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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第九章 早春、道をえらぶ

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学園をつづけたいか。俺は娘に先に訊いた

 土間の台から板をどけて、上を拭いた。拭いてから、椀を三つ出した。文乃のぶんと、俺のぶんと、もう一つ。

 板には、あの子の帰る日を書いた行が残っている。その日は過ぎた。消す用が無かっただけだ。

 文乃は竈の前にいる。鍋は、湯気の立ちはじめたところで火を細くしてある。窓の下の布は、このあいだ両方はずした。煙は下りずに、横へ抜けていく。

 灯りは、まだ点けていない。戸を閉めても、しばらくは手もとが見える。雪の来るころは、この時分にもう点けていた。

 戸があいた。娘が外から入ってきて、石のところで足の裏をこすった。こすってから、もう片方もこすった。

「あった」

「どこだ」

「うらの、石とかこいのあいだ。あいてるの。手が入る」

「入るか」

「入る。わたしのは入るけど、おとうさんのは入らないと思う」

 娘は、手を裏返して待っていた。指のあいだに土がついている。囲いの下は日が回らないので、いまも湿っている。

 石を積んだ側は、凍ってゆるむたびに土が下がる。下がれば、そのぶんだけ下があく。

「明日、埋める」

「わたしもやる」

「見ててくれ」

「見てるだけ?」

「そうだ」

 明日の朝でいい。夕方に埋めても、鶏はもう入っている。

 娘は袖のところで手をこすって、上がってきた。土は、こすったくらいでは落ちない。あとで水を使わせる。

 上着を台の上へ広げた。昨日、出しておけと言ったやつだ。

「立ってくれ」

 娘は台の横で背を向けた。当ててみると、裾が腰の上で止まる。秋に着せて出したときは、ここではなかった。

 継ぐぶんは、手のひらひとつぶんでいい。袖は、それより短くて足りる。肩はまだ余っている。伸びたのは丈のほうだった。

 娘は、当てているあいだ動かなかった。前に丈を見たときは、途中で振り返った。

 上着は、外のにおいがした。土と、鶏のいるところのにおいだ。

 文乃が布を出してきた。

「……色は、合わないけれど」

「内がわへ回る。見えん」

「……見えても」

「見えてもいい」

 文乃は布を台のはしで折って、指で押さえた。押さえたところに、折り目が残った。折り目のぶんだけ、継ぐところが短くなる。

 縫うのは文乃だ。俺は、丈を出すところまでだ。


 椀に入れて、三人で座った。

 豆と麦だ。麦は、去年の終わりに挽いたぶんが残っている。噛むと、粉のほうが先に来る。新しいのは、蒔いてからだ。

 娘は、汁の上のほうから先に飲む。減ってから持ち上げる。昨日と同じ順だった。

 鍋は、あの子が帰ってきてから深く入れてある。

 戸のすきまから、外の音が入ってくる。日が落ちきる前は、下のほうがまだ鳴っている。

「あのね、ミナのおとうさんは、市へ行くとき、荷を二回入れるの」

「二回か」

「いっかい入れて、出して、また入れるの。そうすると、へるの」

「減るな」

「へるよ。おとうさんも、やる?」

「やる」

「やらないでしょ」

「やる」

 娘は、椀のふちに口をつけたまま肩を動かした。動かしたぶんだけ、汁が揺れた。

 この子は、喋りながら食う。片方が止まると、もう片方も止まる。

 箸の持ち方は、去年と変わっている。上のほうを持つようになった。

「あのね、紙をもってる人が、また来たの」

「また来たか」

「まえに言ったのを、読んだの。ちがってないかって」

 娘は、そのまま先を言った。

「ちがってない。順もおなじだった。でも、あのね、から言ったのは、書いてなかったよ」

 娘は豆をひとつ取って、口へ入れた。入れてからも、話は切れなかった。

「その人は、何をしていた」

「書いてた。わたしが言ったのを、もういっかい書くの。それで、二まいになったの」

「二枚」

「二まい。ぜんぶ、ほかの紙のあいだに入れちゃうから、どれがどれだか分かんなくなるの」

 娘は箸を麦のほうへ移した。

 麦は、椀の底にたまる。娘は、たまったのを先に取る。

 灯りを点けた。点けると、台の上だけが明るくなった。

「あとね、水ね、ことばで言うと、半分でとまるの」

「半分か」

「ゆびいっぽんぶん上がって、とまるの。なんかいやっても、おなじだけ」

「止まったら、どうする」

