「いいよ」

 炭を借りた。持つと、はじめに持ってきたのより太い。

 自分の名前を書いた。塾ではじめて書いたときより、棒が下まで行かないところで止まる。

 書きおわると、ミナは紙を二つに折って、上着の内がわへ入れた。

「ここなら、波にならないの」

「そうだった」

 板は、机のはしから取って、上着の内がわへ戻した。腹のところが、板の形に平たくなる。


 へやを出るとき、ミナが先に荷のほうを持った。わたしのぶんは、そんなに重くない。

 廊下で、エルマとすれちがった。

 エルマは、わたしの荷のほうを見た。それから、足を止めた。

「もう、来ないの」

「こない」

「ふうん」

 エルマは、上着のふちのところを指でつまんで、はなした。

「……つまらなくなる」

 それだけ言って、階段のほうへ先に行った。

 エルマの上着のふちは、廊下の暗いところへ入ると、光らなくなった。


 階段は、下りるときのほうが、まん中のへこみがよく分かる。

 下の広いところへ出ると、壁の紙のところには、だれもいなかった。下のはしのめくれは、まえのままだ。

 字と数のへやの戸は、あいていた。板は、上の行から白くなっていく。ハンネスは、こっちを見なかった。

「あのさ」

 まえに廊下で会った子だった。袖は、きょうもまくっている。

「あれ、しまいまで行った」

「うん」

「でも、止めるのが長い日があるの」

「長くなる日は、肩が上がってるよ。下げると、止めるのがみじかくなるの」

「かたね」

「かた」

「ありがとう」

 その子は、上のほうへ上がっていった。

 はしのところの荷は、朝と向きが変わっていない。うちのは、まん中のだ。あれは、あとで人が来る。

 外の戸のところの石は、乾いていた。ここで靴の底をこする。きょうは、こすっても音がしなかった。

 戸を出るところで、ミナが前のほうを持った。わたしは、うしろのはしを持つ。持つところが変わると、重さの来かたも変わる。段を下りたときとは、逆になった。


 門の内がわの石は、一枚が大きい。歩くと、足音がうしろから返ってくる。荷を持っていると、返り方がちがう。

 門までは、来た日に八十二歩だった。きょうは、そのとおりには歩けない。荷が右にあるので、左のほうが広くなる。

 石の継ぎ目は、つま先が入らない。来た日から、そこは変わらない。上着の内がわの板が、歩くと腹のところで少しだけ動く。指で上から押さえた。押さえると、動かなくなる。

 日は、門の柱の上のところまで来ている。下に、馬車が止まっているのが見えた。

 馬のところに、人が一人立っている。手綱は持っていない。荷を上げるのは、まだあとらしい。

 なかばまで来たところで、荷は、ミナのほうだけになった。取ろうとしたら、先に持ち上げられた。ミナは、門の手前で止まって、荷を石の上へ下ろした。

「つむぎのは、ぜんぶこっちにあるの。だから、そっちで無くしても、無くならないの。分かった?」


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