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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第九章 早春、道をえらぶ

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戻らないと伝えた日に、俺が取った四つ目の条件

 去年の夏に取った条件は、三つだった。

 今度書くのも、三つになる。数を合わせたのではない。書き出して、そこまでだったというだけだ。

 朝のうちに置き場を回った。袋の口の縄を締め直す。面はまた下がった。次に出す日で、たぶん終いになる。

 霜は、日が上がるころには消える。壁の下の浮いたところへ土を足すのは女衆だ。俺は水を運んだついでに、囲いの下を埋めた。上を踏むと硬い。下はまだ湿っている。

 娘が来て、埋めたところを足で二度踏んだ。

「わたしのも入らない?」

「入らん」

 娘は踏んだところをもう一度踏んで、鶏のほうへ行った。


 板は台に出したままにしてある。いちばん上は、着く日だ。着いてしまえば、用が済む。指の腹で押して、消した。板は、朝のうちは冷たい。

「けした」

 娘が横から覗いた。土間の縁で足をこすってから、上がってきている。

「過ぎた日だ」

「もう、いらないの」

「うん。ここに、次のを書く」

 消したところへ、名を書いた。つむぎ、と書いて、そこで炭を離した。離してから、その下を少しあけた。

 あけたところの下へ、三つ書いた。学園へは戻らないこと。向こうに置いてあるものを、こちらへ戻すこと。行き帰りの人と入用は、行ったときと同じに主家が出すこと。

「なんて書いたの」

「つむぎのことだ」

 娘は板の縁を指でなぞって、外へ出ていった。縁のところだけ、炭がつかない。手でよく持つところだからだ。

 文乃は台の奥で紙を広げている。配る順番のところだけ、この冬で長くなった。

 道は五日だ。向こうで二日か三日。帰りは一日短い。締めて十一日か十二日になる。ここを出て、ここへ戻るまでのぶんだ。

 書いた三つは、どれも向こうがやることだ。こちらがやるのは、言うことだけになる。言う相手のほうは、こちらへ来る。

 炭を戻した。指の側が黒い。


 畑の道へ下りたところで、馬のにおいが来た。

 風は下から上がってくる。汗と、濡れた革のにおいだ。においのほうが、先に来ている。凍っていたころは、においが飛ばなかった。

 子供が二人、木屑を提げて坂を上がってきた。すれ違ってから、下のほうを見た。

 村長が先で、うしろに使いの人がいる。馬は引いていた。乗ってはいない。

 道のまん中は、踏むと沈む。はしのほうは硬い。馬も、そちらを歩かせている。

「連れてきた。下で待たせるのもなんだ」

「手間をかけました」

「上の三軒が起こしにかかっとる。見てくる」

 村長は畑の道のほうへ折れて、上の段へ上がっていった。

 上の段のほうで、土を起こす音がしはじめた。

「直さん」

 俺は段を三つぶん下りて、そこで止まった。畑は、これから起こす。

 使いの人の裾は濡れている。締まっていないところで、馬が跳ねたぶんだ。上着の肩から上は乾いていて、手袋は外していない。

 道のはしへ寄って立った。俺のいるところより半歩下になる。

「送りの日が決まりました。四日のちでございます。ここを出て、向こうへ着くまでは、行きと同じに見ております」

「五日ですね」

「五日でございます」

 板に書いた三つのうち、はじめの一つでいい。あとは、それに付いてくる。

 板は家に置いてきた。書いたぶんは、頭に入っている。この人は、俺の言うことを運ぶ役だ。運んだぶんは、そのままの形で向こうへ着く。去年の夏も、そうだった。

「その前に、こちらから申し上げます」

 相手は、そこで待った。手綱を持った腕は、下げたままだ。

「つむぎは、学園をやめます。本人が、そう言いました」

 ローレンツは、馬の口のあたりへ手をやった。手袋のまま、そこへ置いていた。馬は動かなかった。

「承りました。先に申し上げておくことがございます」

「枠でまいりました四人は、いまも続いております。途中でお帰りになった方は、おりません」

 言い方は、送りの日を言ったときと変わらない。惜しむでもなく、確かめ直すでもない。持ってきたぶんだけが、出てくる。

「書いてございますことは、書いてございますとおりに運びます。三枚目の、下のところでございます」

