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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第九章 早春、道をえらぶ

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つぎで五つ目だと言われて、わたしは荷をつくった

「つぎは、五つ目です」

 廊下の突き当りのへやで、ゾフィー先生がそう言った。戸は、もう閉めてある。

 靴のなかで、足の指が曲がった。曲がったまま、しばらく戻らなかった。

「よくできています。四つ目は、毎日おなじところに置けています」

「五つ目って、なに」

「五つ目です。ことばは、言う日にお教えします」

「いつ」

「四つ目が、あと何日かおなじだったら、その日です」

 何日か、とだけ言った。数は言わなかった。

 座るところは、きょうも戸からいちばん遠い、床のまるいあとの前だった。器は、そのまん中に来ている。ゾフィー先生は、手前に立ったままだ。

 息を入れてから、四つ言った。手は、そのあとで出した。

 水の面は、指の一本ぶんだけ上がる。細くはならない。上がって、そこで置いたようになる。

「はい。いまのは、四つ目のおしまいが置ききれていません。置ききらないうちにやめると、そこが空きます」

「あくと、どうなるの」

「空いたところは、あとから埋められません。もう一度、しまいまで置いてください」

 言い直した。おなじだけ上がった。そのつぎも、おなじだった。

 廊下のほうを、足音がいくつも通っていった。通りきってからも、まだ言っていた。

 ふちの下まで行くには、これを何回も続ける。何回続けたかは、あとになると分からなくなる。

 床についた手が、いつのまにか冷たくなっていた。手のひらのまん中だけ、離しても石の形がついている。

「はい。きょうのぶんは、おわりです」

 立つと、上着の下の板が、腹のところで下へずれていた。上着の上から押して、もとの高さに戻した。

 戸をあけた。廊下は、もうだれも通っていない。


 下の広いところへ下りた。人は、朝より少ない。

 戸をあけたままにしてあるへやが、はしにある。まえは、閉まっていた。あけたところから、風が下りてくる。

 中までは見えない。声だけが出てくる。ひとりぶんずつ、あいだをあけて出てくる。

 どの声も、しまいのところで高くなる。高くなって、すぐやむ。


 高くなるまでのあいだは、子によってちがう。長いのがあって、そのつぎのは短い。短いほうが、二回続いた。

 もう一度、長いのが来た。そのあとは、途切れた。

 わたしのは、高くならないところで終わる。


 つぎの日、字と数がおわって下りていくと、机の人が紙から顔を上げた。手のひらを、こっちへ向けた。

 止まった。

 机の上の紙は、二つに分けて置いてある。片方だけ、上に石が載せてある。

「三日あとだ」

「なに」

「村へ帰る日だ。朝、下で待つこと。馬車が来る」

「うん」

「荷は、前の晩のうちに下へ下ろしておくこと」

「もどるのは、いつ」

「そっちで言われる」

 その人は、もう次の紙をひらいた。ひらいてからは、こっちを見なかった。

 下の広いところを走った。階段は、二段ずつ上がった。走ると、上着のなかで板が鳴った。


 へやへ入ると、ミナは机の前にいた。書きかけの紙が、一枚出ている。字は、はしまで行ってから折り返す。わたしの板より、行と行のあいだがせまい。

「言われた」

「なにを」

「かえる日。三日あと」

「それと、つぎで五つ目だって」

「なにが」

「ことば。四つまでもらってて、あと一つなの」

「そう。……荷、出して」

 ミナは、炭を置いて、立った。紙のほうではなくて、先に荷のところへ行った。

「まだ、はやいよ」

「はやくないの。三日って、二日しかないの。あしたと、あさって。さいごの日は、朝に出るから入らないでしょ。いい?」

「いい」

 わたしが出すまえに、ミナが手を入れていた。上から順に出して、寝るところの上へ置いていく。かたいものと、やわらかいものを、離して置いた。

 からになった荷の中は、しめった木のにおいがした。底には、来たときの布が敷いたままになっている。はしのところが、少しめくれていた。

「言い忘れてたことがあるの」

「まだあるんだ」

「あるよ。ひもね、はしを二回まわしてから結ぶの。一回だと、ゆれるとゆるむの。ゆるむと、ふたが浮くの。浮くと、中のが動いて、下のがつぶれるでしょ。分かった?」

「まわしてから、結ぶ」

 ミナは、自分の荷のひもでやってみせた。二回まわして、結んで、引いた。引いても、ほどけなかった。

「それとね、かけるところは、ふたのまん中じゃないの。はしのほうなの。まん中だと、あけるたびにほどくことになるの」

「あけるの?」

「あけるよ。道でぬれたら、上のを入れかえるの。父さんが、市の帰りにそうするの」

「つむぎのうちは、坂の上なの」

「上。井戸のところから、まだ上がるの。畑が段になってて、そのいちばん上。あのね、上がるとき、まん中を歩くと足がとられるの。はしのほうがかたいの。おとうさんが、そっちを歩くから」

