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三歳の娘を探して異世界へ渡った。俺を見つけたのは、水を出す魔法を覚えた八歳の娘だった  作者: 船越千里
第九章 早春、道をえらぶ

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断りの返事は来ないまま、娘の帰る日だけが来た

 置き場の袋は、上の面が腰より下まで来た。五度目のぶんを出して、六日になる。

 朝のうちに回って、口の中を見た。手を入れるのに、いまは膝を折る。冬のはじめは、立ったままで届いた。

 いちばん下の二段には手をつけない。麦だ。種にするぶんも、そこにある。雪はもう無いので、出す日より先に、蒔く日のほうが来る。

 口を締めた縄は、出す日ごとに締め直してきた。減れば、そのぶん袋が痩せて緩む。

 土台は、南のはしだけ乾いている。日が回りはじめるのが、そこからだ。


 道へ出ると、土が鳴った。白いところを外して黒いほうへ乗っても、同じように鳴る。

 日が回ると、鳴らなくなる。凍っていたころは、夕まで鳴っていた。白いのが残るのは、朝のうちだけになった。

 屋根の北の面も、昼には乾いている。

 壁の下は、霜で浮いたままだ。押すと、下りるようになった。凍っているあいだは、押しても動かない。動くようになってから土を足す。足すのは女衆のほうが上手い。


 井戸へ寄った。こぼれたぶんは、もう縁に残らない。日のあるうちに落ちる。朝に割らなくてよくなった。割らずにいると、縁の欠けたところがそのまま見える。石の内へ、指の幅ほど入ったあたりだ。

 子供が、薪を割る場所のほうへ来て、木屑を拾って帰った。このあいだから、また来ている。

 その割る場所も、上の面だけ乾いた。下は湿ったままだ。割ったぶんは、乾いたほうへ積む。

 積むついでに、下になっていたのを上へ出した。冬に積んだままにすると、下のほうが湿ったまま春を越す。


 畑のほうへ回った。上の段の三軒は、もう出ている。起こすには早いが、返した土の色を見ている。

 畑の道は、荷を引いても轍が残らない。土が締まっている。ぬかるむのは、これからだ。

 村長の家の石段は、下から三段目までが乾いた。上のほうは濡れたままだ。日の当たり方が、そこで変わる。


 帰りに、隣の鶏を出した。朝に出して、夕に入れる。寒いうちは、出しても戸のそばから離れなかった。いまは、家の前の石のところまで行く。餌の入れものは、干し場のわきに置いたままだ。