 去年の夏に、この人が書き足したところだ。村長が、よく書かせたな、と言った。書かせたぶんが、いま動く。

「お帰りの支度は、こちらでいたします」

「置いてあるものと、行き帰りの人は」

「まとめて運びます。行き帰りは、行きと同じに出します。そこも書いてございます」

 馬が道のわきの草へ口をやった。草は、まだ短い。

 板の三つは、これで済んだ。こちらが足す前に、向こうに用意がある。

「一度、向こうへ戻します。挨拶をしておきたい相手が、いるそうです」

「承ります。送りは、そのままお使いください。お戻りの日は、こちらで立てます」

「何日になりますか」

「向こうにおいでになるのは、二日と見ております。お帰りは、四日でございます」

 干し場の竿には、娘の上着が掛けてある。丈を足す前に、いちど洗った。乾くのに、まる一日かかった。日が回るのは、竿の下までだ。

 結ぶ先が無ければ、条件は足せない。冬は、そうだった。言ったことは、この人から先へ行かなかった。

 いまは、足す先が目の前にある。足したぶんは、この人が持って帰る。持って帰れば、向こうで紙になる。


「訊きたいことがあります」

「はい」

「会いたいと言われた方からは、その後、何か」

「お返事は、ございません」

 馬が耳を後ろへ倒した。頭が動いて、口のところの金具が鳴った。

 使いの人は、そちらを見なかった。

 何も来ていない、ということだけが、こちらにある。それは、紙にならない。

 下のほうで、桶を石へ置く音がした。井戸だ。この時分は、上の段の女衆が回る。北のはずれの二軒だけは、いまも俺が上げている。

「もう一つ、書いておきます。これから訊く人があっても、できることを答えないのは、いままでと同じで」

「同じでございます。家のことは、外へは出ません。決まっておりますので、書き足すまでもございません」

「書いておきます」

「お書きください」

 断るために書くのではない。書いてあれば、次に来た者へ見せられる。見せるものが無いと、はじめから話すことになる。

 訊くことは、これで仕舞いだ。あとは、こちらが書くほうへ回る。

 ローレンツは手綱を持ち直した。鞍には手をかけない。

「下まで引いてまいります。道が締まっておりませんので」

 馬は坂のはしのほうを下りていった。あの子が上がってきたのと、同じ側だ。人の足なら、まん中でも下りられる。荷のあるものは、そうはいかない。

 風の向きが変わって、においが薄くなった。それでも、道の上にはしばらく残っていた。


 夕に、板を台へ出した。窓の下は、布をはずしたぶんだけ明るい。

 文乃は束から一枚抜いて、字のあるほうを下にして、俺のほうへ滑らせた。書きそこないの裏だ。

 出してあった椀は、書くあいだだけ向こうへ寄せる。寄せると、板と紙が両方置ける。

「一枚でいい」

「……足りなかったら、言って」

 炭は、書くほうへ寝かせて持つ。立てて持つと、先が早く減る。

 板から写した。書き出しをそろえるのに、はじめの一つで幅を取る。あとは、それに合わせる。板の字は大きい。紙へ移すと、同じことが短くおさまる。

 三つ写して、下にもう一つ足した。四つになった。四つ目は、板には無い。畑の道で、俺が足したぶんだ。

 書きおえて、文乃のほうへ回した。村長にも、使いの人にも、まだ見せていない。

 文乃は台のはしで受けて、上から読んだ。読むあいだ、炭は持ったままだった。読みおえても、置かなかった。

「……去年は、三つだったわね」

「三つだった」

「……来年は、五つになっているかもしれない」

「増やさん」

「……どうかしら」

 文乃は笑わなかった。紙を台へ戻してから、口の端だけが動いた。

 それから、指で下のほうを押さえた。

「……ここ、あいてる」

「あけておいた」

「……なにを書くの」

「日だ」

 写しは、あとで一枚書く。渡すほうは、送りの人に持たせる。こっちに置くほうは、俺が持つ。板の下ではなく、土間へ回す。軒の下は、まだ湿る。

 次に人が来たら、こっちの一枚を出す。読んでもらえば、それで済む。

 文乃は炭を置いて、自分の束のほうへ手をやった。冬の日を書きつけた紙は、下のほうにある。印の付いた日は、もう過ぎた。

 外で声がした。娘が鶏を追っている。声は、囲いのほうから干し場のほうへ動いていった。

 帰りの日づけを、条件のいちばん下に書き足した。


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