「かたいほうを歩くの。うちの父さんも、市の道でそう言うの。荷を引くときは、わだちの外なの」

 板は、上着から出して、寝るところへ置いてあった。ミナが、それを取った。

「消した?」

「まだ」

「じゃあ、いい」

 ミナは、板を机のはしへ置いて、自分の紙をそのとなりに広げた。それから、炭を持った。

「なにしてるの」

「書くの」

 炭の音は、切れたり続いたりした。続く音は短い。切れているときのほうが長い。そのあいだ、ミナの目は板のほうへ行っている。

 ミナの手は、書くあいだ、いちども板にさわらなかった。板は、机のはしに置いたままだった。

 わたしは、出したものを入れる順に置き直していた。かたいほうを先に、と言われたからだ。かたいほうは、持つと角が手にあたる。やわらかいほうは、たたむたびに厚みがちがう。

「つむぎ、いちばんうしろ、空けた?」

「あけた」

「そこね、道でなにか買っても入るの。うちの父さんは、市から帰るとき、そこへ入れるの。空けておくと、荷を二つにしなくていいの」

 書きながら、そう言った。書いているあいだも、口は止まらなかった。

 板は、あとで返ってきた。上と下が、さかさまになっていた。


 三日目の晩に、荷を閉じた。

 入れる順は、ミナの言ったとおりにした。一度ぜんぶ入れて、出して、入れ直した。二度目は、上から手で押さえると、ふたのところに指が二本ぶん空いた。

 布は、たたむと厚みが二つぶんになる。炭は、そのあいだへ入れた。いちばんうしろは、空けたままにした。手を入れると、指のさきが底の布にあたる。

 板は、いちばん上に置いた。ミナが、そう言っていたからだ。

 置いてから、ふたに手をかけた。かけたところで、手が止まった。


 荷のなかは、上から押される。押されたところは、こすれる。炭で書いたものは、こすれば取れる。

 紙を荷へ入れないほうがいいと、ミナは言った。荷のなかで、かたちが変わるからだ。

 板は、かたちは変わらない。変わるのは、字のほうだ。

 板を取り出して、上着の下へはさんだ。いつもはさんでいるところだ。それから、ふたを下ろした。

 ひもは、はしを二回まわして結んだ。かけたのは、ふたのはしのほうだ。引いた。ゆるまなかった。

「つむぎ、下ろそう。二人で持つの。段のところで、角がぶつかるの。ぶつかると、ふたが浮いて、また結び直しになるの」


 荷は、二人で下ろした。ミナが上のほうを持って、わたしが下を持った。下は、角が手のひらに食い込む。持ちかえると、こんどは指のつけねに来た。

 途中で、ミナが一度止まった。止まってから、持ち直した。そのあいだ、荷の重さがぜんぶこっちへ下りてきて、それから半分に戻った。

 石の段は、いちばん下の一枚だけ、ほかより広い。そこまで来て、いちど足を止めた。

 下の広いところのはしに、荷がもう二つ置いてある。ふたの色が、どちらもうちのとちがう。うちのは、そのとなりへ置いた。


 置いてから、手のひらを見た。角のあたったところが、白くなっている。押すと、じきに戻った。

 ミナも、自分の手をひらいて、こっちへ向けた。おなじところが、おなじように白い。

 床の石は、上から触ると冷たい。ミナは、その手を上着の内がわへ入れた。

 上がるときは、二段ずつにはならなかった。下の戸は、もう閉まっていた。


 へやへ戻ると、布のなかは、すぐにあたたかくなった。いちばん寒かったころは、足のさきだけが、朝まで冷たいままだった。

 上着の下から板を出した。腹のところが、板の形にあたたかい。

 上着の前をあけた。内がわには、何も入っていない。

 上着の内がわに、板を入れた。


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