 文乃の紙は、この冬で、配る順のところだけが長くなった。何を先に出すかは、そこを見て決まる。決めるのは村長だ。決め直しは、途中で一度あった。

 書くところが足りなくなると、紙を足す。足したところは、めくると厚みで分かる。

 束は、書きおえたぶんが下へ溜まる。上にあるのは、いつも書きかけのほうだ。


 置き場へ戻ると、裏から村長が回ってきた。手に紙がある。

「主家からだ。つむぎの帰る日だ」

「いつですか」

「十日先だ。村へ着く日が書いてある」

 受け取ってひらいた。紙は、前に来たものより小さい。書いてあるのは三行だけだ。

 はじめに日がある。次に、送りは主家で立てる、とある。しまいの行は、その日に村へ着かなかったときは村長へ知らせよ、だ。

「春の入りですか」

「春の入りだ。道が締まってからでないと、車が沈む。沈めば、そのぶん日が延びる。向こうも、それで日を決めとる」

「麦の前ですね」

「前だ。蒔きにかかると、村じゅうの手が畑へ行く。人の来る日と重なると、どっちも半端になる」

 村長は袋の面を見た。

「五度目で、そこまで下りたか」

「下りました」

「あと一度で足りる。足りなんだら、そのときに言う」

「そうします」

「戻ってきたら、あの子を置き場のほうへ寄越さんでいい。冬のうちに済ませる話は、もう済んどる」

「言っておきます」

「言うだけでいい。手はもう足りとる」

 村長は、石段のほうへは戻らずに、畑の道を上がっていった。


 これは、こっちが何かを決める紙ではない。日が書いてあって、そのとおりに人が動く。

 読んで、しまうだけで済む。そういう紙は、久しぶりだ。

 会いたいと言ってきた者のことは、どこにも出てこない。断ったことにも、触れていない。

 断りは、あの人が持って帰った。そのあとは、何も来ていない。訊くとしても、訊く先は主家までだ。そこから先へは、俺の言葉が行かない。

 折って、上着の内へやった。先に入れてあるのと、同じところだ。厚みが増えたぶんだけ、前が張る。


 十日先に、あの子が村へ着く。道は五日だ。学園を出るのは、五日あとになる。


 鶏を入れる前に、桶を提げて隣へ入った。

 戸を引くと、においが先に来た。人の入らない家は、においが減らない。

 雪の来る前から、ここでは火を焚いていない。焦げたにおいは、もう無い。あるのは、湿った藁と、しまってある布のにおいだ。その下に、土間の冷えたのがある。

 においは、動かないまま溜まる。戸をあけたくらいでは出ていかない。

 桶を下ろす手が、途中で止まった。


 戸口のところは、昼でも暗い。目が慣れるまで、少し立っていた。

 土間の土は、踏んだところだけ硬い。人の通っていた形のまま、そこが締まっている。

 水瓶に足した。鶏のぶんだけなら、二日に一度で足りる。それでも毎日あけている。あけないと、においがこれより濃くなる。

 今日は、上のところまで入れた。


 干し場の竿は、上げたままだ。掛けるものが無い。日は、竿の下まで回るようになった。

 戸は、吊り縄が伸びて、上のはしが下がっている。掛け直した。春でいいと思っていた。その春になった。

 においは、あけているあいだに少し薄くなる。閉めれば、また元へ戻る。

 外へ出て、戸を閉めた。掛け直したぶん、上のはしが枠にそろって止まる。


 うちへ入ると、文乃が土間の奥から出てきた。手に束を持っている。

「村長が紙を持ってきた。つむぎが帰る日が決まった」

「……いつ」

「十日先に、こっちへ着く」

「……十日」

 文乃は紙を受け取って、はじめから見た。行が三つしか無いので、すぐ終わった。

「……送りは」

「向こうが立てる。前と同じだ」

「……何日ぐらい」

「六日か七日だ。戻る日は、来てから言ってくるらしい」

「……七日」

「そのくらいだ」

「……去年の上着は、入るかしら」

「入らないだろう。丈のところは、こっちで足せる」

 文乃は紙を台へ置いた。読み返しはしない。

「……あの子には」

「書かない」

「……書かないの」

「いま書いて出しても、着くのは、あの子が学園を出る日だ。行き違う」

「……そう」

「それに、書いたものは残る。渡してしまえば、こっちの手を離れる」

 文乃は、束を台のはしへ置いた。

「紙には書かない。帰ってきたら、俺から言う」

「……帰ってから」

「そうする」

 文乃は、束から一枚抜いて、こっちへ回した。この冬の日を書きつけた紙だ。

 下のほうに、まだ来ていない日が一つある。その横に、小さい印が付いている。ほかの行には無い。

「いつ書いた」

「……去年の帰りが、蒔く前だったから。そのあたりだろうと思って」

「合ってる」

「……当てたわけじゃないの。書いておくと、あと何日かが、すぐ出るから」

 俺も、聞いてから引いた。同じ数が出た。

「……そっちは、どこへ書くつもり」

「板だ」

「……板だと、消えるでしょう」

「消えない。上に書く」

 文乃は紙を戻した。戻してから、印のところを指で二度おさえた。


 夕のぶんを、北のはずれの二軒へ運んだ。

 道は、上りのところだけ土が出ている。踏むと、そこで止まる。土が硬かったころは、爪先で引っかけて上がった。

 どちらの家も、戸口の前の土が乾いていた。桶を置いても、跡がつかない。婆さんは出てこなかった。音で分かるからだ。

 戻る道で、坂の下の話し声が聞こえた。聞こえはじめから、切れるところまで続けて聞こえる。前は、はじめと終わりだけだった。

 鶏を入れた。戸を閉めるころになっても、まだ外が見えている。このあいだまでは、閉めてから灯りが要った。


 窓の下と、竈の風の入る側に、布が詰めてある。冬に入るときに、二つとも入れた。

 今日、両方はずした。窓の下があくと、煙が下りずに横へ抜ける。竈の脇は、土の乾くのが早くなる。

 はずしたぶんは、たたんで棚へ載せた。次に要るのは、霜が夕まで残るようになってからだ。

 土間の壁ぎわは、冬のはじめより薪が少ない。次に積むのは、木出しのあとになる。


 外へ出た。日はまだ落ちていない。

 軒の下には、布をかけた板がある。布のはしは、もう硬くない。

 布のはしを持ち上げて、板の下へ手を入れた。書きかけの紙は、置いたままある。

 書いた行を、指の腹でこすった。炭は、こすれば落ちる。落ちたぶんが、俺の指についた。たたんで、板の下へ戻した。裏は使える。

 帰ってくる日を、板のいちばん上に書いた。


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