「もういっかい、はじめから言うの。とちゅうからだと、だめなの」

「だめか」

「だめ。あいたところは、あとから入れられないんだって」

 言い終わると、また豆を取った。取る手は、止まらない。

 娘は椀を持ち上げて、下のほうを飲んだ。飲んでから、口のはしを手のひらで拭いた。

 拭いた手を、膝の布でもう一度拭いた。

「それとね、つぎで五つ目なんだって」

「五つ目」

「ことばが五つあるの。四つまでもらってて、あと一つなの」

「いつだ」

「言う日におしえるって。四つ目が、あと何日かおなじだったら、その日なんだって」

「何日かは、聞いたか」

「聞いてない。言わなかったよ」

 それから、鶏の話に戻った。囲いの穴の大きさを、両手で作ってみせた。作った形は、さっきより大きくなっている。

 娘の話は、来た順に出てくる。豆と麦のあいだに、紙の人と、水の止まり方と、五つ目が入っていた。

 取り出すと、こうなる。言ったことは二度書き取られて、ほかの紙のあいだへ入った。言われたとおりにやると、水は半分で止まる。教わる言葉は、あと一つで終わる。

 あいたところは、あとから入れられない、と娘は言った。あれは、あの子の言い方ではない。訊いた者の名は、出てこなかった。娘は訊いていない。訊く相手だとも思っていない。

 俺は、板を出さなかった。


 文乃が、鍋を火のところから台のはしへ移した。移してから、座り直した。

 俺は箸を置いた。

「つむぎ」

 娘は椀を台へ下ろした。

「冬に、こっちへ紙が来た」

「だれから」

「主家からだ」

「うん」

「つむぎに会いたいと言ってきた人がいる、と書いてあった」

 娘は、豆を口へ入れるところで止めた。止めてから、入れた。

「だれ」

「名前は書いてない」

「かいてないの」

「書いてない。名は主家にある。外へは出さないことになっている」

 主家という語を、この子がどこまで分かっているかは知らない。

「ふうん」

 娘は豆をひとつ取った。取ってから、こっちを見た。

「会わせないと言った。返事は、もう渡してある」

「わたし、会わないんだ」

「会わない」

「わかった」

 娘は口の中のものを噛んでいた。噛みおわると、また豆を取った。

 豆は、昨日より柔らかい。二度、火が入っている。汁は熱いままだ。

「その人、どこの人?」

「分からん」

「おとうさんも?」

「俺も分からん」

 訊き方が、囲いの穴のときと同じだった。

「ふうん」

 文乃は竈のほうを向いていた。向いたまま、鍋の下の枝を一本、奥へ押した。押しても、火は変わらなかった。

 文乃が枝を押すのは、火を強くしたいときだ。いまは、そうではない。

「……その紙は、いまも」

「持ってる」

「……そう」

 俺は椀を台へ置いた。

 椀の底が台に当たって鳴った。思ったより大きい音になった。

「学園のことだ」

「うん」

 娘も箸を置いた。

「行くまえに、紙を三枚もらった。三枚目に、合わないと思ったときは帰っていい、と書いてある」

「よんだ」

「読んだな。読めないところがあったやつだ」

「あった。まんなかへんの」

 覚えていた。読めなかったところのほうを、覚えている。

「そこに書いてある」

「いまなら、よめる?」

「読めるだろう。あとで出す」

 言う順は、昨日のうちに決めてあった。ここまでは、そのとおりに来た。ここから先は、決めていない。

「学園へ戻るか、こっちにいるか。どっちでも、こっちは動ける」

「うごける」

「動ける。向こうへ言うのは、俺がやる」

 そのあとは、足さずにいた。足せば、こっちの向きが出る。

「先に、つむぎのを聞く」

 娘は椀を両手で持っていた。持ったまま、台の上へ下ろした。

 娘の手は、椀のふちに掛かったままだった。

「あのね、あっちのゆかは石なの。すわると、ひざのところが、あとまでつめたいの」

「そうか」

「わたし、もどらない」

 あとは、何も付けなかった。訊き返しも、来なかった。

 俺の手は、箸まで行かなかった。行きかけて、台の上で開いたままになった。

 顔を上げると、文乃がこっちを見ていた。目が合った。文乃は何も言わない。俺も言わなかった。

 鍋のほうで、蓋が一度鳴った。

 文乃は、鍋のほうへは行かなかった。

「分かった」

「うん」

「向こうへは、こっちから言う。日も、こっちで決める」

「行き帰りのぶんは、向こうが出すと書いてある」

「かいてあるんだ」

「書いてある」

 娘は、そのあと、いつもの速さで食べおえた。


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